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記録2:宿泊体験

 日乃本から伸びる電車に揺られて数時間、そこから更にバスに乗って僕とムルは愛知県名古屋市の大型ショッピングモールに到着した。

 クリスマスの昼間ということもあってか、モール内は多くの人でごった返していた。

人混みをかき分けながら、誰も用事のない服屋の前で僕達は足を止めた。

店内を、いい服がないかと物色して回っていると、店員が僕達に声をかけてきた。

僕は名札をちらりと見た。久保田と書かれた名札には、彼の顔写真がついていた。僕の知人と結構違うように見えるが...まさかな。


「いらっしゃいませお客様。本日はどのような服をお探しでしょうか」

「なんでも良いんですけど、とりあえず普段着を買いに」


 それなら、と言って久保田は僕達をとあるコーナーに案内した。まあ、普通はそうなるな、というようなコーナーだったが、ムルは予期していなかったのか、顔を真赤にして俯いていた。


「こちら、ペアルック衣服コーナーになります。このような感じの...ちょっとネイビーブルーがお似合いになると思うのですが...今なら少しお安く出来ますよ?」

「すまないが、今日は僕達の服じゃなくてムルの、この子の服を買いに来たんだ。だから、この年くらいの女の子の服ってある?」

「それでしたら...」


 僕の袖口を掴むムルを引き連れて、僕は久保田の背中を追った。いろんな服が並び、衣服の独特の服の香りの中、久保田は立ち止まってとある衣服を指さした。


「このような感じの、少しスーツっぽい服はどうでしょうか。見たところ、日乃本の人ですよね?」


 久保田がボクのネクタイピンをちらりと見た。これは確実だな。

 僕はとりあえずムルが服を買っている間に、胸元にある拳銃の部品を、腰のホルスターまで移動させ銃身と装着させた。

 ムルと久保田が戻ってきた時、僕は拳銃を引き抜こうとしたが、寸前のところでムルに止められた。僕が彼女の方を見ると、ムルは言った。


「せっかく...お出かけなのに...」


 ムルの必死の制止に僕はため息をついて銃を引き抜く手を止めた。

 後で通報しとこう。そう思って僕はその店を後にした。

 店を出た瞬間に近衛隊事務所名古屋支部に赴き、先程の服屋の久保田のことを話した。


 近衛隊員は喜んでその名前をメモして直ぐに出発した。

 僕が外に出ると、少し不機嫌そうなムルがいた。とりあえず謝っておくと、彼女は更に頬を膨らませて言った。


「せっかくの...お出かけだったのに...」

「悪かったって。帰ったら好きな事させてやるからさ」

「......分かった」


 そしてまた電車に揺られて日乃本まで帰った。

 検問で身分証を提示し中に入れてもらった。まあ、僕ほどの人間なら、もう身分証もいらないのだが、ムルも一緒にいるので、ここはちょっとでも僕が一般人に近い身分であることを示さなければならない。

 彼女も政府から受け取った身分証を提示した。検問の警備員がすごい顔をした。

 まあ、大戦中に世界に名を馳せた暗殺者だったんだからな。そりゃそんな顔もする。


 ムルのお願いで、急ぎ足で探偵事務所まで帰った。


 事務所の扉を開けると、スタッフがひとり帰っていたようで、ゴソゴソと年明けの業務の準備を一人始めていた。

 僕が誰が帰ってきたのかと思って覗いてみると、水谷ミズタニ隼也シュンヤが珍しく帰っていた。いつもは年始休みに事務所に来て慌てて仕事の準備を始めるのだが、今年はちゃんと早め早めに行動しているようだ。

 年末休み前に灸をすえておいたのが良かったのか、僕を見るなり勝ち誇ったような顔で言った。


「自分、業務準備完了しましたっすよ!来年はこれで...って山原さん!誰ですかその女!彼女っすか!?」

「いや、違―――」

「自分、邪魔しましたね!じゃ、自分はこれで!良いお年を!」


 いつものエネルギッシュな少年のままで、大雑把な準備のままで彼は事務所を飛び出してしまった。

 彼の出ていった後を片付けていると、ムルが着替えてくると言って更衣室に入った。


 ゴソゴソ片付けをしていると、僕の腰のホルスターから拳銃が転げ落ちた。

 拾い上げて拳銃をじっと見た。

『ウェルロッドMk3』

 前作のウェルロッドMk2から消音性を上げるために消音器部分が一回り大きくなったが、消音器の取り付けが簡単になったため、使用するその瞬間までは拳銃とはわからない見た目となっている。

 前作のボルトアクション式から、リチウムイオン電池を使用したセミオート式に転換したことで、総重量は増えたものの、専用の小型ホルスターに消音器を入れておくことでほんの数秒で拳銃として使用できる。


 ちなみに僕の取り付けから発砲までの最高記録は0.8秒だ。結構早い方らしいが、まだまだ早い人はいっぱいいるのだ。


 暫くぼーっとしていると、ムルの声が聞こえ、我に返った。


「恭明?」


 更衣室とつながっているシャワールームを先に借りたのだろう。髪を濡らしたムルがパジャマ姿で俺の前に待機していた。水の滴る女の子に危うく見入ってしまいそうになったが、とりあえず片付けを爆速で終了させた。


 勿論自炊などできるわけもないので、インスタント食品で済まそうとした時、ムルが僕の手を握った。

 どうやら彼女が作るらしく、その間に僕はシャワーを浴びさせて頂くことにした。

 久しぶりに熱いシャワーをちゃんと浴びて、寝巻きに着替えてキッチンに出ると、エプロン姿のムルが母国語で歌をを歌いながら、ボルシチなるものを作っていた。

 奇跡的に材料があったと言っていたが、絶対にいくらかは持ってきている。

 こうなることは見透かされていたのだろう。


 それにしても、ムルの料理が上手い。まだ食べていないが、美味しいことは分かる。暗殺任務の途中で毒入り手料理をターゲットに振る舞ったことでもあるのだろう。


 そんな事を考えているうちに、ついにボルシチが僕の目の前に運ばれてきた。

 毒は入っていないか確認するのも悪いので、思い切って一口で食べてみた。


「うまっ...」


 僕はそれ以外の言葉が見つからなかった。ただ彼女の作ってくれたボルシチをかき込み、久しぶりに人の温かみを満足に味わったところでちょうど料理もなくなった。

 ムルは終始僕の食べる姿を見ているだけで、ほとんど料理には手を付けていなかった。


 僕が食べ終わると、彼女は思いついたように食べだした。ほんの数分の間に皿は空になって後片付けを二人仲良くやった。

 その後、重大なことに気づいた。


 ベッドが一つしか無いのである。(添い寝チャンスである。)


 ムルに聞いてみると、彼女は快く承諾してくれた、というより率先して添い寝をしようとした。どうやら添い寝した瞬間にターゲットを殺すことも多々あるそうで、特に男と添い寝することには何も思っていないのだろう。

 それに、友人を床やソファで寝かせるのも、自分が床やソファで眠るのも気に食わないらしい。


 ◆


 電気を消して、ベッドに潜り込んだ。布団は二人で一つで、枕はムルに渡した。誘っておいて何だが、僕が緊張して寝れない。ふと隣を見ると、ムルも眠れないようで、僕の視線に気がつくとニコッと微笑んでいった。


「ねえ...お話、して?」

「どんな?」

「昔話。私達の...馴れ初めから...今まで」

「ああ、分かった」


 寝転んだまま話すのも変なので、二人でベッドに腰掛けて話すことにした。枕元の電気を付けて、二人並んで座った。彼女の顔を見ると、少しワクワクした様子で僕の話を聞こうとしていた。

 彼女の手が僕に触れているような気がするが、まあ気のせいだろう。


 彼女から目を逸らし、天井をじーっと見た。

 それから、僕は昔のことを思い出し、目を閉じて話し出した。

国民身分証

名前:山原恭明

職業:探偵

経歴:■■■■■(検閲対象です)

身長・体重:178cm・68kg

年齢:26


特別国民身分証

コードネーム:ムル

職業:殺し屋

経歴:不明

身長・体重:162cm・50kg

年齢:19


次回『黒歴史』

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