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第五話 「いざ新生活へ」

 ディルとの婚約と、領地開拓の手伝いをすることが決まってから一週間後。

 私は生家であるガーニッシュ伯爵家の実家に帰ってきていた。

 そして到着早々、卒業パーティーで起きた出来事を家族に打ち明ける。

 マーシュ様に婚約破棄されたこと。

 代わりにライバルだったディルがもらってくれたこと。

 見返りとして彼の領地開拓の仕事を手伝わなければいけないことを。

 すると父と母は……


「マ、マーシュ殿に、婚約破棄された……?」


「代わりにディル第二王子と、婚約することに……?」


 ぽかんとした顔のまま固まってしまった。

 無理もない。

 私だってまだ事実を飲み込み切れていないのだから。

 婚約者のマーシュ様に婚約破棄されて、代わりに王子様と婚約することになるなんてね。

 人生、何が起きるかわかったものじゃない。


「お父様とお母様に相談もせず、勝手に決めてしまって申し訳ございません」


「い、いやいや、王家との繋がりが作れたのならなんの問題もないではないか」


「むしろよくやったわね、ローズマリー!」


 父と母には何も伝えずに話を進めてしまったので、何を言われるかと不安に思っていたんだけど。

 逆に二人からは褒められる結果となった。


「王子と婚姻を結べるなんて本当にすごいじゃない! いったいどうやってあの神童の我儘王子を籠絡したっていうのよ」


「いや、別に籠絡したわけではないんですけど」


 あくまでこの結婚は取り引きというだけだし、そこに恋愛的な感情は皆無である。

 王子と結婚なんていいわねぇ、と呑気に母が微笑んでいて、その発言に父が唖然とした反応を示していると、傍で話を聞いていた兄のミルラが遅れて私に問いかけてきた。


「ほ、本当にディル王子と婚約を結べたのか? それにうちへの援助もしてくれるって……」


「ディルの方からそう提案してきたのです。婚約してガーニッシュ伯爵家を助けるから、その代わりに魔術師として領地開拓に手を貸してほしいと」


 それが交換条件と言われたので、私は迷うことなく了承をした。

 実家も助けてもらえて、憧れだった魔術師としての仕事もできるわけだから。


「第二王子のディル殿下は、確かピートモス領と呼ばれる地の開拓を任されると聞いている。魔物に占領されている区画が多く、開拓に難儀していると。そこの手助けを頼まれたわけか」


「はい。主に領内の魔物の殲滅や、魔法での開拓の援助が仕事になると聞いています」


 ソイル王国の最東部に位置するピートモス領。

 多量の鉱石を内包した鉱山や、貴重な薬草が採れる森などを保有している。

 しかしそのほとんどが厄介な魔物に占領されていたり、それらの影響で前人未到の手つかずの地になっている。

 聞けば文献に残されているような災厄級の魔物や、伝説の飛竜なども領内の奥地に眠っているとのこと。

 そのピートモス領の開拓の手引きをクローブ国王に任されたのが、第二王子のディルというわけだ。

 開拓する価値がとても大きい場所で、無事に成功させられたらソイル王国が飛躍的に発展すると言われている。

 まさかその開拓の手伝いを私がやることになるなんて思わなかったなぁ。


「そういうわけですので、家のことは心配しないでくださいミルラお兄様。私が必ずガーニッシュ伯爵家を助けてみせます」


「……情けなくて申し訳ないが、頼むローズマリー」


 ミルラお兄様は、将来ガーニッシュ伯爵家を継ぐことになっている次期当主。

 実家の貧困問題に一番頭を悩ませているのはお兄様なので、私は彼の期待を大いに背負っているというわけだ。

 私としても実家がしんどい思いをしているのは心苦しいので、なんとか助けになれたらと思っている。

 お兄様には幼い頃、散々可愛がってもらったし。


 そもそもなぜガーニッシュ伯爵家が資金繰りに苦難しているかというと、すべては災害が原因である。

 自然災害による領地内の不作。魔物災害による人的ならびに物的被害。

 元からそこまで潤った土地ではなかったため、その事態の修復に時間とお金がかかっている次第だ。

 経営不振など領主の不手際が原因ではないところが、なんとも歯痒いものである。

 ただその問題も、夫となるディルが解決してくれるようなのでひとまず安心していいだろう。

 まあ、私が愛想を尽かされて、ディルに捨てられなければの話だけど。


『婚約して実家を助ける見返りとして、君には領地開拓を手伝ってもらう』


 そう、これは取り引きの関係。

 ディルには実家を助けてもらう。代わりに私は領地開拓の手伝いで活躍しなければならない。

 もし目立った成果をあげられずに醜態を晒し続けていたら、きっと彼に見限られてしまうはずだ。

 だから絶対に失敗しないようにしないと。

 何よりも、大好きな魔法の分野で、ライバルに失望なんてされたくないから。


「それにしても、あなたは度々私たちを驚かせてくれるわね」


「えっ? どういうことですかお母様?」


「王立エルブ英才魔法学校じゃ、男の子たちを押しのけてずっと首席でいたんでしょ? あなた帰省してきても、自分から順位のこととか学校の様子とかあまり話さないから、この前噂で聞いて驚いたのよ」


 そ、そんな噂が流れていたなんて、全然知らなかった。

 ていうかそうか、私って自分から成績のことって話したりしてなかったのか。

 思い返してみれば、やれこの魔法がすごいだの、習ったばかりの魔法が難しいだの、魔法のことについてしか話していなかったかもしれない。

 そもそも家族のほうから聞かれなかったから話していなかっただけだ。


「女性が魔法の分野で活躍するのは難しいからな、もしかしたら魔法学校で成績が振るっていないと思って聞くのは控えていたんだ」


「そういうことですか」


 家族みんな、私に気を遣ってくれていたらしい。

 結果、噂を伝手に私の成績を耳にすることになったようだ。


「昔から魔法が大好きな子で、人一倍の情熱を持っていたのは理解していたが、まさかここまでの魔術師に育ってしまうとはな。マーシュ殿も通うからちょうどいいと思っただけだが、ローズマリーをエルブ英才魔法学校に入れてよかったよ」


「おまけに王子様との結婚なんて、本当によく頑張ったわね、ローズマリー」


「……」


 家族に手放しで褒めてもらって、私はプレッシャー以上に嬉しさを感じたのだった。

 考えたら、私がここまで魔術師として成長することができたのは、才能とか努力とか以前に、寛大な心を持つこの家族がいてくれたおかげかもしれない。




 それから二週間後。

 ディルがうちまで迎えにやって来た。


「初めまして、ディル・マリナードと申します」


 ディルは王子らしく、豪勢な馬車に乗って屋敷を訪ねてきた。

 王家の紋章が肩にあしらわれた、爽やかな青のフロックコートを揺らし、クールな表情で挨拶をしてくる。

 対するお父様とお母様は、実際にディルを目の前にして体と声を震わせていた。


「ほ、本当に、あのディル王子だ……!」


「ディル王子が、ローズマリーのことを迎えに来るなんて……!」


 改めて王子が私の婚約者になることを実感して、二人揃って驚愕しているらしい。

 ミルラお兄様も傍らで立ち尽くしていた。


「今日までの手紙のやり取りにて、事情はご存じかと思いますが、改めてご挨拶を。ここにいるローズマリーをマリナード王家に迎え入れようと思っております。何か不都合などはございますか?」


「い、いえ、特に何も……! むしろこちらからお願いできたらと思っております!」


 お父様は緊張した様子で答えている。

 いやでも、改めて考えるとディルは第二王子様だもんね。

 私は話し慣れているから緊張なんて微塵もしないけど、他の人たちからしたらとんでもなく目上の存在だ。

 ここまで緊張してしまうのも無理はないのかもしれない。

 そう考えるととんでもない人と結婚することになったものだ。


「おい、見たことない馬車が停まってるぞ?」


「何かあったのか?」


 何やら屋敷の外が騒がしい。

 どうやらディルが大仰な馬車でやって来たから、屋敷周りに住んでいる町の人たちが戸惑っているみたいだ。

 これは早く出た方がよさそうだね。


「も、もう出発しようよディル。私は準備できてるから」


「そうかい。まああまり長居しても迷惑だろうし、さっそくピートモス領へ向かおうか」


 最後にディルは、ガーニッシュ伯爵領への援助について別途手紙にてやり取りをすると、お父様と約束を交わす。

 次いで馬車の方まで私を先導してくれた。

 一緒にそこに乗り込むと、お父様とお母様、それとミルラお兄様が別れの言葉をかけてくれる。


「気を付けて行くのよ、ローズマリー」


「ローズマリーの活躍、ここで楽しみにしているぞ」


「手紙もなるべく書くようにするよ」


「はい、行ってまいります。お父様、お母様、ミルラお兄様」


 家族に見守られながら、私はディルと一緒に馬車でピートモス領へと出発したのだった。

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