記録25:ゴー・トゥ・ストックホルム
ヘリコプターの中、私はアナスタシアに向かって聞いた。朝の曇り空から一転して晴れ渡っており、彼女の銀色の右腕に太陽の光が反射し、僕は目を細めた。
「その銀色の腕、サイボーグなの?」
「はい。最初の切り札です」
「まだ他にもるの?」
「はい。サイボーグなのは、右腕だけですが。一応、臨機応変に対応できるようにはなっています」
僕は彼女の腕に再び目を落とした。銀色の腕はまるで本物の腕のように滑らかに動いている。
体についたホコリを落とす動作から、銃の簡単な手入れをする動作まで、絶対にプログラムされていない動作までヌルヌルと行っていた。
僕がそれを物珍しい目で見ていると、アレックスも腕を振って、俺もサイボーグだぞと言わんばかりに僕に見せた。
僕は笑い混じりのため息をついてアレックスに言った。
「もう、アレックスがすごいサイボーグなのはもう知ってるの。今は一緒にお風呂に入ったアナスタシアが、どうやってその腕を隠したのか気になってね」
「お前ら一緒に風呂に入ったのか!?」
「まぁね。アレックスも私達と一緒に一緒に入りたかった?」
僕の意地悪な問いかけにアレックスは声をつまらせたが、僕に抗うために言った。
「ああ、入りたかったな。美人二人と一緒に入浴したくねえやつなんていねえだろ?」
「はっ。そうかい」
それからもジョークを飛ばして少し笑ってを繰り返していると、うるさくしている僕達にしびれを切らしたアナスタシアが言った。
「貴方達、少し静かにお願いします。さっきは危うく殺されるところだったのですよ?」
「「はい...」」
僕達は静かに俯いて何も話さず、誰とも目を合わせないようにして、悲しそうな雰囲気を無理やり醸し出していると、アナスタシアが大きくため息をついて言った。
「もう、分かりましたから、それはやめて下さい」
「何だよ〜。注文の多い女だな」
わざとふてぶてしく言ったアレックスにアナスタシアはサングラス越しでも分かるほどに眉をひそめた。
銀の腕に力が入ったのが分かった。アレックス、それで怖気付いたのか、彼女に軽く謝罪をして、アナスタシアはようやく元に戻った。
僕がその様子を見ていると、ヘリコプターのパイロットが何やら無線で慌ただしく会話をした後、僕達の方を向いて言った。
「サンクトペテルブルク支部からの連絡だ。緊急事態が発生したらしい。詳しくは教えてもらえなかったが、異国から来たそこの二人はこのまま近くの空港に送り届ける。アナスタシアはサンクトペテルブルク支部に送り届ける。良いか?」
「ああ、問題ない」
ヘリコプターは、そのままサンクトペテルブルク支部に向かって一直線に飛行した。
◆
KNB、サンクトペテルブルク支部にて。
アナスタシアはKNB職員と一緒に何やらロシア語で話し込んでいた。
そして、職員の一人がどこかに行ったかと思うと、すぐに僕達のもとにとある機械を持ってやって来た。
職員は僕とアレックスに一つずつその機械を渡した。何の機械かと僕が聞く前に、アナスタシアが説明してくれた。
「これは緊急通信機です。GPSも入ってますから、通信が途絶えた場合、私が急行します。私代わりとして、大事にして下さいね」
「分かったよ。大事に使わせてもらう」
機械をポケットにしまって、建物を出ようとした時、アナスタシアに呼び止められた。
「何?まだなにか―――」
彼女の唇が僕の頬に触れた。柔らかく、真っ白な彼女の接吻は、温かく、そして、僕の胸の奥まで響いて、心音が早くなるのが分かった。これは、僕の意思じゃない。彼女の、ムルの意思だった。体が勝手に動いて、彼女に向かって、微笑んだ。
多分目は死んでいるんだろうけど、恐らく彼女が見たムルの顔をしていただろう。
アナスタシアは、一筋の透明な涙を流して言った。
「これで、一旦お別れですね」
「うん...そうだね」
私は旧友にそう言ってKNBの本部を後にした。久々に帰ってきたロシアの空は晴れていて、太陽光に目を細めた。
アレクサンダーが私に怖い顔をして言った。
「お前が、ムルか」
「......そうなるね。私は、ムルだよ。はじめましてだね、アレックスくん」
「...その名で呼ぶな」
アレクサンダーの顔は段々と曇っていき、遂には鬼の様な顔になって私を睨みつけていた。
私は鼻で笑って彼に言った。
「大丈夫さ。すぐにもとに戻るから」
そう言ってからすぐに僕はアレックスに言った。
「今、ムルになってた?」
「ああ、戻ってきたか。それにしても、あんな目をしてるやつと、よくつるんでたな」
「そんなにやばい目だったの?」
「ああ、深淵だぜ。あんなの」
僕は適当に相槌をうって、さっきの感覚を思い出した。
あれは、不思議な感じがした。
自分が完全に乗っ取られていた。さっきのは多分ムルの本性じゃない。本来のムルは、もっとこう、柔らかくて、優しい感じだ。
「おい、明日香。見てみろよ。裏切り者がいるぜ」
アレックスに言われた方を見た私の目には、KNBの職員に頭から麻袋を被せられ、半ば引きずられるような形で連行されているドエムスがいた。
確かに、あのビルの件で、彼だけがビルに入ろうとしなかった。
恐らく警察に通報したのも彼なのだろう。
しかし、アレックスの目が生き生きとしている。もともと教官のはずなのに...いや、教官だからか。
仲が悪かったんだろう。今はそう思っておこう。
アレックスと一緒にKNBのサンクトペテルブルク支部から出て、近くの路地裏の店に入った。アレックスいわく、ここは一応EVの息のかかった人間がたくさんいる施設らしい。
店内はお洒落なカフェと言った様子で、昼間にもかかわらず、人は全然いなかった。ウェイトレスがアレックスに気がついて注文を聞くふりをして近づいてきた。
「連絡は通っていますよ。車は裏に止めてありますから、それでフェリーに乗ってスウェーデンまで行けます。偽装パスポートは用意してあるので、そこのお嬢さんと交代で運転しながらできるだけ早く行って下さい。一つ忠告なのですが、そこのお嬢さんは合衆国に目をつけられています」
とんでもないことを聞いたが、狙われているからと言って、ここでずっと足踏みしてられない。
急いで出発してスウェーデンに入らなければいけないが、どうしてスウェーデンに行くのかもよく分かっていない。
アレックスに聞こうとしたが、彼はもう車に乗り込みに行っていたので、車内で聞くことにした。
◆
車はTOYODAのクレウンを雪道走破用に改造したものだった。日本の車がこんなところにも使われていることに、内心少し嬉しかったが、僕には聞かなければならないことがいくつかあった。
アレックスが車を発車させ、港までのカーナビを付けた。アレックスがなれない手つきで言語設定を変えているのを見ながら、僕は聞いた。
「どうしてスウェーデンに?」
慌ただしく指を動かすアレックスは、ゆっくりした口調で答えた。
「そこに一緒に行動してくれる人材がいるんだ」
「どんな人なの?アナスタシアより強い人だったりするの?」
「いや、そいつは弱いな。子供レベルだ」
吐き捨てるようにアレックスはそういった。僕が不安そうな顔をしていたのだろう、アレックスは言語設定を終えて笑いながら言った。
「肉体的に弱いだけだ。そいつは完全に人間だ。EMPを体内にぶち込まれても問題なく動く人間さ。で、そいつは稀代の天才科学者で、どんな兵器だって一日で設計を終わらせるような人間だ。年齢は四十手前で女。名前は...忘れた。まあ、現地で分かるさ。それで、他に聞いておきたいことは?」
私は、過去のことについての質問が多すぎるので、一旦それは無しにして、先のことについて聞いた。
「この辺って不凍港じゃなかったっけ?船なんて出るの?」
「それは問題ない。最近ロシア第二帝国の中で、温暖化が進んだのと砕氷船の民間使用の開始で料金は高額だが、船は出てる」
それから...と、思考を巡らせてみたが、特に質問も思い浮かばなかったので僕は黙ってしまった。
アレックスも特に話すこともなかったようなので、二人して押し黙ってしまった。
そんな静寂を切り捨てるように、僕の携帯電話がけたたましく鳴った。
急いで電話に出てみると、電話の向こう側は中峰だった。
『あー、あー。マイクテスト、マイクテスト...っと。そのため息、聞こえてるね』
「はい、聞こえてますよ」
知らぬ間に漏れ出たため息を中峰に指摘され、もう一度ため息が出そうに鳴ったがそこはこらえて電話をかけた理由を聞いた。
『今日は山雁さんに伝えておかなければならない事があるの』
随分と重々しい雰囲気で話す中峰に、僕は身構えた。アレックスも神妙な面持ちで漏れ出る声を聞いている。
しばらくして、中身値が溜めていた言葉を一気に吐き出した。
『私、ストックホルムに転勤になったの!』
一瞬の静寂が流れた後、僕とアレックスは声を揃えて言った。
「「はぁ?」」
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『ついてきちゃった♥』




