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記録1:もしもし探偵さん

この物語がフィクションになることを願って。

―――録画を開始します。


 その音声の後、ノイズが暫くの間流れた。


 ガガッ...ビー...バチン

 部屋の照明が点いたようだが、何かがカメラの前でゴソゴソしているので、依然として映像は真っ暗だった。

 不意に、映像に女性の声が入った。


「あれっ。これで合ってる?え...もう始まってるの!?」


 カメラの前のものが離れると、一人の齢二十ほどの女性が映り込んだ。


 どうやら彼女がカメラの前で設定をしていたようだ。


 彼女は金髪で、赤い目をしていた。顔立ちは凛としており、昔の探偵の代名詞と言って良いような薄茶色のミニスカートに、茶色いコートとベスト、シャツを着ていてネクタイの代わりにリボンを付けていた。帽子も探偵を連想させるベレー帽を被っていた。


 彼女はカメラ正面の椅子に座り、小さな咳払いをして話し始めた。


「さて、この動画を見ているということはきっと僕はもう居ないでしょう。それで、今まで死んでいた君は多分元気に生きているでしょう。それは良いことだと思います。でも、たった一つ心配なことは...」


 彼女は急に一筋の涙を流しながら言った。


「私を...忘れないで」


 彼女はニコッと笑った。


 録画終了


 ◆ 西暦二〇五〇年 十二月 二十四日 午前八時〇分


 今年も、僕にこの季節がやってきた。

 スタッフさえ居ないこの探偵事務所には電気もつけずに、ただ一人ソファに寝っ転がって惰眠を貪っている僕、山原ヤマバラ 恭明キョウメイしか居ない。

 クリスマスが何だ、リア充が何だと世間では騒ぎ立てているが、まだ戦後数年だ。

 日本各地は未だ戦争の爪痕が残りまくっている。


 旧首都東京は現在復興中で、クリスマスの影など、見る影もない。

 あるのは核に汚染された人間の骨と、瓦礫の山だけだ。


 そして僕は現在、首都の元岐阜県の岐阜市、岐南市、各務原市だった場所に新たに中央行政府として設置して誕生した『日乃本』に居る。ここには政府の主要機関などが置かれており、表向きな権力の中心となっている。


 一般人では、立ち入りに身分証が居るような都市だ。ここに来るようなやつは自分の身分証を清廉潔白だと信じ込んでるスパイか、財閥で働いており出張に来た人間か、核爆弾の恐怖に怯え続ける臆病者くらいだろう。


 では、何故僕がこんなところに探偵事務所を立てたのかと、気になる人が大半であろう。

 これには一応れっきとした理由がある。


 結論から言うと、僕は国家に雇われた探偵だ。こんな世の中じゃ、AIに先を越されて民間の依頼は受けられないから、国から直接とんでもない依頼が来る。

 だから中央から距離的に近い日乃本に居るのだ。


 そして現在、いつもいるスタッフたちは皆外に居て、思い思いのクリスマスを過ごしているのだ。

 一応ではあるが、ここのトップである僕はボッチなのに...


 ピンポーン


 誰だ?今の時間に戻ると言っていたスタッフは居なかったはずだが...


 ソファからムクっと起きあがり、玄関の前まで服装を正しながら歩いていった。

 僕が扉を開けると、そこには見知った顔が二つ並んでいた。


「や、遊びに来たぜ。どうせ暇なんだろ?」

「久しぶり...」


 一組の男女で、男の方は背がスラっと高く、ガタイも良い。いわゆる細マッチョというやつだ。

 名前はハルで、偽名である。

 女の方は一見、細そうに見えるが一応ロシアの暗殺者だ。

 彼女はムルと言うのだ。勿論偽名である。彼らとは、とある事件で知り合い、仲良くなったのだ。


 元々二人は国際指名手配犯で、結構な額の懸賞金が掛けられていたが、ここ最近は何故かそのリストからは消されている。


「それで、元国際指名手配犯二人がどうして此処に?下水道でも通ってきたのか?」

「いいや、違う。今回は日本政府公認でここにやってきたんだ」

「なら、仕事でも持ってきたんだな。クリスマスの日に」

「それも違う」


 ハルは不審に思う僕を見て高らかに笑って言った。


「探偵なのにわからないんだな。いっつも無理矢理に事件を解決してるからか?」

「早く話してくれ。要件は?」

「ああ、悪い悪い。そう、ここに来たのは、一旦ムルを預けに来たんだ」

「ほぅ、と言うと?ハルに仕事が飛んできたんだね?」

「そうさ。だから、信頼できる恭明に預けようって魂胆さ」


 僕はそうかと言ってムルの方を見た。一切荷物を持っていないが、どうするつもりだろう。僕の服なんて一着くらいしか無いし...


「着替えなら...後で買いに行くから...」


 ムルはそう言ってポケットの中から百万円ほどの札束を取り出した。

 僕がどこから貰ったのかを聞こうとすると、ムルはニッコリと笑って察せと言わんばかりに圧を掛けてきた。そうだよね。暗殺者だもんね。ちょっと鉄分豊富な金なんだろう。


 僕は咳払いをして、ここで立ち話も何だからといって二人を事務所の中に招き入れた。


 誰も居ない探偵事務所には、僕のデスクと、その前にある(先程まで僕が寝ていた)来賓のソファ、それからこれは別室になるのだがスタッフたちのデスクがある。

 とりあえず二人をソファに座らせ、ムルにはココア、ハルにはコーヒーを出した。


 ボクもとりあえずソファに腰掛けて、ハルとムルの方をちらりと見て聞いた。


「ムルを俺に預けるって、どんな任務なんだ?」

「国家近衛隊規定、第一条、国家近衛隊の任務機密徹底守秘義務」

「分かったって...じゃあ―――」

「...聞いちゃうの?」


 ムルが僕の顔を見てそう言った。探偵ならば当ててみろと言いたいのだろう。

 僕は下を向いて、手を顎に当てて考えた。


 ハル、ムル、クリスマス、預けに...なら、回収しに来るのは確実だ。

 任務は確定で、預けるくらいだから結構長く...後は、そうか。日本政府(国家近衛隊)の依頼だったっけ...

 なら、対外諜報か?いや、それなら別の部隊が居るし、内部調査が妥当か。

 クリスマス...キリスト教、教会か、ならあの事件か?

 ...ああ、そういう事か。


「KKKもどきのカトリック教会襲撃事件か?最近日本で頻発してるって聞くんだ」


 ハルはニヤッと笑って指を弾きながら言った。


「正解!でも、妙だろ?アメリカのKKKは結構衰退してきているんだ。それなのに、遠く離れた敵対国で運動する意味がわからないだろう?しかも、銃を持ってるって噂もある。だから、その調査にな」

「そうか。まあ、それ以上は詮索しないよ。じゃあ、いつ行くんだ?」

「行ってくるよ」

「え?」


 僕にツッコミの好きを一切与えず、ハルはとっとと探偵事務所を飛び出してしまった。


 とりあえずハルのコーヒーカップを片付けていると、ムルが微笑みながら僕の片付けの手伝いをしてくれた。


「恭明、すごいね...あんな少ない手がかりから分かるなんて...実際もうどこの仕業とか分かってるんじゃないの?」


 僕は彼女の顔を見て言おうか言わまいか考えた。

 まあ、毎回ムルに負けて結果的に言うことにするのがオチだが。


「多分、中国の暫定政府だろうな。日本の民衆の敵対心をアメリカに向けることで、中国との関係改善を図り、そっから支援と称して内乱の征服を手伝わせた後、国内復興のために企業の乗っ取りを開始させるって所だろ。メディアもすでに一部買収されてるだろうから、近衛隊は国営メディアを使うしかないだろうね。ま、その点は問題ないだろう。先の大戦で民営メディアとSNSの信用はガタ落ちだ。国民は信頼できるのは国営メディアって信じ込んでる」

「へー...頭良いんだね」

「これでも、一応国家に雇われてる探偵だからな」


 そう言って、二人で笑いあった。久しぶりに昔の友人とあって、二人共嬉しいのは同じだろう。だが、僕の胸の中には、少々変な塊が残っているのだ。

 これは言わないほうが吉だろうと思っているので、ムルにも、ハルにも伝えるつもりはない。


 僕は食器を洗い終わったタイミングで、ムルの護衛として、一緒に服を買いに出かけた。

◆国家近衛隊◆

革命隊の希望により発足した元治安維持組織。最高議会を中心として、警察権や司法権を持つ。国家という概念そのものに使えているという考え方から、実質的に日本の三権分立の上に位置しているが、国民の生活は戦前と特に変わっていは居ない。

学歴よりも何よりも忠誠心を重んじる組織で、時間はもちろんのことながら体格にまで厳しい制限がかけられる。

戦闘群はエリート揃いで、ゲリラ戦や市街戦を得意とする。

徹底した情報守秘を掲げているため、携帯電話でのやり取りは全て盗聴されている。

その他にも色々あるが、それはまた追々...


簡単に言えば優しいナチス。


次回『宿泊体験』

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