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第二十二話 「寄り道」

 開拓作戦の成功を祝して、王都で祝賀会が催されることになった。

 それに参加するために、私はディルと一緒に王都に戻ってきている。


「なんか久々な気がするなぁ。せいぜい四ヶ月ぶりくらいなのに」


 王都の景色を眺めて、ふと懐かしさを感じてしまう。

 魔法学校の学生寮に住んでいた時は、ずっと王都で過ごしていて、これでもかというくらいこの光景を目に焼きつけた。

 そしてたった四ヶ月ほどしか離れていないはずなのに、どうして久々に帰ってきた感じがするんだろう?

 感慨深い気持ちで王都の町並みを見渡していると、隣に立つディルが同じく周囲を見ながら言った。


「それだけ濃密な日々を過ごしていたってことじゃないかな。開拓作戦はどれも過酷なものばかりだったし、魔物と命のやり取りをする機会も多かったから」


「まあ、あれだけ刺激的な日々を送ってたら、体感的には四ヶ月以上経ってる気がするかもね」


 ピートモス領で暮らし始めてから、本当に色々なことがあったからね。

 あまりにもホワイトすぎる環境に感動させられたり、開拓兵の一人に実力を疑われて模擬戦をすることになったり、古くから災厄と呼ばれている大蛇の魔物と戦ったり……

 他にも数々の開拓作戦に参加して、およそ四ヶ月で収まったとは思えない密度の高い日々を過ごしてきた。

 王都の景色を懐かしく感じるのも当然なのかもしれない。


「さて、王都の景色を懐かしむのもいいけど、そろそろ仕立て屋に向かおうか」


「うん、そうだね」


 私は頷いて、ディルと一緒に歩き始める。

 くだんの祝賀会は一ヶ月後に催される予定で、私たちはだいぶ早めに王都に戻ってきた。

 その理由は、仕立て屋でドレスを作ってもらうためである。

 恥ずかしながら、私の実家は貧乏で、上流階級の人間が多く集まる祝賀会に着ていけるようなドレスは持っていない。

 魔法学校の卒業パーティーに着て行ったものもかなり質素な品で、ただでさえ女子生徒が少ない中浮いていたものだ。

 そのことをディルが心配してくれて、彼がドレスを新調してくれることになった。

 それに対して何かお返しをすると言ったけれど……


『これを施しだと思っているのなら大きな勘違いだよ。君は王子の婚約者なんだから、相応の格好をしてもらわないと僕の顔が立たないことになる。これは僕のためでもあるんだ。だからお礼は不要だよ』


 ディルはそう言ってお礼を断ってきた。

 確かに王子の婚約者として、不恰好なまま祝賀会に参加するわけにはいかない。

 だからディルは自分のために、私にドレスをプレゼントしてくれると言った。

 けど、嬉しいものは嬉しいのだから、ちょっとくらいはお礼をさせてほしかった。

 まあ、いつかドレスのお礼という名目ではなく、何かしらの形で恩を返すとしよう。

 そう思いながらディルと一緒に町を歩いていると、ふとあるものを見かけた。


「あっ、魔導書店だ! ねぇ、ちょっとだけ寄ってもいい?」


 私の大好きな魔導書を専門にしている書店。

 久々に見た高揚感から、勢いで提案してみると、ディルは呆れたような顔でかぶりを振った。


「最初は仕立て屋に行くって約束しただろ。早いうちに頼んでおかないと仕立てが間に合わなくなるかもしれないし、装飾品も探さないといけないんだから」


「そうだけどさ、本当にちょっとだけ」


 ドレスの新調だけでなく、それに合わせる装飾品も買いに行かなければならない。

 というのは頭ではわかっているけど、目の前にある魔導書店の魅力にはどうしても抗えないのだ。


「もしかしたら新書が入ってきてるかもしれないしさ、見落としてた魔導書だって眠ってる可能性もあるんだよ。それを誰かに先に取られでもしたらって思うと……」


「はぁ、君は本当に魔法にしか目が向いていないんだね。新しいドレスより魔法を取るのか」


 飾り気のない女でごめんなさい。

 でも私にとって魔法は、三度の飯より大切なことなんだよ。

 という強い意志を視線に込めて、両手も合わせながら必死に懇願していると、やがてディルが折れたようにため息を吐いた。


「わかったよ、なら一時間だけだ。僕も新しい魔導書があるか気になっているし」


「ありがとうディル!」


 許しが出たので、私は嬉々として魔導書店に駆け込もうとする。

 と、その一歩を踏み出しかけた瞬間、不意にディルが私の前に出てきて、思わず立ち止まってしまった。

 すると彼は、少し屈んで私と目線を合わせると、我儘な子供を言い聞かせるお父さんのように言った。


「本当に一時間だけだからね。それと荷物もあまり増やしたくないから、魔導書を買うとしても三冊までだ。ちゃんと守れるね?」


「……は、はい。守ります」


 そう念を押されて、私は高揚しすぎていた気持ちを少し落ち着かせたのだった。




――――




 祝賀会のために王都に戻ってきたディルとローズマリーは、準備の前に魔導書店に寄ることにした。

 本の香りに満たされた書店に入ると、入口のところで二手に別れようかディルは提案しようとする。

 好き勝手に回れた方がローズマリーが気楽なんじゃないかと考えて。

 しかし入ってすぐのところでローズマリーに声をかけられてしまい、その思惑は無駄になってしまった。


「あっ、新書この辺りの棚にあるみたいだよ。ここから見て行こっか」


「そうだね」


 意図せず二人並んで新書棚の魔導書を物色することになる。

 それから改めて別れるのもどうかと思い、結局二人で一緒に書店内を回ることになった。

 度々ローズマリーが満面の笑みで振り返って声をかけてくる。


「見て見て! 乾いた目を潤してくれる魔法だってさ。あっ、こっちには頭の中で好きな音楽を鳴らすことができる魔法もある」


「よくまあこんな使い道のなさそうな魔法にまで食いつくね。いつ使うんだよこんな魔法」


「いつか役に立つかもしれないでしょ! 何より知っておいて損はないんだから」


 ローズマリーが飛びつくように目についた魔導書に手を伸ばしていくのを、ディルは少し下がったところから見守る。

 無邪気に魔導書店を楽しむローズマリーを見ながら、ディルは冷静な顔を貫いたまま思った。


(……僕の婚約者、可愛すぎないか)


 何か新しいものを見つける度にくるりと笑顔を向けてきて、嬉しそうにそれを教えてくれる。

 純粋で輝くような眩しい笑顔を見せられる度に、ディルは思わず頬が緩みそうになってしまった。

 小動物的な可愛らしさもあって、つい抱きしめたくなる衝動にも駆られてしまう。

 最初は仕立て屋や装飾品店に行く約束をしていた。

 そこで試着などしてもらえれば、ローズマリーの可憐なところをたくさん見られるかもしれないと期待していたけれど……

 結果的に魔導書店に来て正解だったかもしれないと、ディルは密かに感じる。


(やはり君は、魔法に夢中になっている時が一番綺麗だ)


 ディルは我知らず、魔法学校時代のことを思い出す。

 ローズマリーは、魔法学校で友達がいなかった。

 男子生徒がほとんどで、かつ限られた女子生徒も上流階級の生まればかりだったので、貧乏伯爵家出身の彼女に友達がいなかったのは当然と言えば当然である。

 さらにローズマリーは、女子生徒でありながら首席を独占し続ける、男尊女卑の精神を忘れた異端者としても見られていた。

 そんな彼女と友人になるような人物はいるはずもなく、傍から見ていても孤独な学校生活を送っていたとディルは記憶している。


 しかし彼女は、そんな学校生活に悲観はしていなかった。

 むしろ誰よりも楽しそうにしていた。

 授業でたくさんの魔法を学び、放課後も自主的に図書館などで魔法の勉強をしていた。

 周りからの蔑むような視線にもまるで気付くことなく、いつも大好きな魔法だけを見つめ続けていた。

 こんなにも純粋な人は見たことがなく、好きなことに打ち込むローズマリーの屈託のない笑顔も可愛らしくて、ディルは心を奪われたのだ。


(何かに夢中になっている人は、それだけで不思議な魅力を宿している。その視線を少しでも自分に向けさせてやると、そう思わせてくれるから)


 いつか彼女にとって、魔法以上に好きな存在になってみたい。

 魔法に向けられている好きという感情を、一度だけでいいから、すべて自分の方に向けさせてみたい。

 それが叶ったら、いったいどれだけ幸せなことだろうか。

 考えるだけでもまた頬が緩んでしまいそうになる。

 なんとか堪えて冷静な顔を保とうとしていると、気が付けばローズマリーの手元には五冊の魔導書が積み上がっていた。


「えっと次は……」


「“次は”じゃないよ。三冊までって言ったじゃないか」


「うぅ、この宝の山の中から三冊だけを選ぶなんて、そんなのできっこないよぉ。明日になったら売れちゃってるかもしれないし」


「そんなマイナーな魔法の魔導書を買うのはローズマリーくらいしかいないよ。まったく君は……」


 相変わらずの様子のローズマリーを見て、自分の願いが叶うのは随分先のことになりそうだと、ディルは呆れ気味にそう思ったのだった。

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