第十七話 「双蛇の猛攻」
作戦会議から一週間後。
いよいよ作戦当日となり、私たちは森林地帯へ向けて馬車を走らせていた。
途中で一つ村を経由して、丸二日をかけて森林地帯を目指す。
他の開拓兵たちもついて来ているので、なかなかの大所帯だけど、一応いくらかの兵は町に残っている。
単純に町の警備が手薄になるのを防ぐためと、魔物との戦いでなるべく犠牲者を出さないためだ。
「確認なんだけど、他の開拓兵の人たちは一緒に戦ってくれないんだよね?」
「あぁ。彼らも修練を積んだ優秀な魔術師だけど、今回の戦いに限っては、言い方は悪いけど足手まといになる可能性が高いからね。一応、有事の際に控えておいてはもらうけど」
同じ馬車に乗っているディルは、窓の外に向けていた目をこちらに移して、今一度作戦の内容を伝えてくれる。
「あくまで今回の作戦は、僕と君で開拓の妨げになっている大蛇の魔物を倒すことだ。その方が一番被害が少なく、討伐成功の可能性が高い……と、僕は考えた。ていうかその方が、君も気兼ねなく戦えるだろう」
「まあ、それはそうだけど」
魔物討伐は、私はできれば一人でやりたいと思っている。
他の人と協力して戦った経験がないからというのもあるけど、魔法で周りを巻き込んでしまうかもしれないから。
ただでさえ開拓兵は王国軍出身の高名な魔術師ということだし、そんな人たちに怪我をさせるわけにはいかない。
いや、生まれとか関係なく、他人は傷つけちゃいけないけどね。
それにしてもやっぱり、一人で強敵と戦うのは少し不安ではある。
失態を演じれば、ディルに見限られて婚約関係も解消されて、実家への援助もしてもらえなくなるかもしれないし。
その懸念を悟られたかのように、ディルが訝しい目を向けてきた。
「それともくだんの森林地帯が近づいてきて、怖くでもなってきたのかい? なんだったらやっぱり、他の開拓兵たちも戦いに参加させようか?」
「……いや、大丈夫だよ」
不安はあるけど、一人で戦う方が都合がいいのは確かだから。
するとディルは、今回の采配の理由について、さらに一つ補足してくれた。
「まあ、君の存在を世に知らしめるための機会でもあるから、できれば単独での活躍を僕は望むけどね」
「えっ? 私の存在?」
「無名貴族出身の伯爵令嬢が、王子の婚約者になることを反対している者たちは多い。だからこそこういう場面で、ローズマリーの価値を示しておけば、口うるさく言ってくる連中も少なくなるだろ」
「そ、そこまで考えてたんだ」
確かに私たちの結婚に反対する人たちは多いと聞く。
主に才能に恵まれたディルの血が濁ることを懸念している人がほとんどだとか。
ディルは王家の人間として、そして優れた才覚の持ち主として、相応しい人物と結ばれて子孫繁栄に努めるべきと多くの人が考えている。
無名貴族出身の伯爵令嬢はお呼びではないらしい。
けど開拓作戦で私が成果をあげて、王国の発展に貢献すれば、魔術師としての実力も示すことができて、王子の婚約者として相応しいと認めてもらえる可能性が上がる。
ディルはそこまで計算して、私一人に戦いを任せようとしているんだ。
その期待には、彼の婚約者としてぜひ応えなければならない。
と、今一度決心して戦いにやる気をみなぎらせていると、不意にディルの声が微かに耳を打った。
「…………心配しなくても、もしもの時は僕が絶対に守るよ」
「んっ? 何か言った?」
「いいや別に」
ディルはまたスンとした表情になって、窓の外に目を戻してしまった。
作戦直前でありながら冷静さを崩さない彼に感心し、それを見習って私も心を落ち着けることにしたのだった。
それから早くも二日。
私たちを乗せた馬車は、目的地である森林地帯へと辿り着いた。
話に聞いていた通り土の状態が良さそうで、大きな木々が生い茂っている。
確かにここなら、一部を農園や畜産に利用できれば食料の生産量は目に見えて増えるだろう。
そしてここより先は魔物の生息域となるので、馬車を降りての散策となる。
「それじゃあ僕たちは先に進んで、赤蛇と青蛇を捜索する。何かあったら【立ち昇る濃雲】か【弾ける光球】で知らせてくれ」
数人の開拓兵に馬車を任せて、残りの開拓兵と一緒に私とディルは魔物探しに向かった。
新鮮な空気に包まれた森の道を歩きながら、開拓兵たちの仕事を後ろから眺める。
道中の魔物は、開拓兵たちが討伐してくれる。
私とディルの魔素を温存するためだそうだ。
さらに開拓兵たちは索敵魔法の【響き渡る魔光】を使って、討伐目標の捜索もしてくれている。
他の魔物たちの警戒もできるため、私とディルは万全の状態で赤蛇と青蛇と戦うことができるというわけだ。
その時、不意に隣を歩いていたディルが、私の顔を覗き込んできた。
「……てっきりまた緊張で顔が強張っているものかと思ったけど、不要な心配だったみたいだね」
「ここまで周りの人にお膳立てしてもらったら、逆になんかやる気が出てきちゃったよ」
絶対に失敗できない緊張よりも、みんなから力を信じてもらえている事実に気持ちが燃えている。
いや、もしかしたら……
これはディルとの競争でもあるから、まるで魔法学校の課題の一つのように思えて、緊張が和らいでいるのかもしれない。
まさかそれも計算に入れて、ディルは今回の作戦も勝負の一つだと明言したのかな?
密かにそんなことを考えていると、唐突に一人の開拓兵が素早くこちらを振り返った。
「ディル様、前方より強烈な反応が!」
その一言ですべてを察して、開拓兵たちは後ろへ退がり、私とディルは身構える。
直後、地震が起きたかのように足元が揺れ始めて、徐々にそれが強くなっていった。
遠方に目をやると、木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる巨大な二つの影が見える。
「やるよ、ローズマリー」
ディルのその声を合図にするように、目前の木が倒されて、巨大な影のその姿が鮮明に視界に映し出された。
赤い鱗を持つ大蛇と、青い鱗を持つ大蛇。
これが赤蛇と青蛇。
森林地帯の開拓を妨げている厄介な魔物たちだ。
奴らは木を倒した勢いのまま、大口を開いてこちらに飛びかかってきた。