第十五話 「情熱と努力」
「あのサイプレスが、負けた……?」
「王国軍でも序列五位の魔術師なのに」
「しかも魔法を一度も使わずに……」
模擬戦の敗者となったサイプレスは、怒りと疑問を同時に抱き、思わず口からこぼしてしまう。
「魔法を、無効化しているのか……!?」
種明かしを求めたわけではない。
けれどその呟きを聞いたローズマリーは、親切にもサイプレスに明かした。
「そこまで大層なことはしていません。私はただ魔装を、表面的にではなく局所的に張っていただけです」
「きょ、局所的?」
言葉の意味がわからず放心する。
その疑念を感じ取ったように、ローズマリーはさらに説明を続けた。
「魔装は術者の身を守るための魔素の鎧で、基本的に意識せずに展開させた場合は、全身を満遍なく纏うために全面的に張ることになります。しかしそうすると、魔装は薄くて脆いものになり、容易に削られて修復を余儀なくされます」
「その修復に魔素を消費させて、魔素の枯渇を狙うのが、一般的な模擬戦の形のはず。何もおかしいことは……」
「ですので私は、攻撃を受ける箇所一点に魔素を集中させて、より強固な魔装を作ったんです」
「魔素を、一点に集中だと……?」
サイプレスは驚愕し、思わず言葉を失くしてしまう。
この時点で彼は、ローズマリーが何をやっていたのかを理解して、その事実に畏怖していた。
「普段は無意識で全面的に張っている魔装を、魔素を一点に集中させて局所的に張る。そうすることで強度は格段に向上し、三階位程度の魔法なら完全に防ぎ切ることができます。まるで魔法を無効化しているように見えるほどに」
「そんな、馬鹿げたことを……」
魔素の鎧というより、もはやそれは魔素の盾。
ローズマリーが魔法を無効化しているように見えたのは、その強固な盾で魔法を防ぎ続けていたからだ。
周りでそれを聞いていた開拓兵たちも、彼女のその技量の高さに唖然としていた。
(理論上であれば、確かにそれは可能だ。魔素の扱いに長けている者なら、一点に集中させて強固な盾にすることもできるだろう)
人が一度に操れる魔素の量にも限度があるので、魔装の強度を高めるのならそれが最善の手段と言える。
だが、魔装の形を変えて、それを常に維持し続けるなど、並の集中力では決してできない。
たとえ思いついたとしても、試す気にもならないほど人間離れした技術だ。
だからサイプレスは種明かしをされるまで、その事実に気付くことができなかった。
何より魔装を局所的に張るのはリスクが高い。攻撃が来る位置がわかっても、操作が追いつかず生身のまま攻撃を受けることになる可能性もある。
魔素の操作にこの上ないほどの自信があり、何よりも肝が据わっている証拠だ。
(そんな机上の空論を、実現できる魔術師がいるのか……! これが、現代の至宝と名高いディル・マリナード王子を、次席に留め続けた首席の実力……)
これならば確かに、ディルが負けたとしても不思議ではないと思えてしまう。
絶望して立ち尽くすサイプレスに、不意にディルが歩み寄った。
「サイプレス。君も相当な修練を積んだ一流の魔術師だ。だからこそわかるだろう。ローズマリーの底なしの強さが」
「…………」
サイプレスは密かに唇を噛み締める。
負けたことへのショックより、ディルの口から改めてローズマリーを賞賛する言葉が出てきて、一層の悔しさが湧いてきた。
そしてそれを、今は納得してしまっている自分にも、ひどく苛立ちを覚えてしまう。
その気持ちを悟ったように、ディルが穏やかな声音で続けた。
「前代未聞の女性魔術師の参入に、納得ができないのはよくわかる。でも女性だからといって、魔術師の才能がないと決めつけたり、見下したりするのは間違っているんだ。それを僕はローズマリーに教えてもらった」
ディルはローズマリーの方を一瞥すると、サイプレスに視線を戻して言う。
「女性でも魔術師として活躍ができる。魔術師になるのに性別なんて関係ない。必要なのは魔法に対する“情熱”と、それに伴う“努力”だけ。僕がローズマリーに勝てなかったのは、単純にそれらが足りていなかったってだけの話なんだ。認めたくはないけどね」
その時、ディルは僅かに俯いて、顔に翳りを作った。
そこに計り知れぬ悔しさのようなものを感じ取って、サイプレスは静かに悟る。
(……そうか。いったい何をやっているんだ、私は)
ディルは自分の憧れだった。
魔術師として理想の完成形だった。
そんな彼が名も知らぬ女性魔術師に負けて、まるで自分の理想を否定されたような気持ちになった。
それが悔しくて、否定し返してやりたいと思っていたけれど、一番悔しい気持ちになっているのは本人のディルに決まっているんだ。
だというのに、ディルにこんなことまで言わせてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
対してディルは、今度は開拓兵たちの方に視線を向けて、今一度語気を強めて言った。
「いきなり受け入れろっていうのも難しい話だろうけど、どうかローズマリーが開拓作戦に参加することを……仲間になることを認めてあげてほしい。きっと彼女は、僕たちの力になってくれるはずだから」
先ほどの模擬戦でローズマリーの強さは証明された。
ゆえに開拓兵たちの中に反対の声を上げる者はおらず、拍手という形でローズマリーの参入を認めていた。
遅れてサイプレスは、ローズマリーに対して頭を下げる。
「実力を疑ってしまい、大変申し訳ございませんでした」
「い、いえ、そんな……」
「あなたは確かに実力のある魔術師です。凄まじい度胸も持ち合わせた方だ。私のほうこそ実力不足であることと、眼識の浅さを改めて痛感しました」
心からの謝罪と本音。
一方的に疑ってしまったため、何を言われても仕方がないと覚悟していたけれど……
「私こそ、余所者が突然お邪魔して、皆さんを混乱させてしまったと思います。ですのでこうして実力を示す機会をいただけて、私としてはすごく感謝しています」
ローズマリーは温かい言葉を返してくれる。
続けて彼女は、逆にこちらに頭を下げてきて、改まった様子で挨拶をしてきた。
「ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、精一杯開拓作戦に尽力させていただけたらと思います。これからよろしくお願いいたします」
こうしてローズマリーは開拓兵たちに受け入れられて、無事に作戦に参加することが認められたのだった。