第十九話 「首席と次席の差」
光と風が収まり、視界が開けると、目の前には赤蛇が倒れていた。
全身が黒焦げになり、体の至るところから煙が上がっている。
すでに息もしておらず、絶命しているのが見てわかった。
遠方で戦いを見守っていた開拓兵たちの声が聞こえる。
「な、なんて威力の魔法だ……!」
「あの赤蛇が一撃で……」
四階位魔法の複合発動による独自の魔法――【小さな太陽】。
小さな礫に灼熱の炎と強烈な爆発が宿っていて、接触した瞬間炸裂し、敵を滅殺する。
それぞれの魔法を単体で発動するよりも威力が倍以上に膨れ上がるため、赤蛇の強固な魔装を一撃で貫けたというわけだ。
私自身も多少は魔法の余波を受けたけど、自分の魔素で発動させた魔法は、自らには影響が少ないとされている。
私の場合は魔装も操作して強度を高めているので、無傷で済ませることができた。
「よし、こっちは終わり……」
赤蛇の絶命を確認すると、私はすかさず岩壁の向こう側へ走り出した。
ディルと青蛇の戦況がどうなっているか確認するためである。
壁の反対側からいまだに戦闘音が聞こえてくるので、まだ戦いは続いているようだけど、いったいどっちが優勢なのか。
回り込むように壁を抜けると、身体強化魔法で高速移動をしているディルと、それを追う青蛇の光景が目に映った。
まさに戦闘の真っ只中。だが、決着の時は近そうだった。
「はあっ!」
ディルは青蛇の周囲を高速で移動しながら、右手に持った氷の剣で攻撃をしている。
鮮やかな身のこなしで敵の攻撃を掻い潜り、見惚れるような剣捌きで魔物を斬るその姿は、魔術師というより騎士の様相に近いだろうか。
ディルは魔法だけではなく剣術も嗜んでいるそうで、魔物との戦闘では魔法と剣術を巧みに合わせて使う。
パッと見では細身に見えるが、筋力鍛錬も抜かりなく積んでいて、生来の身体能力もかなり高い。
そのため身体強化魔法の恩恵も最大限受けることができ、ディルは人智を超越した動きを実現することができる。
「せやっ!」
ディルはその身体能力を生かし、青蛇の懐に潜り込んだ。
何度も斬りつけて魔装が綻び始めた腹部に、氷の剣を突き込む。
その一撃は青蛇の魔装と鱗を貫き、真紅の鮮血を散らした。
瞬間、傷口から凍てつく魔素が流し込まれて、青蛇の体が凍りついていく。
やがて全身が凍結されると、パキッと氷が割れて、青蛇の体が崩れ落ちた。
「ふぅ、終わったか……」
青蛇の絶命を確認し、ディルが短く息を吐く。
すると静まり返っていた周りの開拓兵たちは、少し遅れて状況を呑み込み、突然ワッと歓声を上げた。
「お二人が赤蛇と青蛇を倒したぞ!」
「これで森の開拓が進められる!」
その声を聞いて、私も改めて安堵の息を吐いた。
開拓兵たちに被害が及んだ様子はなく、怪我人は無し。
戦闘の余波による森への被害も最小限に抑えられた。
作戦はこれ以上ないほどの大成功と言えるだろう。
その時、ディルがこちらに気が付いて歩み寄ってきた。
「無事かい、ローズマリー」
「うん、ディルの方も大丈夫そうだね」
「あぁ。でも、勝負はまた僕の負けみたいだね。君の方が早く魔物を討伐したから」
「残念だったね、ディル。でも作戦が成功したんだからいいでしょ。それに時間的にはそこまで差はないんだし」
私が見に来た時には、すでに決着の間際だった。
今回の勝負は僅差だし、引き分けと言っても差し支えないと思う。
それでもディルは、「いいや僕の負けだね」と意固地になって否定してきた。
ともあれ、初めての開拓作戦は何もトラブルが起きることなく、成功を収めることができたのだった。
――――
開拓作戦が終わり、町へ帰った後。
町で待っていた開拓兵たちに、作戦成功の旨をディルの口から伝えた。
その報告に皆は湧き立ち、森の開拓にますます意欲を募らせていた。
そして数日が経った頃……
町では開拓作戦での出来事が、噂となって流れていた。
「ディル様とローズマリー様のお力は、本当に凄まじかったぞ」
「四階位魔法の複合発動かぁ。俺も見てみたかったな」
「ぜひローズマリー様に魔法の教授を願いたいものだ」
町の通りを歩く中、そんな会話が至るところから聞こえてくる。
ローズマリーの魔法は、あの場にいた全員を見事に魅了した。
いまだかつて実現できた魔術師がいない、四階位魔法の並列発動。
その応用による四階位魔法の複合発動で、強敵赤蛇を一撃で粉砕した。
同じく魔法の道を真剣に歩んできた開拓兵たちだからこそ、彼女がいかに卓越したことをしているか実感できるはず。
(これでローズマリーの噂は、すぐに王国全土に広まることになるだろう。開拓兵たちという確かな証人も得られたことだし)
開拓兵たちについてきてもらった理由は、作戦の補助をしてもらうためだけではない。
ローズマリーの活躍を伝えてくれる者たちが必要だったからだ。
開拓兵は皆、元は王国軍で活動をしていた確かな実力者たちで、彼らの言葉ならより説得力があるとディルは考えた。
そして何より、彼らならローズマリーの凄さを認めてくれるとも思い、開拓作戦についてきてもらったというわけだ。
事が思惑通りにいきそうで、ディルは人知れず安堵する。
しかし……
(……ローズマリーを活躍させるためだったとはいえ、これは少し悔しい気もするな)
自分だけがローズマリーの強さを知っていた。
その状況を変えたいと思う傍ら、その事実に少し優越感を覚えていたところもあった。
それが今では、多くの人間がローズマリーという素晴らしい逸材に気付き始め、さらに王国全土にまで広まろうとしている。
嬉しい反面、悔しいような寂しいような、そんな不思議な感覚をディルは味わっていた。
それから二週間後、ピートモス領の開拓作戦成功の話が、王国中へ行き渡ることとなる。