第十二話 「殺到する視線」
夕方。
ディルに言われた通り、開拓作戦の会議に参加するために大広間に向かった。
そこにはすでに何人かの開拓兵たちが集まっていて、大広間に入るや視線が殺到する。
それに思わず気圧されそうになるけど、私は意を決して中へと進んでいった。
どうやら今はディルを待っているようで、開拓兵たちは各々談笑を交わしている。
もちろん私はそんな相手がいないので壁際でポツンと待つしかなかった。
すると開拓兵のうちの何人かの呟きが、不意に耳を打ってくる。
「あの子が、ディル王子の婚約者か……」
「あまり迫力は感じないな」
「本当にディル様は、魔法学校で彼女に負けたのか」
みんなが訝しんでいる様子が感じ取れる。
すでに私とディルの関係性は知っているようで、魔法学校の順位についても聞いているらしい。
それが信じられなくて、私のことを観察しているようだった。
まあディルの凄さは、この国の人間なら知っていて当然だし、彼らは王国軍にいた魔術師たちでもあるので尚更だろう。
だからこそ、そんなディルが女性魔術師に負けたという噂を信じ切れていないみたいだ。
ちなみに婚約に関しては、正式な発表はまだ先となっている。
すでに噂が回って知っている人は多いらしいけど、公的な場で宣言するのは時期がきてからということになった。
「みんな揃っているかな」
私が来てから間もなく、ディルも大広間にやってきた。
おかげで開拓兵たちの視線がそちらに移って、居心地の悪さが少し薄まる。
ディルは大広間の奥へ行き、開拓兵たちの視線を一身に浴びながら話を始めた。
「忙しい中、開拓作戦会議の招集に応じてくれて感謝する。今回の作戦も危険を伴うものになるが、助力してもらえると嬉しい」
開拓兵たちは頷きを見せて肯定的な様子を示す。
彼らは王国軍からディルについて来てくれた兵たちなので、当然高い忠誠心を持っている。
反対しようとする人は一人としていなかった。
「では、今からその作戦の概要と日程を伝えようと思うが、その前に一人改めて紹介したい人がいる。ローズマリー」
唐突に名前を呼ばれて、思わず肩を揺らす。
開拓兵たちとの顔合わせの場になるから、心得ておいてくれと言われてはいたけど、実際その時になるとやはり緊張してしまう。
再び周囲から視線をもらってしまい、我知らず息も詰まってしまった。
けど覚悟を決めて、手招きをするディルの元まで歩いて行き、みんなの前に顔を見せる。
挨拶の出始めはディルがやってくれた。
「みんなすでに知っていると思うが、彼女がローズマリー・ガーニッシュだ。僕の婚約者で開拓作戦の手伝いもしてくれる。作戦時には行動を共にすることが多くなるだろうから、よく覚えておいてほしい。では次に、ローズマリーの方から挨拶を」
ディルに丁寧に促されて、私は緊張しながらも自己紹介をする。
「初めまして、ローズマリー・ガーニッシュです。実戦経験はあまりありませんが、魔法学校で培った知識と力で、開拓作戦の役に立てるように努めさせていただきます。これからよろしくお願いいたします」
事前に考えていた挨拶を終えて、私は頭を下げる。
ディルに慰めてもらったとはいえ、不安なことに変わりはない。
だから緊張しながらみんなの反応を待っていると……
やがてまばらにだけど、パチパチと拍手が聞こえてきた。
顔を上げてみると、みんなが笑顔で拍手を送ってくれていることがわかる。
意外にも好感触。
思い切り反対される覚悟で来たから、肯定的な雰囲気で驚いてしまった。
皆が皆、女性魔術師を否定しているわけじゃないのか。
ディルからの紹介のおかげという気もするけど、それがわかっただけでも心が軽くなり、私は思わず笑みをこぼした。
ディルもそれを見て微かに頷いた後、表情を引き締めて言う。
「では、ローズマリーの紹介も済んだところで、さっそく作戦会議を……」
と、ディルが改めて作戦会議を始めようとしたその時――
「少し待っていただけませんか、ディル様」
「んっ?」
一人の開拓兵が、集団の中から一声を上げた。
その人物は前に出てきて、私に鋭い視線を向けてくる。
かなりの長身で、それでいて線が細い男性。
歳は二十代半ばほど。手入れの行き届いた綺麗な黒髪と、切れ長の黒目も特徴的である。
その上には細いフレームの眼鏡をかけていて、人差し指でしきりに位置を直している。
王国軍からディルについて来た魔術師なので、当然ディルは彼と面識があるらしく、見知った様子で言葉を返した。
「どうしたのかなサイプレス? 何か問題でも?」
「一つ聞かせていただきたいのですが、本気で彼女を開拓作戦の一員に加えるおつもりですか?」
サイプレスと呼ばれた彼の、刺すような視線が私を射抜く。
まるで獰猛な獣に睨まれたような気持ちになって、私は体を縮こまらせた。
「そのつもりだけど、不都合でもあるのかい?」
「開拓作戦は魔物との戦闘が前提になります。当然開拓兵たちには高い戦闘能力と卓越した魔法技術が要求されるはずです」
「あぁ、それはもちろんわかっているよ。だからこそローズマリーに協力を仰いだんだ」
それを受けて、サイプレスさんは僅かに語気を強めて続ける。
「これまで女性の魔術師が魔法の分野で目立った成果をあげたことは一度もありません。男女で確かな力差があるのは明らかです。私は彼女の開拓作戦の参加を強く反対します」
それを聞き、ディルは赤目を細める。
他人事ではない私は、人知れず冷や汗を流しながら息を呑んだ。
恐れていた展開がやってきてしまった。
サイプレスさんは女性の魔術師を信用していない側の人間だ。
私が開拓作戦に参加することを強く拒んでいる。
そんな私を開拓作戦に勧誘したディルは、やや不機嫌そうに問いかけた。
「それはつまり、ローズマリーの戦闘能力と魔法技術を疑っているってことでいいのかな?」
「前代未聞の女性魔術師の参入。それが魔法学校を卒業したての新人魔術師となれば当然の懸念かと。言葉にはしませんが、同じ気持ちの開拓兵も少なからずいるのが事実です」
「自惚れじゃないけど、彼女は僕が一度として勝つことができなかった魔術師だよ。在学中、僕が常に次席の椅子を温めさせられていたのは、ここにいるローズマリーがただの一度として首席の座を空け渡すことがなかったからだ。それはもう知っているよね」
ディルは私の方を一瞥して、サイプレスさんに再び問いかけた。
「だから僕はローズマリーを開拓作戦に勧誘したんだ。それでも彼女の実力が信じられないっていうのかな?」
「ディル様のお力は重々理解しております。ローズマリー様が魔法学校の順位でそのディル様を上回っていたことも。しかし魔法学校の成績だけですべてを計れるわけではありません。作戦において何より重要となるのは……実戦経験です」
その一言に、私は頭を叩かれたような衝撃を受ける。
サイプレスさんは頭ごなしに否定しているわけじゃない。
魔法学校の成績だけでは、すべてを計ることができないのは事実だ。
そして実戦経験に勝る信頼材料がないということも。
私は圧倒的にその実戦経験が足りていないと見られているらしい。
それがたとえ、ディルの推薦を受けた人物であっても。
「背中を預け合う仲間として、彼女の信用が足りていないのは明らかです。そのわだかまりを残したまま、彼女を計画に組み込めば、開拓作戦に支障が出る恐れがあります」
「……で、君はローズマリーが作戦から抜ければそれで満足なのか?」
「兵士たちの不安を払拭するのでしたら、それが最善かと思われますが、ディル様のお言葉ということもあります。ローズマリー様が開拓作戦に参加できるほどの魔術師か、今一度確かめるというのはいかがでしょうか?」
「確かめる?」
ディルが訝しそうに首を傾げると、サイプレスさんは私の方に視線を向けて、驚きの提案をしてきた。
「私と模擬戦をしていただきます。そこでローズマリー様の実力を、兵士たちの前で明らかにさせていただきたいのです」