記録93:ジュネーブビル占拠事件
第三次世界大戦の終わった二〇四九年、つまり二年前だ。
夜中、俺達突撃部隊は近くの拠点に潜伏していた。
「只今より、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のビルにいる人質の救出作戦、及びテロリストの排除を行う」
指揮官である俺は、突撃する隊員に今作戦の手順を伝えた。
「敵勢力は難民を劣等人種として絶滅させるべきと謳っているネオナチ武装集団だ。基本的にサーチ&デストロイで行く。だが、人質は可能な限り傷つけるな。パニックになっている場合か仕方ない時に限る。UNHCR本部ビルの二階より上のすべての階に敵がいると思え」
「「「Yes Sir!」」」
「行くぞ。各員配置に付け」
正面玄関からの主力のアルファ部隊を入れて、裏口から別働隊として俺と数人の隊員でベータ部隊として突撃した。
武装はMP7及びUSP、それから閃光手榴弾である。出来るだけ機動戦に対応できるようにするためだ。
窓ガラスを割って、二階から内部に侵入した。
廊下はところどころ電気がついているだけで薄暗かった。
近くに電気室があり、中の配電盤を探し、ブレーカーを切った。
「こちらベータ部隊、ブレーカーを発見、電気を落とす」
『了解』
バチン......
電気が落ちたと同時に、全員がナイトビジョンを装着した。
足音を立てないように一歩ずつ丁寧に歩き、人の声がする部屋の前までやってきた。
どうやら人質が監禁されている部屋のようで、中ではテロリスト共が何やら慌てて話をしていた。
そして、一人が扉を開けて出てきたところを背後から急襲し、首元にナイフを突き立てて殺害した。
そして閃光手榴弾を投げ込み、破裂したと同時に突入し、とりあえず武器を持っている人間だけを優先して排除した。
UNHCRの職員は分かりやすくスーツ姿なので、それ以外の人間は俺達がただ殺すためだけにやって来たと察知するなり武器を取った。
「......クリア。次に向かう。お前たちは人質を見張っておけ」
二人を人質の監視役につけて俺は次に向かった。
三階に上がる途中、敵が急いで階段を降りてくる音が聞こえたので、階段裏に潜んで、降りてきたところをナイフで殺害した。
そして階段を登りきった所で、待ち伏せていたテロリストに一人の隊員が撃たれた。
「防弾チョッキで弾きました。まだいけます」
大丈夫そうなのでハンドサインを出して声の聞こえる方向に進んだ。
廊下の奥に、まだ誰も銃座について居ない機関銃が備え付けられており、俺達はとっさの判断で近くの扉を開けて中に入った。
中はたまたまトイレで用を足していたテロリストを問答無用で射殺した。
廊下に再び顔を出してみると、銃座にテロリストが居て、ナイトビジョンを装備していた。
閃光手榴弾で判断を遅らせてから、MP7で的確に射殺した。
次々に出てきたテロリストを射殺している間、アルファ部隊が到着し、機関銃陣地の裏側から銃撃を開始した。
『こちら側はクリアだ』
「こちらからも敵は確認できない」
『OK、次だ』
四階に上がる前に、上の階で爆発音が聞こえた。小さめなので、恐らく人質のひとりでも殺されたのだろう。しかし、今回の任務は人質の救出ではない。
テロリストが知らない、知ってはいけない書類をこの建物に一時的においているのだ。
それは俺以外の隊員も知らない。
もしかしたら、テロリストの背後に方舟がいるかも知れないが、下っ端にまでそんな事を教えるほど奴らも頭が悪くない。
きっと暫くしたら方舟の誰かが取りに来るだろう。
その前に、俺が回収しなければならない。
「行ってくる」
「あ、ちょっと!待て!」
隊員の制止を振り切って、俺は階段を駆け上がった。
そして最上階にある資料室の扉を蹴破って中に誰も居ないことを確認した。
それから、資料を手にとって、中を少しだけ確認して、誰にも見られていないことを祈りながら、持ってきていたオイルライターで燃やして処分しようと、ライターを取り出した。
ライターを銃弾が通り過ぎた。
急いで振り返ると、それと同時に俺の体を数発の弾丸が通過した。
「グアアッ...!」
悶えて地面に倒れ込み、急いで自分の血で資料を染め上げて読めないようにした。
「...大変だね。アレックス」
俺の眼の前には、窓から差し込む月明かりに照らされて、拳銃を持った先生が微笑んでいた。
急いで離れて壁にもたれかかって彼女をもう一度見た、やはり、先生だ。
...いや、違う、これは偽物だ。先生はもう死んでいる!だから、これは偽物だ...!
きっと、そうだ。
「偽物じゃないよ。アレックス。私は死んだことになっているだけ。あなたを、人類を救うために、あなたが調査している方舟で動いてるの。だから、私と一緒に来ない?」
正直、何を言っているのか分からなかった。こんなにも悔しいことがあるのかと思うと、傷口が更に傷んだ。きっと、ここで手を取ればきっと方舟のプロジェクトは完成する。
『あの計画』が、作動すれば、きっと今の人類は絶滅する。
俺はギリギリ残っていた理性の力で拳銃を取って、先生の足と腹を撃ち抜いた。
先生は、俺の眼の前で崩れ落ちて、ゆっくりと俺のほうまで這ってきた。
その頭を撃ち抜こうと拳銃を向けたが、その手に力が入らなかった。
「ふふ...やっぱり、優しいのね」
俺の隣に血まみれで座って天井を見て、ふう、と一息ついた。
俺は、それが偽物だと分かっていながらも聞いた。
「先生、俺のこと、どう思ってたんですか?」
血が吹き出る傷口を押さえながらそう言うと、先生は俺の傷口に鎮痛剤と布切れを押し当てながら言った。
「正直、乙女心を無下にされたのは、ちょっと、怒ってるね」
「ハハ...じゃ、俺のことが好きだったんだな」
「当たり前でしょ?こんなに優しくて顔の良い男の子なんて、そうそう居ないもの」
「そうか...それで、先生。俺の話、聞いてくれないか?」
「いいわよ、聞いてあげる」
そう、あれは俺と先生が始めてであった頃の話...............
―――いや、これは違うな。
俺は持っていた拳銃を先生に向けた。
「やっぱあの世で面と向かって言うよ。こんな光は、俺には必要ない」
「うん、そうだね。あなたはそうでなくっちゃ」
引き金を引いた。
光が途切れた。
◆
「っはぁ!戻ってきた!って...やっぱり受けた傷はそのままか...」
腹部には装甲をへこませるほどの弾痕が数発分ついていた。まるで至近距離で拳銃で撃たれたような弾痕だ。
恐らくビナーの能力は光を見ている間に受けた攻撃を全て与えるのだろう。
「ええ!もう戻ってきたの!?すご〜い!それじゃあ...次だね!」
ビナーほそう言いながらまたも大量の無を飛ばしてきた。
避けながら時々、無に物を投げて一を確認したりどうせあたったら即死だからだと思って、ヘルメットも脱ぎ捨てた。
ビナーをじっと観察していると、とある事に気づいた。
糸が垂れている。
上を見上げると、ドーム状になっている膜のてっぺんに、誰かの手が生えている。
そこから伸びた透明な糸で、ビナーは動いているのだ。
「クソッ。ここじゃ届かねえってか!」
なにか打開策はないかと思って周囲を見渡しても、あの手を攻撃できるような銃は破壊されている。かと言って石でも投げたところで、到底届く距離ではない。
なにか、使えるものは......
ロングソードを持ちながら無を避けていると、いつの間にかビナーの直ぐ目の前まで来ていた。
なら、糸を切る。
ビナーに剣を向けて突撃した。
「私を切るのね!でも、それじゃあ意味ないの分かってるよね?」
「ああ、分かってる...さ!」
剣を振り上げて糸に触れた。糸の材質までは分からなかったが、そう硬いものではなかった。
糸が切れて、ビナーの体が一瞬無防備になった。
「くたばれ」
今度は剣を振り下ろし、ビナーの肩から腰のあたりにかけて斬った。
マネキンを斬っている感触しかせず、まったく本隊に届いている感じがしない。やはり上の方が本体か。
剣で顔を隠しながら飛び退いて、目元だけ出してビナーが回復するのを待った。
バキバキと音を立てて戻り、そして衣服は時間が戻ったかのようにきれいになっていた。
「やっぱり〜、賢いのね。お兄さん。じゃあ、そろそろもう一発行っちゃおっか〜。無限の光」
もう一度光りに包まれ、目を開けると、今度は俺と先生が出会った頃だった。
◆
「今、膜の調査中です。明日香さん、あまり近づかないで下さい」
ウーヴが至近距離で膜をいろんなもので突っついている私に警告した。
私は、先程まで止まっていたのにに関わらず、今は激しく何かを避けながらビナーと戦っているアレックスを見て言った。
「でも、何か鍵がある気がするんだ。アレックスがさっき止まってたのと、動き出した瞬間にちょっと動揺してのが...もしかしたら、この膜が悪さしてるんじゃないかって思ったんだけど...よくわからないね」
近くでは相変わらず隊員が高エネルギー弾を撃ち込んだり、人体特殊ミサイルを打ち込んだりしている。
そしてそれらの兵器はもれなく衣装を着た動物の姿に変貌し、隊員が盾で触ると元のエネルギーを持って暴走している。
「先ほど、膜に触れた隊員がいました。どうやら、生物が触れても問題はないようです」
ずっと膜を凝視している私に、ウーヴが言った。
「問題ないなら―――」
私は膜にもたれかかった。
「ちょっと!何してるんですか!まだ安全性が担保されたわけでは!」
「良いの良いの。多分大丈夫だから」
「何を根拠に...」
確かに、根拠なんて無いが、何もできないのなら一番近い距離で待機するのが一番いい。
それに、私は―――
ヒュッ......
「えあ?」
一瞬、音もなく膜が消えた。一秒程度だったが、私は膜の内側に倒れ込んだ。
ドサッと転んで、急いで立ち上がった。
ウーヴが向こう側にいる。
いや、私が向こう側に来てしまったのか。まずい、これは想定してなかった。
そして私はどこからか発生した光りに包まれてしまった。
そして、目を開けたときには、そこは母の祖国、ロシアの豪邸が目の前に立ちふさがっていた。
「お嬢様、ゆきましょう」
使用人の女に手を引かれて、状況を全く飲み込めていない私はそれについて行き、大きな門をくぐるしか出来なかった。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『訓練生と暗殺者の卵』




