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第一話 「花嫁失格」

「ローズマリー、貴様との婚約を破棄する」


 王都の王立劇場を借りて行われている、王立エルブ英才魔法学校の卒業パーティー。

 その催しの最中、私は婚約者であるマーシュ・ウィザーから婚約破棄を告げられた。

 巨大なシャンデリアから注がれる光で、広々としたホールは明るく照らされている。

 その中で豪勢なドレスやフロックコートに身を包み、談笑をしていた周囲の卒業生たちは、話をやめて怪訝な様子でこちらを振り返った。

 殺到した視線に居心地の悪さを感じる余裕もなく、私は放心しながら問いかける。


「り、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」


「貴様が俺の婚約者として相応しくないからだ」


 相応しくない……?

 確かに私は貧乏伯爵家の出自だ。

 自前のプリンセスラインのブルードレスは他のご令嬢たちのものと比べて質素。

 装飾のネックレスは安物で寂しい首元を誤魔化すためだけの品。

 容姿に魅力もなく、平均以下の低身長で幼さの抜けない童顔。肉付きだってよくない。

 唯一の自慢は両親譲りのつぶらな碧眼に艶やかな金の長髪だけ。


 対して婚約者のマーシュ様は、著名な資産家の一つであるウィザー侯爵家の生まれだ。

 卒業パーティー用に新調したのだろう、お金の掛かっていそうな赤と金のフロックコート。

 一級品の宝石があしらわれた数々の装飾品。

 容姿も端麗で、青髪と翠玉色の瞳は宝玉のような美しさがあり、上背も高く目鼻立ちも整っている。

 そんな彼と私では不釣り合いと言えば不釣り合いだろう。

 私たちはあくまで、幼い頃に両家の都合で政略的に婚約者同士になっただけだから。

 と思っていたら、理由はまったく別にあった。


「貴様は名門の王立エルブ英才魔法学校で首席の座を独占し続けた。そして首席のまま卒業し、歴代の首席卒業者の名簿にその名を刻んだ」


「それが何か、いけないことなのでしょうか……?」


 王立エルブ英才魔法学校。

 ソイル王国で随一と言われている名門魔法学校。

 最新鋭の環境で行われる教育は非常に厳しく、進級試験も相応の課題が用意されている。

 そのため六年の教育課程を修了できずに退学となる者が後を絶たない。

 卒業が叶っただけでも大変名誉なこととされており、その中で首席での卒業を果たした者たちはもはや英雄に近い扱いをされている。


 かくいう私――ローズマリー・ガーニッシュも、そんなエルブ魔法学校を首席で卒業した。

 しかしマーシュ様からの視線は氷のように冷たい。

 その意味を、私は今さらながら思い知ることになる。


「女のくせに魔法ばかりにうつつを抜かしおって、侯爵夫人となる自覚がまるで足りていないのだ貴様は!」


「えっ……?」


「ろくに花嫁修業の一つもせず、魔法の自主訓練ばかり……。そんなことでこの俺の妻が務まるとでも思っているのか!? エルブの首席をとったくらいで図に乗っているようだがな、貴様は花嫁として失格なのだ!」


 花嫁、失格……

 頭を鈍器で殴られたようなショックを受けた。

 私はこれでも、花嫁修業の方も抜かりなく積んでいた。

 卒業後はマーシュ様の妻としてウィザー侯爵家に嫁ぐことになっていたので、妻としての務めを全うできるように必死にスキルを磨いてきた。

 けどその努力は、マーシュ様には届いていなかったみたいだ。

 その時、タイミングを見計ったかのように、同じ卒業生の侯爵令嬢パチュリー・ユイルが、赤ドレスの裾を揺らしながらマーシュ様の隣に並ぶ。


「その点、ここにいるパチュリーはなんとも“女らしく”、手芸や舞踊に長けている。また思慮深くもあり、妻として迎えたら献身的に俺を支えてくれると確信できる」


「お褒めに預かり光栄ですわ、マーシュ様」


 パチュリーはマーシュ様の肩に軽くもたれかかる。

 そして密かに私に勝ち誇るような目を向けて、不敵に微笑んでみせた。


「よって俺は、改めてここにいる侯爵令嬢パチュリー・ユイルとの婚約を宣言する。花嫁修業を怠ってきた己を恨むことだな、ローズマリー」


「…………」


 魔法ばかりにうつつを抜かす私に呆れて、自分に相応しい新しい花嫁を見つけた。

 だから婚約破棄、と。

 ……傍から見たら、確かにお似合いの二人だ。

 パチュリーは美しい赤髪と妖艶さを醸し出すスタイルが特徴的で、女子生徒が少ないこともあり、よく男子生徒たちから注目を集めている。

 対して私は凹凸の少ない貧相な体。

 外見的な特徴だけで見ても、妻として相応しいのは間違いなくパチュリーの方だと言える。

 でもだからって、いきなり婚約破棄だなんて、お父様とお母様になんて言えばいいか……


 いやでも、思えば前々からこうなる傾向は示されていたのか。

 マーシュ様と私は特別に仲がよかったわけではない。

 あくまで私たちは政略的に婚約を結んだ関係。

 学校内でも接点はほとんどなく、すれ違っても私が一応挨拶をする程度で、向こうは徹底して無視を貫いてきた。

 その程度の希薄な間柄。

 何より私は、何を置いても大好きな魔法を優先して過ごしてきた。

 だからいつマーシュ様に愛想を尽かされてしまっても、おかしくはなかったのかもしれない。


 ――もっと、マーシュ様と仲良くしていたら。

 そんな後悔が今になって沸々と湧いてくる。

 婚約者として積極的に接して、親密な関係を築けていたとしたら、もしかしたら婚約を破棄されることはなかったかもしれない。

 むしろそれこそが、マーシュ様と同じ学校に入学した私の、婚約者としての責務だったんだ。

 最新鋭の設備で魔法を学べるからと、両親に懇願して王立エルブ英才魔法学校に入学させてもらったけど、私はやるべきことを間違えてしまったのかもしれない。


「そもそも貴様、よくもまあ平然と卒業パーティーに顔を出せたものだな」


「えっ?」


「俺を含め、他の者たちは家督の責務で勉学に勤しみ、満足に魔法の修業ができていなかった。一方で貴様は婚約者としての責務を放り、首席の座を攫っていった。誰も貴様の力など認めていない。貴様はただ他の者たちが多忙な中、抜け駆けをして首席になっただけに過ぎないのだ!」


「ぬ、抜け駆けなんて、私は別にそんなつもりは……」


 私はただ、大好きな魔法に熱中していただけなのに。

 別に首席の座だって狙ってとったわけではないし、婚約者としての責務だってちゃんと果たしてきた。

 それなのにこんな言われようをされるなんて……

 そこで私は、遅まきながら察する。

 周りの生徒たちからも、マーシュ様と同じような冷たい視線を向けられていることに。


「ハッ、ざまぁねえなあいつ」


「女のくせに首席で卒業しやがって」


「出しゃばりすぎなんだよ」


 ……あぁ、そういうことか。

 私はどうやら取り返しのつかないことをしてしまったらしい。

 誰も、婚約破棄されて困っている私を心配している人はいない。

 むしろ面白がるように笑っていたり、見下すような視線を送ってきている人がほとんどだった。

 その理由はおそらく、私が“女性”だから。


 男尊女卑で男を立てる時代。

 能力のありすぎる女性は男性から嫌悪される。

 結婚でも不利になるので、教養を身につけすぎないように大学進学をさせない家庭が多い。

 女性は男性の後ろをついて歩くのが美徳とされ、目立つような行いはすぐに叩かれてしまう。

 この名門魔法学校にも少なからずの女子生徒はいるが、彼女たちは魔法を学ぶのが目的ではなく優秀な男性魔術師たちと交流を持つために入学をしている。

 全力で魔法の勉学に取り組んでいる奇怪な女子生徒なんか、私だけしかいない。

 そして首席で卒業した私は、まさに男尊の思いを忘れた“生意気な女”ということになるのだ。


 爵位が上で旦那としての立場もあるマーシュ様は、そんな私が許せないでいるのだろう。

 私は意図せず、婚約者のマーシュ様の尊厳を踏みにじってしまっていたのだ。

 だから『花嫁修業が足りないから』というのは、あくまで婚約破棄するためのただの口実。

 私よりも女らしいパチュリーを新たな婚約者として見繕ったのも、単に私への当てつけ。

 話はすごく単純で、ようはマーシュ様はこう言いたいらしい。


 女のくせに生意気だから婚約破棄、と。


「すでに界隈には、貴様が『花嫁修業を怠った愚女』だと知られている。そんな間抜けな妻を持っているというだけで、俺とウィザー家の悪評にも繋がってくる。婚約は取り消させてもらうぞ」


 マーシュ様は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 やや資金面で苦難している我が家は、マーシュ様の実家であるウィザー家との繋がりを今は頼りにしている。

 だからもしここで私が婚約破棄されたら、家族や領民たちにさらに苦労をかけることになる。

 そのことをマーシュ様もわかっていて、圧倒的に優位な立場から私を陥れようとしていることが伝わってきた。


「女は花嫁修業だけやってりゃいいのによ」


「そもそも女なんかに魔術師が務まるはずねえんだからな」


「どうせたまたま試験でいい点とれただけだろ」


 浴びせられる非難の数々に、私は目元を熱くさせながら唇を噛みしめる。

 私はただ、大好きな魔法に真っ直ぐ向き合ってきただけだ。

 それなのにどうしてこんなに責められなければいけないのだろうか。

 私が女性だから? 男性の方が偉いから? そういう社会だから?

 そんなので納得できるわけがない。

 女性だって、魔法の分野で活躍してもいいじゃないか。

 この状況でそう強く言い返すこともできず、耐え切れなくなった私は、逃げるようにして会場を飛び出そうとする。


 しかし、その時――


「……くだらないね」


「えっ?」


 批判的な空気を切り裂くように、冷え切った声が会場に響いた。

 皆の目がそちらに集中する。

 そこには視線だけで観衆を押し退けて、騒ぎの中心に歩み寄って来る一人の男子生徒がいた。

 目元に僅かに掛かるほどの銀髪。その隙間から覗く鮮やかな緋色の瞳。

 中性的で目鼻立ちの整った顔にはシミの一つもなく、線の細い体には爽やかな青のフロックコートを羽織っている。

 周りの生徒たちから一点に視線を浴びながらも、余裕のある様子で近づいてきたその人物は……


「魔法の成績で勝てなかったからって、全員で寄ってたかって首席様を袋叩きか。みっともないことこの上ないね」


「ディ、ディル?」


 私の好敵手と呼んでも差し支えのない、次席卒業者の第二王子ディル・マリナードだった。

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