記録23:血の雨はまだ降らない
アナスタシアの話を聞いて寝た翌朝、私達は準備を終えてホテルのロビーに集合した。
僕とアレックスが先に到着し、アナスタシアはまだ朝食を食べている。アレックスは厚手のコートの下に戦闘服を着ていて、件の銃が入っている大きなカバンを背負っていた。
銃の重さが三十キログラムあるのを忘れさせるような強靭な体幹でまっすぐと立っており、僕と目があうと、にこっと笑って言った。
「ま、緊張するなよ。正面切っての戦闘は俺たちがやるからさ」
「わかってる。私も、何もできない事はないけど、君たち二人に比べたら劣っちゃうから、大人しく後ろから奇襲するだけにしとくよ」
「それで良いんだ。任せとけよ」
アレックスが僕の方をバシバシと叩いて笑っていると、アナスタシアとドエムスがやって来て、すぐに出発することにした。チェックアウトを済ませて外に出て、目標地点までは徒歩で向かうことにした。
サンクトペテルブルクは雪が降っていて、外に出ている人も分厚いフードを被っていて誰とも目が合わなかった。
時々、アナスタシアがサングラスを外して、店のショーケースに目をやっていて、僕もそれを見ていると、どれもブーツだった。彼女の靴に目を落とすと、とても年代物で、十分に使い込まれた色味をしていた。
「アナスタシア、今回の任務が終わったらブーツ買ってあげるよ」
「...ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。私だってお金があるのですから」
「いや、そうじゃないよ。私がプレゼントしたいの。何にもできずに人と別れちゃうのは、借りを作る感じがして、私はあまり好きじゃないからね」
「そうですか。ではお言葉に甘えて、一番高い靴を所望します」
「はは、こりゃ手痛いな」
苦笑いを浮かべる私に、ドエムスが言った。
「なあ嬢ちゃん。あんたのその杖、銃だろ?」
「え、ええ。そうですけど...何か?」
「いや、何でも無い。ただ気になっただけなんだ。すまんな」
少し怪しい雰囲気を醸し出しているドエムスを横目に、僕達は遂に目的地に到着した。
サンクトペテルブルク郊外の小さな山に面したその建物は、やけに古ぼけていて、もう何十年も整備されていないような建物だった。
正面のガラス製の自動ドアは砕けていて、内部にも電源は通っていないようだった。
荒らされた室内に、スプレー缶で汚された壁、片方のケーブルが切れて垂れ下がった蛍光灯、それらのそのビルを廃墟たらしめている物が僕の足を止めた。
「明日香、何ビビってんだ?俺達がついてるんだから、心配すんな」
アレックスが私の背中を叩いて、前に進ませた。
嫌な予感がする。
僕が顔を歪ませていると、アナスタシアが私の顔を見て、急いで中には入ろうとするアレックスに言った。
「明日香さんが厭な顔をしています。一旦止まりましょう」
「おいおい冗談はよせよ明日香。あと一歩だぜ?」
「ちょっと待って欲しい。考えさせて...」
僕は手を唇に当てて下を向いた。深呼吸をし、目を閉じて考えた。
一旦目を開けて周囲を見渡した。
不審なほどに人が居ない。
それに、カモフラージュさせてるつもりだろうが、入口に監視カメラがいくつかある。
多分、罠だろう。
その時、建物の奥から銃声が聞こえた。
「くそっ!もう行くぞ!」
アレックスが走り出したことで、僕とアナスタシアも仕方なく彼の後を追って走り出した。暗い廃墟の中を走りながら、銃声の下方向にアレックスが走っていくと、そこには半開きの扉があった。
アレックスが蹴破ると同時にもう一発の銃声が鳴り響き、人間が一人地面に倒れ込んだ。
ブービートラップを仕掛けられていたようで、扉から伸びたワイヤーは銃に繋がっていて、その銃はとある人間のこめかみにセットされていた。
倒れた人間の顔を確認すると、それがすぐに私達の目標であった米国陸軍大将だということが分かった。
僕が身分証を見て、本物だと判断するなり、アナスタシアが電話をした。
直ぐにロシア警察のパトカーのサイレンが鳴り響き、僕は最初、彼女が警察に連絡を入れたのかと思った。しかし、彼女はため息をついて呟いた。
「先手を打たれましたね。おそらくどこかの組織の息がかかっています」
「何だと!?ならアナスタシア、君は何に電話をしたんだ?」
「KNB本部です。暗殺代理委員会とはコネクションがあるのでいざという時には、第二帝国内なら助けてくれます。ヘリを要請したので、十数分で急行すると思われます。それまで、何とか耐えましょう」
「じゃあ、武器の全面使用は?」
アレックスがアナスタシアに聞いた所、彼女は首を振った。
銃床など、ほんの一部しか使えないそうだ。いくら組織の息がかかっているとは言え、ロシア警察だ。本格的に戦闘をすれば国際問題に発展しかねない。
そこで僕は事前に天菊から貰っていた極小の麻酔弾を杖に装填した。
これは吹き矢のような仕組みで、前端がまち針サイズの小さな針を比較的少量の火薬で低速で飛ばし、目標に刺し込む。命中すれば目標はほんの数秒で眠りこけてしまうという万能弾薬だ。
しかし、有効射程がほんの三メートル程度なので、奇襲する形でしか使用できない。
弾薬は小さいので百発程度持ち歩いているが、それでもこちらの一がバレれば使う事ができない。
もちろん防弾チョッキに刺さった程度では意味がないので皮膚を丸出しにしている部位を狙うか、直接銃口を衣服に突きつけて発射するほか使用用途がない。
「アレックス、アナスタシア。二人共私が合図するまでは屋上で立てこもっておいて。扉にはロックを掛けておくか全力で塞いで、内側から開けられないようにだけお願い。私の合図で扉を開けて。分かった?」
二人共静かに頷いて階段の方向に走り出した。
僕は誰も居ない廃墟を暫く歩き、ちょうど良さそうな階段裏の隠れ場所に身を潜めた。
どうやら警官は三人一組で行動しており、数組が廃墟ビルの中に突入してきている模様だ。
深呼吸をして警官の足音に耳を澄ませた。
階段から駆け上がってくる警官の装備をちらりと見た。
全身重装備で、空いている箇所は首元と、関節の裏程度だった。しかもその部位も分厚い戦闘服に覆われていて、直接銃口を突きつける以外の選択肢が消滅した。
ここで廃墟ビルの概要だ。
今、私がいるのが三階で、全部でこのビルは四階層ある。つまり警官は合計で少なくとも十二人入ってきているのだ。しかし私が制圧するのは三階と四回だけ。なら、バレないように三、四階の警官を始末すれば後はなんとかなるはずだ。
そうこうしている内に、三階の捜索が始まった。眩しいライトを付けながら徹底的に物陰をクリアしている。僕は深呼吸をして、まずは他の二人から視線を外された警官の膝裏に銃口を突きつけて引き金を引き、次弾を装填した。
すぐに警官は地面に倒れ、その音と共に他の二人の警官が走ってやって来た。
そこに僕は二人目の脇腹に銃口を押し当てて引き金を引き、素早く次弾を装填した。
三人目が銃口を向けた瞬間に僕はさっき警官からあらかじめ奪っておいたライトを警官の目に向かってまっすぐ投擲した。
ライトをはねのける時間に、僕は警官を押し倒して首筋に銃口を当てて引き金を引いた。
これで三階の制圧が完了した。
次は四階だ。
僕が階段を登ろうとすると、後ろから警官たちの声が聞こえた。恐らくさっきの物音を不審に思ったのだろう。僕は警官の持っていた警棒と銃についていたスリングをを拝借し、物陰に隠れた。
杖のサイレンサー部分を取り外すと、ウェルロッドMk.2のような形になった。こっちのほうがやはりしっくり来る感じがする。僕はマガジンに銃弾を再装填してから他の警官たちが上がってくるのを待った。
警官たちが上がってくるのを確認して、ちらっと見てみた。なんと六人もいる。
正直この人数差は勝てない。大人しく投降するか頑張って逃げるかを考えていると、頭上に軍用ヘリのプロペラ音がした。
その音に警官たちは何かを察知し、急いで四階に向かっていった。
僕も急いで四階に急行すると、そこにはアナスタシアが居て、銀色の腕を用いて警官を一人で全員制圧していた。
「さあ、早く行きましょう。アレックスさんも待っていますよ」
話を後ですることに決めた僕は急いで屋上に垂れ下げられている梯子にしがみついた。
三人が廃墟ビルから離れたのを確認すると、ヘリは急上昇をして警察の見守る中ゆうゆうと大空に飛び立っていった。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!次回は日本の中峰視点です。
次回『銀腕の乙女、ナターシャ』




