記録51:通信
アレクサンダーとアナスタシアが外出したすぐ後からのお話です。
眠い目をこすりながら、僕は部屋の外に出た。
「おはようございます、明日香様。よく眠れましたかな?」
「いいや、全く...」
「おや、ベッドが合いませんでしたか?」
「ベッドは快適だったよ。でも、夢に彼女が出てきて、少し長く話しすぎたんだ」
「彼女...あぁ、ムル様ですか...それで、どんな話を?」
「内緒にしろって言われてるんだ。済まないね」
「いえいえ。それでは朝食の準備ができておりますので...ラシード様もお待ちです」
「分かった。すぐに向かおう」
着慣れない現地の服に身を包んで、僕はラシードの待つ食堂に向かった。
◆
「ねぇ、恭明」
「なんだ?」
また同じ部屋だ。コンクリート造りの密室に、椅子が二つ、僕とムルは向かい合って座っている。彼女は僕の目をまっすぐに見て言った。
「矢印のこと、言ってなかったね...ごめん」
「いいさ。僕もなんとなくは見えるようになったから、ムルは何も気にしないでいいよ」
「うん...ありがと」
............何も話すことがない。ムルも同じような顔をしている。
僕は苦し紛れにとりあえず言葉を紡いだ。
「な、なぁムル。体を返して欲しいって、思わないのか?ずっと僕に乗っ取られたままじゃ、気も悪くなるだろ?」
「そんなことは...ない、はず」
「ちょっとは思ってるみたいだな。出来るかどうかわからないんだけど、僕とムルを一対一で混ぜ合わせて戦闘スキル抜群の探偵を作り出すことってできないのか?」
僕の言葉に、ムルはそんなこと考えたこともなかったといって暫く考えていた。
できるなら、いつでも良いのだが、ムルが僕と混ざることに、嫌悪感を抱いていないかが、少し不安だ。
そして、長い間考えていた彼女の結論はこうだった。
「たぶん、混ざることは出来るだろうけど、完全な別人になると思う。その...難しいけど自分が...自分じゃなくなるっていう、その感覚無しで変わると思う...だから、多少ナーフされると思う。私のスキルも、恭明の探偵スキルも...だから、落ち着くまでは、戦いは私が引き受けるよ」
「どうやって?」
「合言葉を決めておけば...例えば『意識置換』とか言ってくれたら恭明と私が交代するって感じ。でも、五分くらいしか持たないから、ホントのホントに危ないときに使ってね。あと、良い忘れてたけど、実は、恭明の見えてる矢印って...このサイボーグ化された目のお陰だから、多分使いすぎたら焼き切れるよ」
少しとんでもない部分が混じっていたが、とにかく危なくなったら『意識置換』そして矢印を見るのは使いすぎたらいけないということだろう。
色々自分なりに整理した後、僕はムルに言った。
「珍しく長く話したね。楽しかったよ」
「そりゃ...好きな人に久しぶりにあったもん。嬉しくなっちゃうよ...」
「そう、なら、明日からは週に一回は絶対に会うことにしよう。流石に毎日じゃ、僕の睡眠時間が無くなるね。それで良いかい?」
「うん。会えるだけで、十分」
「じゃ、僕は行くから」
僕は椅子を立って扉の方に向かった。向こう側から光が漏れていて、一歩踏み出そうとした時、ムルが後ろから抱きついてきた。温かいと思いながら、彼女の頭を撫で、再度別れを告げて、僕は扉を潜り抜けた。
◆
「明日香、聞いてる?おーい!」
「はっ!ごめんごめん、寝不足でちょっと集中できてなかった」
「僕の話を聞かなくても、僕は許すよ。僕以外の人が許すかどうかは知らないから、気をつけるんだよ。上手く寝るのも、戦略の一つだ」
「分かったよ。覚えておく」
僕はササッと食事を済ませ、何故か外に出たいというアレックスとアナスタシアを見送り、自室に戻った。
「ふう...やるか」
扉の鍵を締め、地面に通信機を設置した。盗聴器を全て探し出して破壊した。今回は五つだけだった。
通信機に暗号を入力し、合言葉を呟いた。ザザッというノイズの後に、通信がつながった。向こう側の景色が空中スクリーンに投影された。今回も処刑場か...
『時間通りですね。明日香さん。申し訳ありませんね、いつも処刑している所で通信を繋いでしまって』
「問題ありません、天菊戦闘群長殿。早速ですが報告を―――」
『いや、結構です。今日は貴女に聞きたいことがあってですね』
「はい?」
なんだか嫌な予感がする。僕はいざというときのためにいつでも通信を切る準備をした。
『貴女、カリスの方舟について、何処まで知っているつもりですか?』
まだ大丈夫な質問だが、下手をすれば電波越しにこちらを殺しにきかねない。僕は彼女の質問に慎重に答えた。
「戦闘群長殿が方舟の第Ⅳエージェントを討った動画を見ました。しかし、第Ⅳエージェントのケセドはまだ生きています」
『知っていますよ。それ以降は知らないようなので、私が教えてきましょう』
嫌な予感がさらに強くなった。通信機の電源ボタンに手を置いた。
『私が、ケセドを取り込みました。正確には、もっと昔にはⅥからⅨエージェントの残骸も取り込んでいます』
「はい?」
『よく分かっていないようですから、今から少しだけ思い出話をしましょう』
それから、彼女は思い出話を、朝鮮半島での激戦の記憶について話しだした。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『ソ連の賜物』




