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第二十話 「激しい後悔」(元婚約者視点)

「くそっ!」


 ウィザー侯爵家の屋敷にて。

 マーシュは自室に入るや、緑のジュストコールを憤りのままに脱ぎ捨てた。

 次いで手の込んだ彫刻が施された猫脚の椅子に、うるさく腰掛けると、小刻みに脚を揺らして怒りをあらわにする。


「この役立たず共め……! 言われた仕事もまともにこなせないのか」


 マーシュは父から開拓事業の一端を任された。

 なんてことはない、領内の森で発生した魔物被害の対処と農園開設の手引きだった。

 しかしマーシュは悠長に構えていて、開拓に取りかかるのが遅れてしまった。

 それが原因で、大したことはなかった魔物被害が大きく広がり、対処が難しいものになってしまった。

 自陣の軍を率いて魔物の対処を試みたが、いたずらに兵士を失っていくだけで状況はまるでよくならない。

 マーシュは家督の引き継ぎである第一歩を、大きく失敗してしまったというわけだ。


「だ、大丈夫ですわ、マーシュ様。マーシュ様ほどの手腕がありましたら、すぐに現状も打開できると……」


「黙れ! 貴様に何がわかるパチュリー!」


 同じく部屋にいたパチュリーが、慰めるように声をかける。

 しかしマーシュは焦りと憤りのせいで、彼女に強く当たった。

 今の心境では、婚約者の慰めすら煩わしい雑音にしか聞こえない。


「もう使える兵は残り少ない……。父上に兵を貸してもらうしか……」


 そう言った後で、自分の言葉にかぶりを振る。

 与えられた使命も全うできず、そのうえ力添えまでしてもらうなんてあまりにも情けない。

 下手をすれば家督の引き継ぎの話すらなかったことにされる可能性もある。

 マーシュにはまだ幼い弟がいて、名をソレルといい、父と顔立ちが似ていることから父に溺愛されている。

 年齢を鑑みて、家督の引き継ぎは自分が行うことになったが、今回の失敗を踏まえて父が考えを改めてしまうかもしれない。


「どうすればいい……これからどうすれば……」


 マーシュが頭を抱えて唇を噛み締める中、不意に部屋の扉が開かれる。

 そこから父のチャイブが入ってきて、マーシュは思わず顔をしかめた。

 その反応に、父は軽く肩をすくめる。


「盛大に躓いたな、マーシュ。己が任される開拓地の状況もまともに把握せず、魔物被害をここまで拡大させるとは」


「……まだ対処可能な規模です。開拓に支障はありません。ところでなんの用でしょうか」


 平静を装いながら強がり、マーシュは父に問いかける。

 するとチャイブは手に持っていた紙を、読んでみろと言わんばかりにマーシュの膝上に放った。


「新聞? これがいったいなんだと……」


 と、首を傾げながら紙面に目を通すと……

 そこには、目を疑うような記事が大々的に書かれていた。


「なっ!?」


 記事の内容は、ソイル王国最東部に位置するピートモス領での開拓作戦の報告だった。

 作戦は無事に成功し、滞っていた森の開拓をようやく進められるようになったという知らせ。

 しかしマーシュが驚いたのはそこではなく、最大の功労者として『ローズマリー・ガーニッシュ』の名前が挙げられていたことだった。

 自分が愚女だと見下し、罵詈雑言の果てに見放した元婚約者の名前が。


「ローズマリーが、最大の功労者だと……!? しかもあのピートモス領の開拓で……」


 ピートモス領は開拓が滞っている土地として有名だ。

 特に危険性が高かったり、厄介な種族の魔物が多く、開拓は長期的なものになると見込まれていた。

 しかしそれを覆しての開拓作戦の成功。

 第一歩をしくじった自分とは正反対に、ローズマリーは華々しいスタートを切ったのだった。

 悔しさのあまり歯を軋ませていると、父のチャイブが諭すように言った。


「逃した魚は、相当大きなものだったようだな」


「くっ……!」


「今貴様の隣にいるのがガーニッシュ伯爵家の娘であれば、此度の貴様の失敗も拭い切れたかもしれないな。開拓のための魔物討伐も順調に進められたことだろう。己の眼識の浅さを悔い改めるといい」


 父はそれだけ言い残すと、慰めの一言もなく部屋を去って行った。

 その背中から怒りと呆れを感じ取り、遠回しに脅しをかけにきたのだとマーシュは悟る。

 此度の失敗を取り返せなければ、家督相続の話はなかったことにするぞという強い脅し。

 なんとしても任された開拓地でのトラブルを解決し、使命を全うしなければならない。

 改めてそう決意する傍ら、父が残していった言葉が頭の中から離れず、マーシュは膝上に拳を叩きつけた。


「……あの愚女がいたところで、何も変わるはずがない。俺は認めないぞ」


 今でも、ローズマリーとの婚約を破棄し、関係を絶ったことが間違いではなかったと、マーシュは強くそう思っている。

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