記録96:仇討ち
「第二幕ってとこだね〜」
片手だけを沼から生やしているビナーに俺はナイフを向けた。
ビナーは片手を地面について、まるでプールから上がるかのようによいしょという掛け声とともに全身を出した。
その姿は先生の姿をしていた。
「先せ......いや。その姿をするな。ビナー、俺にはもう効かない。先生は俺が殺した」
「なーんだ。つまんないの。じゃあ、これはどう?」
ぐちゃぐちゃと肉がぶつかる音と共に、ビナーの体が急速に混ざって、もう一度人の形を取り戻した。
「あー、あ、あ~!これで、大丈夫だな。ムル、いや、明日香」
初対面の男だ。一体誰なのか、検討もつかない。明日香に関係しているのか?
「ハル......!」
明日香が声を漏らした。
怨嗟のこもった声だった。今まで聞いたことのない程に殺意に満ちた声だった。
きっと明日香の...いや、山原かムニカルのどちらかの仇だろう。
「明日香!そいつに惑わされるな!」
「っ...!分かった!」
「ばん」
その刹那、俺の左腕が宙を舞った。
避けられたと思った。しかし、俺の左腕が移動した先には、すでに無があった。
とっさに体を捻ったがもう遅く、上腕が粉砕される音が聞こえると同時に肉や骨ごと引きちぎられ、左腕が宙を舞っていた。
苦痛に顔を歪めるより先に、いち早く反応したウーヴが俺の腕の断面に鎮痛剤を撃ち込んだ。
刹那の激痛はあったものの、すぐに痛みは退いた。呼吸を整えて、一旦脳内を整理するためにウーヴと交代した。
ウーヴも一応無は見えているようで、躱したり銃弾を打ち込んだりしながら調査し続けていた。
「アレックス...!」
駆け寄る明日香に俺は手を前に出して制止した。
「俺の腕は替えがきく。お前はビナーを倒す糸口を見つけるんだ。一筋縄じゃ、倒せないことは分かりきっているんだ」
昔、ビナーの位置を特定してそこに核実験と称して水爆を落としたことがあったらしい。
その時はなんと無傷で戻ってきて核爆弾を落とした軍人を鏖殺したと記録が残っているのだ。
これだけなら、一見不死身のように見える。
だが、生物である以上確実に心臓となる部分が存在する。俺がさっきまで攻撃できないか考えていた手が弱点だろう。
俺が指摘した瞬間に消えたのだから、どうでもいいパーツというわけではなさそうだ。
「明日香、手を狙えるか?」
俺が明日香の方を見ながらいうと、彼女は既にCode:Clawsのスナイパーライフルを持って伏せ撃ちの姿勢を取っていた。
完全に一緒のことを考えていたようだ。なら、俺は―――
「アレックス、援護頼める?」
「ああ、できる」
またもや同じことを考えていた。
使い捨てになるであろう自分の腕を拾い上げて手の部分を握った。
もう温度はなく冷たくなっていた。
バランス感覚が少しおかしくなっているが、無の速度を考えてもまだ対処可能な範囲だ。
「ウーヴ!後どれくらい持つ!」
攻撃を躱しつつ、ビナーに弾丸を撃ち込み続けているウーヴに聞いた。
彼女は一瞬こちらを見た後、指をビナーに見せないようにして四本の指を見せた。
四分、かなり厳しいな。
ビナーも弱点に勘づかれたことくらい分かっているだろう。
一筋縄で手を狙撃させてはくれないだろう。
ビナーをどうにかして怯ませるか硬直状態に持っていければなんとかなるのだが......
「そんなことはお見通しだよ〜」
ビナーは自分の両手を沼の中に突っ込んだかと思うとすぐに引き出した。
袖の長い服になって、両手をすっぽりと覆っている。
「まだ生地のちょっとした歪みで当てられるから、アレックスはなんとかビナーの気を引いて!」
明日香がスコープを覗きながら言った。
俺はCode:Clawsの隊員の一人に言って、全員でビナーに向かって人対特殊用ミサイルを発射するように言った。
隊員はすぐに頷いてミサイルの発射姿勢をとった。右腕に添わせてミサイルを装着してた。五秒ほど待った後、ミサイルが発射された。
数えられなかったが、おおよそ十本程度のミサイルがビナーに直撃し、ウーヴはギリギリ回避に成功していた。
こちらまで砂煙が漂ってきた。
マズい!
「捕まえた〜!」
砂煙の中からビナーが飛び出してきて明日香の顔をがっしりと掴んだ。
「こっちこそ!」
明日香が腰のホルスターから拳銃を取り出してビナーの手を撃ち抜いた。
ビナーはそのままの勢いで地面と衝突して蹲った。
「......大丈夫なのか?」
「うん、まあ」
ビナーが無を使う前に明日香が撃ち抜いたのか、明日香は生きたままビナーの手の破壊に成功したのだ。
ビナーは手を見つめて唸っていた。
どくどくと流れ出る体液をすくい集めるようにして傷口を塞ごうとした時、明日香が立て続けに銃弾を、マガジンが尽きるまでビナーの顔面と両手に撃ち込んだ。
ビナーが沈黙して、地面に倒れた。
十秒程度、何があったか理解できなかった。
「勝ったの...ですか?」
ウーヴの言葉で、俺は『勝ち』という言葉を復唱した。何度も何度も脳内で待ち望んでいた勝利だ。
だが、なにか違和感がある。なんだ?
「じゃ、私はここで」
明日香が奇妙なほどに口角を釣り上げて言った。
その場にいた全員が理解できたが、体が動かなかった。
信じられない、信じたくない。こんなバッドエンドなんて、誰も信じない。
だが、ここで終わらせようと思えば、いつだって終わらせることが出来る。だが、腕が動かない。
また、俺は大切な人を守れないのか?
カチャッ
ウーヴが明日香に向かって拳銃を構えた。
「あれれ〜?撃っちゃうの?というか...撃てるの?」
ウーヴの手は震えていた。
俺は自分の手を捨てて、明日香の拳銃を拾った。ファールキーに貰ったものだった。
「アレックスも、ウーヴも、心配しなくていいよ。撃ちたかったら撃てば良い。私たちは死ぬけど、それでも遺志は受け継がれるから」
明日香の口調で言った。
銃を持つ手に力が入る。
だが、指先が動かない。悔しい思いと憤怒、自責の念、悲しみ、あらゆる感情がずっと自分の中に渦巻いている。
先生を殺したときと一緒だ。
怖い、と思うと同時に、自分の腹の中で、ここで殺さなければ自分で先生の仇を討つことはできないと分かった。もう、どうする事もできないが、今の俺には選択権がある。
悩み抜いた末、俺はウーヴに拳銃を下ろさせた。
この罪は、俺が背負う。
エンド分岐
1.明日香を殺す→そのまま次回『後悔』へ。
2.明日香を殺さない→一旦トップに戻って次の章『疑念』へ。
多分同時投稿されます。




