記録68:桜花・改
歴史解説 二〇五一年の上海
戦前、経済的に賑わっていたということもあって、現在は米国の支援を受ける自由派の重要拠点の一つとなっていた。戦時中に完全に焦土と化したこともあってか、再建された都市は要塞化され、ビルも強固に、そして区画整理も行われており、米軍の基地も内部にいくつか存在している。
「それで、久保田だけ現地の彼の私兵に預けて帰ってきたと」
「はい。そうです。ついでに博士も連れてきました」
重々しい雰囲気でため息を付く中峰に俺は押し黙ってアナスタシアの弁明を見守ることしか出来なかった。
最重要人物である久保田を負傷させ、重症を負わせてしまったことがいけなかったのだろう。
「そう。なら、もう良いわ。過ぎたことだから。あなた達の部屋は...二階ね。相部屋だけど、まあ気にしないで」
「では、失礼します」
アナスタシアが目配せをしてくれて、俺もようやく動くことが出来た。博士が中峰に呼ばれて下に残っていたが、俺達は今日の戦闘の疲労ですぐに二階に上がった。
「やぁ、お姉さんたち。また会ったね」
二階に上がってすぐの廊下で、境時杏子が俺達に挨拶をした。
俺は適当に挨拶を済ませて、境時の入っている部屋とは違う部屋に入った。
「疲れた...いや、死ぬかと思った」
「そうですね」
なんで入ってきてるんだ?
「おいアナ。向こうの部屋じゃないのか?」
「え?向こうは境時さんと博士の頭脳室で、こっちはサイボーグ室だと思ってましたけど...違いましたか?」
「いや、まあ良いんだけどさ......」
荷物を置いて、中峰が事前に用意してくれていた工具箱を開けた。
中に入っている精密機械を慎重に取り出し、近くの机に並べた。
携行していた医療パックの中から麻酔を取り出して、それを注射器の中に入れた。
「何をするんですか?」
アナスタシアが眉をひそめて言った。
「自分で治すんだ」
そう言って、まず自分の右腕に打ち込んだ。
右腕の感覚が消失したと同時に、インプラントの交換に着手した。
人口皮膚を少し切り取って、露出している装甲鉄板とセラミック版を丁寧に引っ張り出した。
そして新しいセラミック版と装甲鉄板を挿入した。
その後は筋肉補助プログラムの確認と一部部品の入れ替え及び筋肉インプラントの差し替えを行った。
この作業も手慣れているので、特に何事もなく作業は終了し、反対側の腕もすぐに終わった。
「よしっ、腕の応急処置完了」
終始アナスタシアが何も言わずにじっと見ていたが、気にせず次は自分の胸にメスを入れようとした。
「ちょっと待ってください!」
「どうした?」
「どうした?(キリッ)ではありません!怖くないんですか?いや、私の前で止めてください!」
「じゃあ隣の部屋に...」
「余計駄目です!今すぐ博士に処置してもらってください!」
博士を呼びに行こうとしたアナスタシアを、俺は引き止めた。
どうやら今の博士の状況をよくわかっていないようだ。
いや、分からなくて当然だったと言ったほうが良いかもしれない。
「博士は、多分今、耳が聞こえてないと思う」
「え?それは、何故?」
アナスタシアが眉をひそめて聞いた。
「俺が何度呼びかけても反応しなかった。だが、視界に入っている時に呼びかけるとすぐに反応して口の動きから大体何を言っているか予想してくれていたんだと思う。俺と博士は長い付き合いなんだ。だから、俺と、観察眼の鋭い中峰にしか分からなかった。今頃は下で人工内耳でも作ってるだろうから、邪魔しないのが得策だな」
「そう、ですか」
「だから、俺は自分でこれを―――」
「それとこれとはまた違う話です!」
工具箱など一式を怒ったアナスタシアに奪われた。
◆数週間後...
上海タワーの一二八階の屋上に登った私は、無線機で上海に潜伏している全Code:Claws隊員に告げた。
「こちらウーヴ。小隊に通達する。これよりCode:Clawsはブラックバード陣営に攻撃を開始する!総員、上海から裏切者を排除しろ。近衛隊が協力してくれる。くれぐれも誤射だけはするな」
『YesMa'am!』
隣に立っている李という朝鮮人が無線機を片手に言った。
「こちら総合作戦司令、李デス。すぐに攻撃を開始して下サイ。近衛隊万歳!」
『了解。日本国万歳!近衛隊万歳!』
遠くからパルスジェットエンジンのような音が聞こえてきた。
「来ましたネ」
「何が?」
「第一陣、無人特攻兵器『桜花・改』デス」
「あの『BAKA BOMB』か?」
「ええ、そうらしいデス。敵戦車を破壊することに特化しているト、天菊サンが言ってマシタ。合衆国の戦車であろうと、この地球上の戦車は壊れるように作られている、ト」
「敵であれど、母国の戦車を楽々破壊されるのは少し不快だな。まあ、母国の人間を殺す私達が言えたことではないが...で、そろそろか」
上海内に展開していた部隊に続々と桜花が着弾している中、ついに上海タワーに存在する通信妨害装置が発見されたようで、上空を交代で飛んでいた無人機のミサイルが発射された。
私は、腕に巻き付けていたミサイル管制発射装置を、背中に積んだ荷物から人対人ミサイルを一発装填し、即座に発射して迎撃した。所詮は旧型のミサイルだ。
だが、もうそろそろ潮時だ。上海中の無人機がこちらを捉える頃だろう。
「撤退だ。私は飛び降りる。お前は?」
李は背中に背負っているパラシュートを指差して問題ないと言って私に微笑みかけた。
フルフェイスヘルメットを被って何を考えているかすら自分でもわからないようなやつに微笑みかけるなど、正直、気の知れたものではないが、山原がそうだったことを思い出し、それ以上考えるのをやめた。
そういえば、長らく彼には会っていないような―――
「や、お二方さん。失礼するよ」
誰だと言う前に、私は人対人ミサイルを後ろに向かって発射した。
しかし、ミサイルはその人間を補足せずに後方に飛び去り、飛んできていたミサイルを迎撃した。
こいつはマズイ人間だ。できるだけ目を合わせながら、私は李の手を握って、じりじりとビルの縁に向かった。彼が拳銃を構えたので、私はもう一発ミサイルを装着して彼に向けた。
今度は照準をして、絶対に外れないようにした。
彼もミサイルの直射は堪えるのか、拳銃を下げる素振りを見せた。
その瞬間に私は李と一緒に飛び降りた。
飛び降りながら彼女と手を離し、一人でビルの側面を撫でながら降下した。
李のパラシュートが開いた。
それと同時に彼女のパラシュートの布を切り裂いて、一本のナイフが李の首元に触れた。
しかし、ナイフは何かによって弾き飛ばされたのだ。
それが銃弾であったと理解するまで、私はしばらくかかってしまった。
心ここにあらずな顔をしている李に近寄って彼女を抱き寄せて近くのビルの窓を蹴破って避難した。
「大丈夫か!?」
「え、ええ。大丈夫デス......?」
「まあいい!逃げるぞ!」
「は、ハイ!」
私は李と一緒にCode:Claws隊員が突入した上海の入口道路に向かった。
お読み頂きありがとう御座いました。次回(ウーヴ回)もこうご期待!
次回『第二次上海攻防戦』




