記録99α:反逆
「どういうことなんだ?」
気づけば、俺は真面目に天菊と電話越しに話をしていた。
電話越しの天菊は、俺が話に乗っているからか、こころなしか少し嬉しそうな声をしていた。
「言葉通りですよ。明日香さんが亡くなったので、事情が変わりました。詳しくは面と向かって話しましょう。そろそろ貴方のもとに護衛兼輸送担当者が参りますので、今しばらくお待ち下さい」
電話が切れると同時に、研究所内にサイレンが鳴り響いた。
そして、自動音声による警告放送が流れた。
『所属不明機が接近。ヘリコプター三基。内二基は戦闘ヘリの模様。EMP攻撃により迎撃ミサイルでの効力は見込めません。職員は至急避難、警備員は戦闘配備についてください。繰り返します―――』
警備員が廊下をバタバタと走り回る音が聞こえた。
このまま俺が室内にこもっていれば研究所は壊滅するだろうと思い、俺も外に出て、警備員と一緒に戦うと言い訳をして研究所の屋上に出た。
案の定、ヘリコプターには日の丸のマークがあり、俺を視認するなり、汎用ヘリが降下を始めた。
攻撃してこないとわかった警備員たちは銃を構えるだけで発砲はしなかった。
そして着陸して扉が開くと、中からは重傷を負っていたはずの久保田が出てきた。
彼は俺を見るなりニコっと笑って俺に紙袋を渡してきた。
「とりあえずこれに着替えてくれ」
紙袋の中には近衛隊の戦闘服と防弾チョッキが入っていた。防弾プレートも最初から入れいているようで、これを着たら良いのかと彼に聞くと好きな方を選んで着れば良いとのことだった。
特にさしあたって戦うこともないようなので近衛隊の制服を着た。
「おお、案外似合ってんな。どうや?近衛隊の制服は」
「......着心地がいいな。どんな生地を使って―――じゃない。どうしてお前が天菊側についてるんだ?」
「まあ、な。事情が変わったんや。それに、元々完全に対立してたわけでもなかったしな。明日香、もとい恭明をロストしたから、世界の往く方向が変わっただけや」
「そうか。なら、さっさと出発するぞ」
警備員を押しのけて俺はヘリに乗り込んだ。日本製のヘリに乗るのは初めてだが、思っていたよりは広々としていて一体何のためにあるのかわからないような武装が幾つか見えた。
ヘリが離陸しようとした時、ラシードが屋上に上がってきて俺の顔を見て言った。
「そうか。君は、そっちを選ぶんだね」
「直感だ。まあ、破滅的思考なだけかもしれないが」
「いや、そっちが正しいよ。ここにいる僕達は何も出来ないんだから。じゃあ、せめてこれだけ―――」
ラシードが懐から拳銃を取り出して俺に向けた。
それと同時に俺の横を銃弾が通り過ぎて、ラシードの右肩に命中した。
ラシードの拳銃は発砲こそしたものの弾丸は大きく外れた。
方から血液が吹き出してもなお、何も変わらない顔でこちらを見ているラシードに、俺は言った。
「正義は何処にもないさ。俺は俺の道を行く」
「そうかい...それは残念。そっちは茨の道だよ」
「そんなの、もうどうだって良いさ」
俺がヘリの中に戻ると扉が閉められて、すぐに離陸した。窓の外を見ると血溜まりの中に倒れ込むラシードが見えた。
そんなことには一切構わず、久保田が俺に話しかけてきた。どうやら発砲したのは久保田のようで、手には拳銃が握られていた。
「ラシードは、危険やな」
「殺すのか?」
「嫌なんか?ここまで来といて、それは虫が良すぎるで?まあ殺さんけど」
「なんだよ......それで、俺は一体これから何処に行くんだ?」
「東京や」
「東京って...今は放射線が残っていて立入禁止になっているんじゃないか?」
「放射線が残ってるってのは上辺の言い訳や。実際は近衛隊の特殊機関が置かれてる。これはワイが独自に入手した情報やから、多分方舟も知らへんやろな。それを見越して、天菊はワイに場所を伝えへんかった」
ひとしきり話した久保田は同乗していた他の近衛隊の人間の紹介をした。
一人は谷川という人間で、もう一人は傭兵だという春日という人間だった。
ふたりとも物静かで、特殊部隊用のヘルメットと覆面マスクを被っていたのでどんな人間かはわからなかった。
「東京まではどのくらいだ?」
「せやな、明日には到着してると思うわ。でも、ココだけの話、米露と日中の間で戦争が始まりそうやから。もしかしたら天菊と会う前に空母打撃群と接敵するかもしれんから、そこは覚えといてな」
「ああ...」
まだ、自分の心の中では若干の葛藤があった。
これが果たして正しい道なのか。そもそも、正しい道とは何なのか。本来の目的である先生の仇であるビナーはもう討った。これ以上は、何をすればいいかわからない。
まだ生きている仲間に与するか、明日香の母国を守り、彼女の墓をそこに建てるか。
俺にはもう、わからない。
◆
「アレクサンダーさんが来るようですね」
私の前で、天菊がそう言った。彼女の手にはかつて明日香が被っていたベレー帽があった。
天菊はそれを懐かしそうに、悲しそうに撫でながら私に言った。
「近衛隊情報部によれば、明後日にもロシア軍が先制攻撃を、その後に米軍が攻撃を仕掛けてきます。あなたは、やはり国のことを思う人間なのですね。元航空自衛隊のエースパイロットの力、見せてくださいね」
「勘違いなさらないでください。私はただ、状況が変わったので、ここに居るまでの話です。何も戦うとは―――」
「でも、戦うのでしょう?貴女は私と似たような人間です。一番に愛する人。合理性はその次。しかし愛する人が死んでしまえば、次は合理性。合理的に考えて、貴女が戦わないはずがありません。それに、貴女専用のF3戦闘機は用意してあります。もちろん『例のマーク』を付けていますから」
「そうですか」
そう言って私はため息をついた。
本当に、すごい女性だ。全部見透かされている気分だ。そのおっとりした喋り方も、ずっと敬語を使っているのも、どこか遠い目をしているのも、すべてが憎らしく、そして尊敬できる。
「航空機は日之本空軍基地に置いてありますから、勝手に取っていってくださいね。中峰中佐」
「はい。気が向いたら、取りに行きましょう」
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『太平洋艦隊、死滅』




