第二十五話 「婚約発表」
祝賀会の会場で豪華な食事に夢中になっていると……
気が付けばかなりの人が会場に集まっていて、賑やかさもさらに増していた。
話に聞いたことのある著名人たちも大勢見られて、祝賀会の規模の大きさをひしひしと感じる。
やがて挨拶回りを終えたディルが私のところに来ると、そろそろ開会の挨拶が始まると教えてくれた。
そして一緒に壇の近くに向かうことになる。
「まずは父様から開会の挨拶と開拓前進の祝いの言葉を頂戴する。その後に開拓先導者として僕から一言挨拶する時間をもらえたから、その時に正式な婚約発表の流れに持っていこうと考えている」
「じゃあ私はその時に壇上に上がればいいかな?」
「うん、そうしてくれ」
軽く事前の打ち合わせを済ませておく。
すると壇上には国王様が上がっていき、いよいよ開会の挨拶が始まろうとしていた。
婚約者発表の時が着実に近づいてきて、自ずと緊張感が増してくる。
ここがパーティーの会場ということもあって、魔法学校の卒業パーティーでの出来事を想起してしまい、不安な気持ちを抑えきることができなかった。
『この女が王子の婚約者になるだと!? 男を立てることも知らないこの愚女に、王子の婚約者が務まるはずがない!』
ディルは魔術師として、過去に類を見ない才能の持ち主として知られている。
そして魔術師の才能は血筋によるものが大きいとされているので、より才覚を持った子孫を繁栄させるために、彼の婚約者は相応の格式のある令嬢が相応しいと考えられてもいる。
だから無名伯爵家の出自の私が、ディルの婚約者として壇上に上がったら、卒業パーティーと同じように心無い言葉を浴びることになるんじゃないだろうか。
いくらディルが開拓作戦の報告で、毎回私を最大の功労者としてあげてくれているとは言っても、格式を重視する現代の価値観をそう簡単に覆せるとは思えない。
『卒業パーティーの時と同じように君を侮辱する者が現れたら、また僕が反論をするから心配することはないよ』
……いいや。
ディルにもこう言ってもらったんだし、弱気な心は一旦置いておくとしよう。
自信が無さそうなところを見せれば、それこそ王子の婚約者として認めてもらえなくなってしまう。
だから胸を張って壇上に立つんだ。
クローブ国王様が壇上に上がると、周りの人たちは話をやめて一斉に視線を向けた。
「皆、此度はピートモス領の開拓前進を祝う祝賀会に参加してくれて感謝する」
皆の意識が向いたことを確かめた国王様は、正式に開会の挨拶を始める。
次いで壇の脇に立つディルに目を向け、彼も壇上に立たせると、祝賀会の目的を今一度示した。
「長年、開拓が滞っていたピートモス領だが、我が息子のディルが兵を率いてその開拓を大きく前進させた。此度の祝賀会はその息子を讃美する意味での催しとなる。盛大に皆で英気を養っていこう」
祝賀会の趣旨を国王様から発表してもらうと、王宮劇場の会場には一斉に拍手が広がった。
続いてディルの挨拶の番となる。
「皆様改めまして、ピートモス領の開拓前進の祝賀会にお越しいただきありがとうございます。開拓先導者のディル・マリナードと申します」
祝賀会に来てくれたお客さんたちが、一段と前のめりになってディルに視線を注ぐ。
幼い頃から神童と呼ばれ続けて、稀代の天才魔術師として咲き誇ったディル・マリナードを、この機会に目に焼きつけておこうという意思を周りから感じた。
今からそんな人物の婚約者として壇上に上がるわけだよね……。
私は人知れず、静かに深呼吸をして気持ちを整える。
「クローブ国王からもあった通り、大きな開拓作戦に成功し、ピートモス領の開拓は著しく前進を遂げました。この勢いをとどめることなくさらなる開拓に臨んでいきたいと考えております。そして次の開拓予定地としては……」
ディルは次回の開拓作戦の予定を話していく。
それを興味津々な様子で周りの人たちが聞いているのを、私は緊張しながら見つめていて、やがて一通りの作戦内容がディルの口から明かされた。
そして締めの挨拶の後に、彼はいよいよ例の話を持ち出す。
「それと一つ、私事ではあるのですが、この場を借りて皆様にご報告したいことがございます」
不意に周りがどよめくのを感じる。
次いでディルがこちらに目配せをしてきて、私の心臓は自ずと跳ね上がった。
その動揺を表に出さないようにして、私は堂々と壇上を上がっていく。
ディルの隣に並ぶと、観客たちの怪訝な視線がこちらに集中し、緊張感がより増していった。
それでも顔を背けずに会場を見つめていると、ディルが語気を強めて声を上げる。
「すでにご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、改めてご報告を。私、ソイル王国第二王子ディル・マリナードは、ここにいるローズマリー・ガーニッシュと婚約を結ぶことを宣言します!」
ディルの凛とした声が、劇場の中に響き渡る。
瞬間、参加者たちは戸惑いと驚愕の表情をして、一斉にどよめき始めた。
ガーニッシュという家名に聞き覚えがない人。伯爵家の地位であることを知っている人。名前は知っていたけど顔を見たことがない人。
その誰もが私のことを驚愕の眼差しで見つめてくる。
観客たちのその様子を見たディルは、冷静に説得するように続けた。
「彼女は伯爵令嬢という立場で、王家の血筋の者との婚約は通常であれば成り立ちません。しかし彼女は一介の伯爵令嬢ではなく、王子の伴侶になるに相応しい人物であると私は思っております」
その根拠を、ディルはどこか感慨深そうに話し始める。
「彼女とは魔法学校で知り合い、常に首席の座をかけて研鑽し合ってきました。そして六年もの学校生活がありながら、私は一度としてローズマリーに勝つことができませんでした」
観客たちが息を飲んで、驚いている様子が伝わってくる。
ディルが首席での卒業を叶えられなかったことは、割と知れ渡っているはずだけど、それを阻んだ相手がまさか私のようなちんちくりんの女性魔術師だとは思っていなかったのかもしれない。
「ローズマリーは魔術師として、王族の血を引くディル・マリナードを凌ぐ存在です。すでに作戦報告でもお伝えしてありますが、ローズマリーは私の婚約者として此度の開拓作戦に参加し、最大の功労者として作戦を成功へと導いてくれました」
不意にディルが、隣に立っている私に目を向けてくる。
その眼差しがとても優しげなものに見えて、驚いて固まっていると、ディルは観客たちに視線を戻して締めの言葉を放った。
「今後も彼女には、私の伴侶として共に開拓作戦を先導してもらい、王国の発展に貢献していければと考えております。ですので私たちの婚約について、ご理解のほどをよろしくお願いいたします」
ディルの声が響くと、会場にしばしの静寂が訪れる。
その行方を固唾を飲んで見守っていると、やがてまばらに拍手が起こり、すぐにその音が会場中を満たした。
批判的な言葉を送ってくる人や、嫌悪感に満ちた目を向けてくる人は、誰一人としていない。
危惧していたようなことが起こらず、思わず胸を撫で下ろしていると、ディルが観客たちを見つめながら隣で囁いてきた。
「だから言っただろ、大丈夫だって」
「えっ?」
「ローズマリーの頑張りは、少しずつではあるけど、確実にみんなの心に届いている。挨拶回りをしている時も、開拓作戦の功労者であるローズマリーを賞賛してくれる人たちがたくさんいたんだ」
……そうだったんだ。
ディルが私を最大の功労者として報告してくれた成果は、きちんと出ているってことだ。
もしかしたら今までの常識や価値観というものが、静かに変わり始めているのかもしれない。
「女性の魔術師を認めてくれる人たちが増えてきた。時代の転換期がすぐそこまで迫ってきているんだ。それは誰でもないローズマリーが頑張ったおかげで、君は新時代の先駆者とも呼べるほどの存在になった。だから今さら王子の婚約者になるくらい、なんてことはないだろう?」
「…………」
そう言ってもらえると、確かに少しだけ気持ちが楽になってくる。
ディルは遠回しにこう言っているんだ。
もっと自分に自信を持てと。
私の力と頑張りは、この景色が証明してくれているんだと。
今一度それを教えてもらった私は、拍手を送ってくれている観客たちを見つめながらディルに返した。
「私、これからも頑張るね。ディルの婚約者として、一番のライバルとして」
「あぁ、こっちこそよろしく」
私とディルは、皆に見えないように背中の方で、握り拳をトンとぶつけ合ったのだった。