記録16:欧米か!
国家解説 ロシア第二帝国
第三次世界大戦前、世界情勢の急激な不安定化を機に、とあるロシア大統領がロマノフ家の末裔を皇帝に仕立て上げ、『強いロシア』を作るためにロシア第二帝国を建国した。
ロシア内部からの反発は全て大統領が身を削って粛清したため、小さなデモ程度にしかならずに(ロシアにしては)かなり上手く国家体制の移行が進んだ。
立憲君主制のもと、全ロシア人の解放を掲げた第二帝国は、自国では強力な帝国主義政策を、植民地では自由主義政策を押し進めることで国力をソ連時代よりも高め、戦争に突入した。
戦時下では不本意ながらも中国と共闘し、アメリカと同じく物資の支援のみに留まった。
戦後は世界一開かれた帝国として観光業に力を入れ、インフラ整備や観光地の制作に勤しんでいる。
軍事産業はアメリカ、中国についで第三位であるが依然として常備軍の数が膨大であり、純粋な数なら米軍をも上回っている。
ちなみに、民主制を捨て、半帝国主義状態となっている日本とは何かと仲が良く、英王室も含めた皇族同士での交流も度々行われている。
ヨーロッパとの関係は良好で、一定のラインを設けることでEUの勢力拡大と侵入を阻止している。
ちなみに、諜報機関としてKGBが復活し、サイボーグ部隊も三部隊だけ整えられている。
次の日、僕とアレックスと中峰は近衛隊本部に呼ばれた。
先日僕が見つけた米国の機密文書についての緊急招集らしい。
厳かな座敷に通され、先に天菊が待っていた。
彼女は僕を見るなり微笑んで、座布団に座るように言った。
僕達の着席を確認すると、天菊は中峰に一枚の封筒を渡し、開けるよう促した。
中身値が恐る恐るその封筒の中身を確認すると、暫く彼女は俯いて深呼吸した後、呟いた。
「私が、この作戦を?」
「ええ、勿論です。まあ、やらなければ他の人がやりますけど、私が一番信用しているのは貴方達ですから」
「信用していただけているのは有り難いのですが、この作戦は、少し...世界を変えすぎる予感がします」
中峰の言葉に、僕は耳を疑った。一体どんな任務なのかと気になったので、覗こうとしたとき天菊が口を開いた。
「その通りです。勿論貴方達三人で完遂できるとは思っていませんよ。これはロシア第二帝国とヨーロッパの協力の下実現するものです。しかし、向こうの人達には、情報の守秘義務に従って、何の情報も伝わっていませんので、協力者は現地で集めて下さい。アレクサンダーさんの人脈は広いと聞きますから」
多分作戦の一端を聞いただけだろうがこれだけでもうやばい。まず味方から集めるなんて、某海賊王ではあるまいし、正気の沙汰ではない。僕は意見を言おうとしたが、先に中峰が言った。
「これは、無理ですよ。それを戦闘群長殿も分かっていらっしゃるはずです」
「...そうですね。無理です。なので、私はこのようなリストを用意しました。山雁さん。このリストをあげます。上手く活用して下さいね」
彼女は僕に五センチくらいある紙束をよこした。僕はそれの中身を少し見てから、持ってきた鞄にしまった。
「天菊戦闘群長殿。探偵の私からも、ご意見よろしいでしょうか」
「勿論です。何か?」
「交通費などは出るのですか?」
僕にとっては死活問題の問いかけを、天菊は吹き出して笑った。
実は、昔にとある任務にあたったとき、わざわざオーストラリアまで行ったのにもかかわらず、一円たりとも交通費が出なかったのだ。その時は物価も上がっていて、それに長期滞在だったので、危うく破産しかけたのだ。
僕はそのことを追加で伝えるか迷ったが、落ち着いた天菊は、僕が伝える前に答えた。
「交通費どころか、たしょうの観光費も出ますよ。期間は二週間程度です。その間に、仲間を一人か二人は見つけてきて下さい。勿論、第二帝国以外からでも歓迎です」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げ、彼女に礼を言った。
それからすぐに任務に当たるための準備期間が与えられた。出国までは三日だ。その間に、僕はできる限り一般人に見えるように細工をするためだそうだ。
まず、僕の場合だ。今は完全にムルの体だが、ロシア出身だというムルの体のまま第二帝国に行けば、いつバレて粛清されるか分かったものではない。
なので、結構思い切ってイメチェンする。
まずは、髪だ。黒い髪は、まず全体的に金色に染めて、赤くイヤリングカラーをしてもらった。実は、このイヤリングカラー、美容師さんが勝手にこっちのほうが可愛いと言い出したのでしてもらったのだ。
そして、青みがかった目玉は、カラコンで若干赤褐色っぽくした。
服は、下はムルの着ないようなミニスカートを履いてニーハイブーツ、上にはシャツと僕の探偵コートを着て、なんなら僕の着けていたベレー帽も被った。
そしてシャツにはネクタイではなく緑色のブローチを首から提げた。
これでもまだムルっぽさが残っているので、マグネットイヤリングもつけた。イヤリングのデザインは耳たぶから金色の細い鎖がほんの数センチ伸びて、その先に赤い砂の入った小さな砂時計がぶら下げられている。ちなみに、これは右耳だけにつけていて、反対側の耳には何も着けていない。
本当は青い砂バージョンもあるのだが、そうしてしまえば無線のイヤホンが着けれないという欠点がある。
まあ、姿見で僕自身を見たとき、自分でも結構別人に慣れたという自負はあるので、僕はこれでいいだろう。
しかし、アレックスがここ二日どこに居るのかがわからないのだ。中峰曰く、最終調整中らしいので、気にしなくていいという。
「まあ、いっか」
僕は事務室のソファに座り、大きく深呼吸をした。
これが、僕が最後にこの椅子に座ることになるとも知らずに...
◆
無数の機械が、俺の体に繋がれ、絶え間なく動いている。もう数時間はこのままだ。サイボーグも楽じゃないな。
「アレックス。体の調子は大丈夫なのか?」
ヨボヨボの老人が、ベッドに横たわる俺に聞いた。彼は手を忙しく動かしてパソコンを弄っている。
俺は大丈夫だとだけ答えて、そのまま天井を向いた。
機械の動線がごちゃごちゃに絡み合っているように見える天井には、証明一つ無い。
唯一の光は枕元に置かれたランタンだけだ。
「久しぶりのメンテナンスなんだから、わざわざワシに頼らんでもよかろうに」
「博士じゃないと不安でな。しかも、交換部品も安心の日本生部品だ。祖国のほうが品質は悪いわ技術者はいないわで、すぐに体にガタがくる」
「ほっほっほ。それはありがたい言葉じゃな。そうだ、アレックス。ワシは君の体内からインプラントを摘出する準備はいつでもできておるのじゃぞ」
「何度も言うなよ、博士。俺はこの一連の任務が終わればもう最前線には立たないって決めてるんだ。そのときにまたお願いするさ」
俺がそう言うと、博士は少し不安そうな顔をしながらも作業に戻った。
もう一度天井を向いて、俺は心に誓った。
俺が、必ず奴を、エージェント共を殺す。
拳を握りしめたせいで、機械のエラーが発生し、博士に怒られた。
◆
午前五時。もう時間だ。準備はもう終わらせてある。
さて、行こうか。
僕は誰も居ない事務所の扉の鍵を締めて、天菊に鍵を預けた。
スタッフたちの休暇を今日まで無理やり引き伸ばしたので、恐らくいつもより早く来るだろう。
僕は表に止めてもらっている車に乗り込んだ。運転手は中峰で、少し寂しそうな顔をして言った。
「今日で、お別れね」
「そんなに心配なさらずとも、また会えますよ。その時には、私があなたを許せていると思いますから」
「まあ、それもそうね」
そこからは、ほとんど会話すること無く、車内に流れる音楽に耳を傾けながら名古屋空港まで車を走らせた。
「では、さようなら。中峰少佐。お元気で、またモスクワに着いたら連絡しますね」
「うん、分かったわ。じゃあね。また電話越しに」
簡単な別れの挨拶を交わして、僕は空港に向かった。
空港は、皇族が海外に行くときのように、近衛隊が一時的に貸し切っているということはない。
今回のこの任務は極秘中の極秘、ほとんど天菊の独断で行われているのだ。
これが上手く行けば冷戦が終わる。それと同時に日本が世界の覇権を握ることができる第一歩になると、彼女は言っていた。しかし、少しでも失敗すればこの国とその周辺国が確実に滅ぶ。
大きな賭けに出なければこの国は滅ぶと彼女は言っていた。
空港の第一ターミナルに到着すると、先にアレックスが待っていて、僕を見つけるなり、手を振って呼んでくれた。
僕が駆け寄っていくと、彼は僕に航空機のチケットを渡した。
シェレメーチエヴォ国際空港行きのチケットで、乗り継ぎ無しで直接行ける飛行機だった。
僕はチケットを受け取って、時間を確認した。後一時間は自由時間だ。
僕は日本で満喫できる最後の自由時間にアレックスを連れ回した。
一時間後、僕達は搭乗口から、飛行機の中に乗り込んだ。ロシア行きの飛行機としては珍しくアジア系の人が多く乗っていた。
自分の席に座ると、隣はアレックスではなく、白髪で、肌も雪のように白い。ムルと同じくらいの年齢の女性だった。恐らくロシア人だろう。真っ黒なサングラスを掛けていたが、ものすごく顔が整っている。まさに清廉そのものだった。
ちなみにアレックスは僕の前の席に座っていた。
彼女はこちらを見て軽く会釈をしてくれたので、僕も彼女に会釈をした。飛行機が飛ぶまで待ち、離陸した瞬間に女性は口を開いて言った。
「あなたは、神を信じますか?」
「え?あぁ、はい。居るとは思います」
「何故?」
随分と難しい質問を投げかけられたものだ。
僕はしばし考えてから、彼女に答えをぶつけてみた。
「...何故か、ですか。感覚的に、居ると思ったほうが気が楽だからですかね。死んでしまった人もきっと向こうで報われている。そう思えば、少しは気が楽になると思うんです」
「そうですか。わたしも、神はいると思います。しかし、嫌いです」
「ほう、それは、またどうして?」
今度は僕が彼女に聞いた。彼女は少しも迷うこと無く答えた。
「この白い髪、わたし、先天性色素欠乏症なんです。何もかも、色素一つ無い。それが私です。私は、神はいるとは思いますが、こんな体にした神を心底憎んでいます。見つけ次第殺してやりたいくらいには」
なんと返事をすればよいか、分からなくなっていると、急に彼女はポツリと呟いた。
「私、赤色が好きなんです」
それと同時に銃声が鳴り響いた。
解説系で時間がかかってます。遅れたらお許しを...
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『血みどろの空の旅をお楽しみ下さい』




