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記録21:雪の降った日

歴史フィクション解説 ウクライナとロシア第二帝国


度重なるロシアのウクライナ侵攻に、ウクライナ国内は憔悴しきっていた。政府の高官も次々に暗殺される中、親米派の人々が政権を握ると、ロシア第二帝国は一気に本格的な侵攻を開始した。

今までは海外からの傭兵を主軸とした部隊編成で戦っていたが、今回は陸上のみで最前線に五個師団、後方に三個師団を配置するといった完全に過剰戦力を投入した。

最新戦車とミサイルの飽和攻撃のみでも十分戦えたロシアだったが、この過剰戦力には欧米諸国の支援意識を低下させる狙いもあった。

結局、二〇三八年にウクライナはロシアに全面降伏して、ロシア第二帝国に併合されることとなったのだ。

ウクライナ、リヴィウの町で私は生まれ育った。

まあ、ほとんど家の中に居たから、友達なんて居なかったのだけれど。


私は、生まれつき体の色素がないアルビノという病気にかかっていて、太陽のもとに出ると目を痛めたり、市街戦に異常に弱かったりした。

だから、外に出られず、ずっと家の中で本を読んだり、お人形を使って遊んでいたりもした。


学校には母親の車での送迎で行っていたが、その特異な見た目からいじめられることもなく、特に友達もできることはなかった。『純白のアナスタシア』なんて異名を付けられたときは少々驚いたものではあったが、学校生活事態は結構楽しかった。


そんなある日、二〇三七年、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった。

小学校に年生のときのことだが、よく覚えている。テレビに映ったのはロシア軍が祖国の町を踏み潰している光景だ。

軍に行っている父は後方支援の役職だったので、度々家に帰ってきては私を抱きしめてくれた。


しかし、欧州からのウクライナ支援が滞り始めると、本格的にロシア軍が侵攻してきた。ドニエプル川を超えた辺りで、ウクライナ軍は本格的に無力になり始め、ズルズルと撤退していった。大統領がリヴィウに最終拠点をおいたときは、正直恐怖した。

ああ、ここも一緒になくなるのかと思い、母に泣きついたのを今でも覚えている。


二〇三八年、九月九日。この季節には珍しく珍しく雪の降った日だった。

リヴィウが陥落して、大統領がロシアに降伏した。

父は最前線で戦っていたが、けがをすること無く戦争を終えることができた。久しぶりに家族全員で食事を取っていると、テレビにはロシアの大統領が映っていて、何かを喋っていた。

が、特に私達に関係することでもなかったので、私はそのまま食事を取り続けた。


数日後、学校にロシア兵がやって来て、親睦を深めるためと称して、私達の先生をしてくれた。

今思えば、これが子どもの洗脳だったんだろう。しかし、私は特にそれにも惑わされずに自分の信念を貫いていた。

先生となったロシア兵たちはとても優しく、授業もとても上手だった。ただ、体育の授業が激しかったのは苦い思い出だ。


そして、数年が経って第三次世界大戦が勃発した。

今回の戦争はアジアで起こった戦争だったから、こちら側は父がまたもや徴兵されて後方勤務送りになった以外は特に何もなかった。


いつも通りの日常で、いつも通り母親とショッピングモールに言っていた時だった。確か、クリスマスケーキを買いに行っていたはずだ。その日は雪も降っていて、街はクリスマスカラーに彩られていた。


しかし、突如ショッピングモール内で、銃声が至近距離で鳴り響いた。


耳が痛くて聞こえなかったが、母が私に何かを言って走り出していたことから、恐らく近くに銃撃犯がいることだけが分かった。


周囲を見渡してみると拳銃を持った男が一人、離れろと叫んで暴れていた。周囲には血溜まりに倒れ込む人が一人、女の人だった。

まだ息をしていて、私と目があった。


彼女は私に手を伸ばした。


私も手を伸ばした。


その手は母に抑えられた。


もう一発銃声が鳴り響いた。


男が、足を抑えて倒れ込んだ。


「動くな!手を頭の後ろで組んで腹ばいになれ!早く!」


見たことのある男の人が拳銃を構えていた。

学校の先生だった。


「先生!」


私がとっさに叫んでしまった。それがいけなかったのだろう。足を撃たれた男は、すぐさま立ち上がり先生から拳銃を奪おうとして取っ組み合いになった。


誰も動かなかった。私だけが動いた。私のせいで先生が死ぬなんて嫌だ。当時の私はその程度にしか考えていなかったと思う。


母の手を振りほどき、全力で先生の元へ向かった。先生の上にまたがって拳銃を奪って先生に突きつけた瞬間に男を突き飛ばした。


男は大きな目で私を睨みつけ、すぐに大きな拳で私の顔を殴り飛ばし、私の眉間に銃口を突きつけ、引き金に指をかけた。


銃が発射されると同時に、あの大きな発砲音ではなく『ポン』という少し優しい音がした。

発弾不良だ。


先生はその隙を見逃さず、男のもともと持っていた拳銃を拾って、男のこめかみを撃ち抜いた。


私の目には、放物線を描いて地面に倒れ込む男の顔が写った。

その顔には、悲しみ、憎しみ、後悔、痛み、苦しさが紛れ込んでいて、地面に倒れた顔は、心做しか少し開放感のある顔をしていた。


初めて目の前で人が死んだことに、私はただ唖然としていて、先生が私を抱きかかえて母の元まで無理やり持っていってくれた。


それからすぐに救急車と警察の人達が来て、私は病院で警察の人に色んな話を聞かれた。

耳は大丈夫かとか、顔に血が飛んできたことは怖くなかったのかとか、私は適当に答えて、病院の検査結果で心身ともに無事であることが分かると、すぐに退院させられた。


病院から帰ると、母と父は私を抱きしめてくれた。


「ああ、アナスタシア。よく生きてくれたわね。もうあんなに危ないことをしちゃ駄目よ」


涙ながらにそう言ってくれたが、私の胸の中には、どうも不可解なことが一つ残ったままだった。

私は、両親の顔を見て言った。


「どうして、ママも、他の皆も先生を助けに行こうと思わなかったの?」


両親は凍りついて、暫く答えることができなかった。本当は怖くて頭が真っ白になったのだろうが、勇敢な子供の前でそんなことを言える両親ではなかった。

代わりに、彼らは苦し紛れにこう言った。


「自分の命のほうが大切だって思ってしまうのさ。だから...アナスタシアは、そう。特別なんだ」

「へぇ〜」


私はその一言で会話を終わらせたが、とある問いが私の中でずっと残っていた。

『皆が自分の命を大切に思っちゃうなら、先生と私は自分の命を大切には思えないの?』

それが苦しかった。なぜなら、学校で道徳の授業があるときだって命は大切に、なんて皆言うから、それが守れないような、外れた人間なのかと思ったのだ。


そこで、私は先生にそのことを聞きに行った。

今思えば、軍人なんかにこのことを聞きに行ったせいで今の私があるのだろうけど。


「先生!質問いいですか?」

「ん?ああ、アナスタシアさん。なんでも聞いてくれたまえ」

「あの、あの時のことで、一つ質問があるんです」

「...そうか。なんだい?」

「皆が自分の命を大切に思っちゃうなら、私は自分の命を大切には思えないような人間なんですか?」


私の言葉に、先生は少しもためらうこと無く言った。


「いや、君は優秀な人間だ。他の人は自分の命を気にして行動できない。でも、君は私を救うという判断をしてこの世から悪人を成敗するのを手伝ってくれたんだ。きっと、君は人の笑顔を自分の命を燃やしてでも守れるような仕事に向いているよ。そう、例えば、あんまり子供に提示する職業じゃないんだけど、私達職業軍人とかね。わたしたちは基本的に皆の笑顔を守るために働くんだ。絶対に皆を幸せにする、絶対に皆を笑顔にするっていう思いで働いているのさ。どうだい?これで答えにはなったかな?」

「―――はいっ!」


私は先生の言葉に感銘を受けた。

それから、私は軍人以外にも、自分を犠牲にして人の笑顔を守れるような仕事を探し続けた。

両親はそんな私を心配していたが、自分の命が大切だなどと恥ずかしいことを行ってしまった手前、特に何も言うことができなかった。


そして、私が十五歳の時、銃の実射授業があった。

第三次世界大戦の戦火拡大により、民間人でも少しは使えるようになっておかなければならないという政府の懸念から始まったこの制度は、私達の地域の学校と、少し特別な学校で試験的に導入された。


「これより、銃の実射訓練を行う。各自、決して危険行為の無いように!」


ゴリラみたいな軍人が体育館で叫んだ。

その声に怯えるものもいたり、初めて撃つ銃に半ば興奮するものもいた。

私は至って冷静で、落ち着いて軍人の頭を見て、こう思った。


「禿てるのに寒くないのかなぁ...」


そして、私達はバスで射撃訓練場まで移動した。

お読み頂きありがとう御座いました。次回もアナスタシア回です。こうご期待!


次回『SHOTGUN』

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