第三十九話 「告白」
ディルが、私のことを好き?
何かの間違いかと思って疑問を抱いていると、ディルはその答えを返してくるように続けた。
「魔法が大好きというだけで、才能や血筋の壁を超えていく君に憧れた。好きなことにひたすら打ち込む純真さに心を惹かれた。魔法に夢中になっている時の可愛らしい姿に目を奪われた」
偽りなんかではない。
一言一言を発するディルの顔に迷いはなく、言葉には確かな熱がこもっていた。
「何より君は、僕を初めて打ち負かしてくれた存在で、自惚れていた僕の目を覚まさせてくれた恩人でもある。だから自分の弱さを受け入れて、君のように努力と研鑽に伴った実力を身につけることができたら、この気持ちを伝えようと思っていたんだ」
それで五階位魔法を習得した今、私に気持ちを伝えてくれたんだ。
思いもよらぬ告白に、私はなんて返したらいいかわからずに言葉を失う。
そんな時、口をついて出たのは、一番最初に感じた疑問だった。
「い、いつから……?」
「んっ?」
「いつぐらいから、私のことを……」
「はっきりと意識し出したのは、入学から三年経った頃だったかな。それまでずっと対抗心ばかり燃やしていたのに、気付けば別の意味でローズマリーを目で追っていた。それを自覚した時は、僕自身すごく驚いたものだよ」
そ、そんなに前から……!?
今から三年前ということになるから、年齢で言えば十五の時。
全然気が付かなかった。
だって学生時代は、廊下ですれ違う度に睨み合っていたから。
試験の時なんて毎回成績を比べて憎まれ口も叩き合っていた。
てっきり私は、ずっと嫌われているものだとばかり思っていたのに。
でもそっか、ディルは学生時代から、私のことを好きでいてくれたんだ。
「いきなりのことで驚かせてしまってすまない。反応に困らせてしまったね」
俯いて黙り込む私を見て、ディルは申し訳なさそうに言う。
「この告白は返事を期待してのものではないから、どうか重く受け止めないでほしい。ただ僕の気持ちを知っておいてほしかったから打ち明けたことなんだ」
続けてディルは、私をとても気遣うように言ってくれる。
「勝手に気持ちを伝えておいて言えた立場ではないけど、ローズマリーを人として尊敬し、魔術師として認め、異性として好いている人間が一人いるんだと、それだけわかってくれればいいから」
「……うん、大丈夫だよ」
私は俯けていた顔を上げて、ディルをまっすぐに見つめる。
いきなりのことで驚いたのは確かだ。
反応に困ってしまったのも。
だけど……
「気遣ってくれてありがとね。でも全然嫌なわけじゃないよ。それに驚いたのは確かだけど、ディルの告白にびっくりしたっていうより、嬉しい気持ちになっている自分自身に驚いたって感じなんだ」
「嬉しい……?」
そう、私は今、すごく嬉しいと思っている。
ディルに好きだと言ってもらえて、嫌な気持ちはまったくなく、むしろとても高揚している。
だって私は……
「たぶん……ううん、たぶんなんかじゃない。きっと……」
今度はこちらが、ディルの目をまっすぐに見つめて告げた。
「私も、ディルのことが好き」
「……」
彼の緋色の目が、大きく見開かれていくのがわかる。
私は私で顔を燃えるように熱くしながらも、正直な気持ちを明かした。
「あなたは何度も私を助けてくれた。魔法学校の卒業パーティーで庇ってくれて、行き場を失くした私を代わりにもらってくれた。私のことを誰よりも魔術師として認めてくれて、周りのみんなに力を示す機会も与えてくれて、ディルの存在がすごく心の支えになってたの」
振り返ってみれば、私はいつもディルに助けてもらっていた。
励ましてもらった回数も数え切れない。
だからその度に私は、少しずつディルに心を惹かれていたんだと思う。
「それで今度は、マーシュに襲われてるところも助けてくれた。その姿がとてもかっこよく見えて、その後に元気づけてくれたのもすごく嬉しかった。その時に私は、ディルのことを異性として、ちゃんと好きになったんだと思う」
朧げに感じていた熱い気持ちは、いまだに抱いた経験がない恋心だったのだと思う。
口にしてみて、違和感がまったくなく、改めてそれが恋なのだと確信することができた。
本音を明かしたことでとても晴々とした気持ちになれたが、反対にディルは私を見つめながら固まっている。
次いでハッと我に返ると、唐突に顔を真っ赤にした。
その顔を恥ずかしそうに片手で隠しながら戸惑いを見せる。
「ま、まさか、いい返事をもらえるとは思わなかったからさ。つい呆然としてしまって」
次いでディルは、少し複雑そうな表情で続ける。
「先ほども言ったように、この告白は何かを期待してのものだったわけじゃないんだ。それで『いつか君を振り向かせてみせる』って、最後に言おうとしていたんだけど……」
締めの言葉を考えていたのに、それを言う機会を失くして困っているようだ。
でも、その言葉はもう必要ない。
だって……
「私はもう、あなたの方をちゃんと向いてるよ」
「――っ!」
微笑みながら返すと、ディルは一層頬を赤くして顔を背けてしまった。
あの常に冷静で落ち着いた雰囲気を貫いてきたディルが、私の一言一句で戸惑っている。
こんなに照れているところを見たのは初めてだ。
ちょっと可愛い。
と、そこで私は遅れて、あることに気が付いた。
「あっ、でもさ、お互いが好きってことはわかったけど、私たちってもうとっくに婚約者同士だよね。気持ちを伝え合ったけど、別に今までと何も関係は変わらないのか」
「……そうだね。僕たちは恋仲になるよりも先に、婚約というゴールにすでに辿り着いている。だから何も関係は変わらないよ。僕たちは婚約者同士であり、ライバル同士のままだ」
婚約を取り引きという形で成立させたその日も、同じことを言っていたなと思い出す。
ただそうなると、関係性が新しく進展するということはまったくないのか。
せっかく気持ちを告白したのに、それだとなんだか少し寂しい。
と、思っていたけど……
「でも、お互いの気持ちを知れたからこそ、できることだってある」
「えっ?」
その時――
右手の甲に、柔らかくて温かい感触が触れた。
気が付けば、目の前ではディルが膝をついていて、私の手を取って甲に唇を触れさせていた。
突然のことに呆然とする中、ディルは上目遣いになりながら爽やかな笑みを浮かべる。
「これからはこうして、自然と恋人らしいことができる。だから僕たちの告白は、とても有意義なものだったと思うよ」
「……い、いきなりそれは、ずるいと思います」
今度はこちらが顔を赤くさせられる番だった。
嫌な気はしない、というか、むしろ嬉しかったから別にいいんだけど。
でもそっか、これからはこうして恋人らしいことができるんだね。
それならやっぱり気持ちを伝え合ってよかったと思う。
私たちは婚約者同士であり、ライバル同士であり、そして恋人同士になったんだ。
改めてそれを実感して胸を熱くさせていると、ディルがおもむろに立ち上がり、余裕のある笑みをこちらに向けてきた。
「ただ、恋人同士になったとはいえ、これからも僕はライバルとして、ローズマリーの上を目指し続ける。気を抜いていたらすぐに追い抜いていくから、それを覚悟しておくといいよ」
「やっぱり相変わらずだね、ディルは。でも私だって負けるつもりはないよ。五階位魔法だってすぐに習得して、完璧にディルを追い抜いてみせる。そっちこそ覚悟しておいてよね」
「あぁ、それでこそローズマリーだ」
私たちはお互いに決意を示すと、きらめく星空の下で見慣れた笑みを交換したのだった。
名門の魔法学校を首席で卒業した私、「女のくせに生意気だ」という理由で婚約破棄される おわり
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