記録98α:懺悔
【中国統一戦争】
華興大聯邦側の作戦:南京開放作戦
総司令官:李慧琳
中華連合側の作戦:四川奪還作戦(成都陥落により成功)
総司令官:林榮樂
損害:両者ともに不明(近衛隊報告で少なくとも二千万人)
「もう、大丈夫なんですか?」
看護師が私に話しかけてきた。
米軍の最新装備に体を改造して二週間で完全復活し、最前線に舞い戻ろうとする私を、心配しないはずがなかった。
通常なら半年はかかるリハビリも一気にすっ飛ばして、明日からはいきなり退院して訓練を始める。
そのあと、ラシードたちが考えた日本本土侵攻作戦に従ってベーリング海峡を渡って北海道北部を占領して一気に青函トンネルを通り、津軽半島周辺を確保する。
そして太平洋艦隊の支援のもと米国陸軍の上陸を完了させて日之本にに向かって前進する。
天菊と他のエージェントを秘密裏に殺害し、日本の民主化を取り戻すまでがこの作戦である。
「戦闘モード、ON」
私の声に反応して体内の機構が変化した。全てが瞬発性、持続性ともに優れた有機繊維を含んだ合成筋肉になり、眼球に内蔵されたデバイスで周囲の状況を更にきれいに見れるようになった。
そして極めつけは全身に張り巡らされたコンピュータが、脳とタッグを組んで全ての情報を多元的に、一瞬で処理すると言ったものだ。
これは周囲の時間が十倍ほど遅くなるが、自分はそのままの速さで動けると言った感覚だ。
ただ、使用後は若干ふらつくのでまだ調整が終わるまでは重要な局面でしか使わないようにしよう。
それに、ずっと使っているとコンピュータの過熱で内蔵が溶けるから、持って三十秒だ。つまり私の感覚では五分間、全力で戦える。
「戦闘モード、OFF」
体から力が抜ける感覚がして、時間が元の速さに戻る。
体の感覚が通常道理になるまで待機していると、病室の扉を開けて、ウーヴとCode:Clawsの隊員数名が入ってきた。
「アナスタシアさん、体の調子はどうですか?」
「もう万全です」
「それは良かった。では、今日からあなたは私の部隊に所属して下さい。名誉あるCode:Claws第一小隊です。せっかくなので、メンバーの紹介だけでも。では、ガートンから」
ガートンと呼ばれた男は私の前でヘルメットを脱いだ。黒い髪がなびいて、その隙間から覗く紫がかった目はサイボーグ化したものだろう。
顔立ちは整っていて顎が細い。それに全体的に小顔なのできっとCode:Clawsに入っていなければ俳優にでもなれただろう。
彼は私に深々とお辞儀をして言った。
「私はガートンと申します。以後、お見知りおきを」
続いて、ウーヴの真後ろにいた男がヘルメットを脱いだ。
丸坊主の黒人で真っ白な葉を見せて私にたばこ臭い拳を差し出して言った。
「俺はメイス!この部隊の戦車兼盾だ。よろしくぅ!」
ご立派ァ!な手に拳を合わせて軽く会釈をした。
そして最後の人は一切顔を出さずに機械音声のようにボイスチェンジャーをかけた声で言った。
「シェイドだ...ヨロシク」
「うん」
私はヘルメットを小脇に抱えて、ウーヴ達に言った。
「改めまして、アナスタシアです。よろしくお願いします」
「では、行きましょうか。まずはアンカレッジです。屋上にヘリを停めてあります」
「わかりました、ウーヴ...隊長」
彼女の後を追って病院の屋上に出た。
屋上には見たこともない米軍の軍用ヘリが止まっていて整備士たちが笑顔でこちらに会釈をしていた。
ウーヴが何やら機体の説明をしていたが、陸軍に興味のない私は機体名『UH-99 ダブルホーク』だけを聞いていた。
ヘリに乗り込みエンジン音に耳を傾けながら離陸の瞬間を楽しんでいると、前方の席に座ったメイスが私に聞いた。どうやら前の職業についてだ。
現在、私はCode:Clawsに所属しているが、これは帝国政府から貸与している形を取っているらしく、米露共同で行われる日本本土侵攻作戦終了と同時に私はロシア第二帝国に返還されることになっている。
「私は、金さえ貰えれば誰だって殺してきましたよ」
「へぇ、そいつぁ良い。今度俺の妻も殺してくれねえか?浮気グセが治らなくてな!ハッハッハ!」
こうやって高らかに笑っているが、実際その声には何の感情も乗っているようには思えなかった。空虚で乾いた笑い声としか私は認識できなかった。
かろうじて憎しみだけは感知できた気がするが、それだけだ。冗談を楽しく言っているつもりなのだろうが、取ってつけたような感情では、ただただ不快感が募るばかりであった。
私が押し黙っていると、一番私に素っ気ない態度を取っているように思われたシェイドが私に話しかけに来てくれた。
「ところで...他のメンバーは...?」
「私にも分かりません。各々が極秘で委員会に所属していたので、任務で顔を合わせたときにしか委員を認識できないのです。かろうじて知っていた委員も、今は捕まって生きているかどうか...」
「そうか...では、ムニカルという名前に聞き覚えは?」
「私の憧れです。もうこの世にはいませんが...」
「どんな人だった?」
「冷徹残忍のキラーマシンって感じです。およそ人の気配は出していませんでした。ただ、その姿に憧れたんです。暗殺者としてはこう在るべきなんだろうなって」
「へえ...重いな」
シェイドが特にオチも作らない話し方をしたせいで、気まずいような、必然的とも思えるような沈黙が流れた。
そして、なんとそのままアンカレッジまで特に何も話すことなくヘリに揺られることとなったのだ。
◆
「アレックス君。大丈夫かい?ラシードは少し買い出しに出かけているから時期に帰ってくるけど、なにか食べたいものでもあったら言うんだよ」
「ああ......」
明日香を殺して二週間が経っただろうか。
先生を殺したときと同じような感覚をまだ引きずっている。
何度思い出しても最後の明日香の顔は苦悶で満ちていた。
そのたびに新しく付けられた左腕がズキンと痛む感覚を覚える。
何度も彼女の射殺を反芻して嘔吐して、悩んで頭を抱えて頭を打ち付けてため息をついて座り込んで子供みたいに泣きじゃくる。
俺が死んでも、明日香だけは生き残るだろうと思っていた。
俺が殺す前も、そんな雰囲気を醸し出していた。
もしも、あのまま俺が引き金を引かなかったらと考えると、胸が更に締め付けられて息ができなくなる。
また吐き気がやってきて、口元を抑えた。
暗く、閉鎖された部屋の中で、俺は一体この二週間何をしていたのだろうか。
アナスタシアだってもう動いている。ラシードも、博士も、皆動いている。
なのに、俺だけ......何も出来ない。
「クソッ...」
その時、俺の携帯電話が鳴った。誰からの電話か確認してみると、そこには『Amagiku』とだけ表示されていた。
急いで電話にでると、面識はないはずなのに、知ったような知らないような、甘い女の声が聞こえてきた。
「アレクサンダー・ハインリッヒ特別近衛隊職員。あなたに任務を与えます。至急、日ノ本まで急行しなさい。明日香さんがいなくなったので、路線を大幅に変えます。私は―――」
少しだけためてから、天菊は言った。
「カリスの方舟を裏切ります」
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『反逆』




