チャレンジ4回目 後編 ラスト
屋上。
僕はすっかりおなじみの死に場所にたどり着いた。
荒い息を整えるのも忘れ、首を右へ左へ動かし人影がないか探す。
だ、誰もいない。
見晴らしの良い屋上でそれを認識するのに10秒かかった。ほとんどの時間は、絶望という結果を認めるのに費やした時間だ。
も、もうダメだ……そう、落胆の海に沈みかけた僕の耳に音が入った。
風の音に紛れて本当に小さい音だがこれは……鼻をかむ音?
沙里の顔を思い出す。あいつ泣いていた。僕の一言で泣きながら怒っていた。
音は過去のチャレンジで破裂した貯水タンクの裏から聞こえている。
沙里、君はそこにいるのか。裏に回ろうとするが、寸でのところで足を止める。僕の姿を見たら沙里はまた激昂してどこかへ走り出すかもしれない。もう追いかける時間はない。
今、ここで勝負するしかない。
「聞いてくれ!」
木枯らしなんぞに負けないよう声を張る。
「僕は謝りたい。お前を傷つけたことを」
鼻をかむ音が聞こえなくなった。
「悪かった。気持ちを伝える方法が下手でごめん。僕さ、やっと気付いたんだよ。昔から一緒だったお前がさ、ただの友達だとか幼馴染だとかそんなものより、もっともっと大切だということに」
過去の思い出を―――
「自分でもビックリしたよ、お前と話すのが辛くなるほどドキドキするんだ。前は平気だったのに」
今の気持ちを―――
「でも、このドキドキが僕に告白する勇気を与えた。なあ、聞いてくれ……」
そして、2人で歩き出したい未来への希望を―――この一言に。
「僕はお前が好きだ、好きなんだ、大好きだよおおお!」
携帯電話のバイブレーションがポケットの中で響く。
16時59分。僕の命は残り1分……
沈黙。
僕と沙里はどちらも言葉を発さない。
早く、早く返事をくれっ、そう叫んでしまうのを懸命に抑えながら、僕は永遠とも一瞬とも錯覚する時間の中……待ち続けた。
やがて。
こつこつ、と足音がタンク裏から聞こえだした。こちらに向かって歩いてくる。
沙里、僕の告白に応えてくれるのか。
僕は涙を浮かべながら笑顔で迎えた。
「ありがとう、さ…………ほぇ?」
もう嫌だ。我が人生、どうしてこんな予想もしない展開を好むんだ。
貯水タンクから姿を見せてくれるのは沙里じゃなきゃおかしい。ここまで来たら普通、ヒロインが出てきて告白を受け入れ、リミット数秒前で逆転ホームラン!
あとは沙里の肩に腕を回して夕日を見ながら『THE END』でいいじゃないか。どうして素直にその展開へ持っていかないのだ。おい神様よ!
貯水タンクの裏から現れたのは―――秋彦だった。
「そ、そのなんだ……」
髪をかきながら恥ずかしそうに出てきた。なぜお前がタンクの後ろにいる?
「お前を怒らせてしまって……屋上で頭を冷やしていたんだ」
今の僕なら頭だけでなくて全身を冷やしてあげるよ。それも二度と温まることのない身体にしてあげる。
ってもう時間がない。
沙里はいない。告白出来ない。生き返る条件を満たせない。
つまり、つまりつまり!
駄目だ。やっとここまで来たのに……死にたくない、うわああああああああああああ。
「俺も好きだ」
うわああああああああ…………あ?
今……なんと?
秋彦の顔が気持ち悪いくらい紅潮している。夕日のせいでは済まされないほどに。いや、まじで夕日のせいにしてください。潤んだ瞳が僕の背筋を絶対零度まで凍らせる。
「嬉しいよ、こんな気持ち、きっとお前は理解してくれないと思っていたからさ。まさか両思いだったなんて……こんなに素敵なことはない」
ちょっと秋彦さん!冗談と言ってくれ。
でも、それは冗談でも何でもなかった。僕は携帯を見た。
『17時1分』。
僕は生きている。やっと生き返られたんだ!と、涙流して喜ぶところなのに、『生き返った=秋彦が本気で僕の告白を受け入れた』という式が成り立ってしまうことに別の涙が流れそうだ。
「てっきりお前は沙里のことが好きだと思ったよ。劇の相方に指名なんてするからさ……失恋したって本気で泣きそうになった」
いや、僕が好きなのは沙里だよ。輪廻転生を繰り返しても秋彦を好きになることは未来永劫ないよ。
そういえば……これまでの秋彦の言動が蘇る。
チャレンジ2回目で思わず飛びついた時、特に嫌がらなかった秋彦。僕が校舎裏に誘った時、妙にそわそわしていた秋彦。他にも色々……そうだ、秋彦にフッてもらった時の松原さんの豹変も説明が付く。秋彦の奴、僕が好きなのであなたとは付き合えない、とか言ったんだろう。そりゃ後でのこのこやって来た僕に彼女が怒り狂ったのも無理のないことだ。
松原さんへの告白を応援したのは、僕の告白が成功することはない余裕の表れか。対して、沙里の場合は告白がうまくいくと思い、妨害に出たのか。
なんてことだ。考えれば考えるほど、秋彦がホモサピエンスからサピエンスを引いた種類の方だと確信してしまう。
「ちょっと待ってくれ、これは誤解なんだ」
「待つのはもういいだろう。もう我慢しなくていいよな」
秋彦がじわじわと近づいてくる。ライオンよりこえぇぇぇ!
逃げ出そうとしたが、秋彦にガッチリ抱きしめられた。
うげええ、たくましい胸板が顔に当たって……男臭が容赦なく鼻に入りこむ。脱出しようともがくが、秋彦のロックは強固過ぎてビクともしない。
し、死なせてくれ。
明彦に抱かれ続けるくらいなら、一思いに死なせてくれ。
柳田さん、お仕事ですよ……あはは。
僕の意識が朦朧とし、いよいよやばくなってきた時。
乱入者が現れた。
「良かった、ここにいたんだ」
沙里、お前はどうして変なタイミングでしか現れないんだ。
胸板の隙間から見えるその表情は先ほどとは打って変わり、なぜか生き生きとしている。
「ねえ、さっき松原さんに会ったらね。劇のヒロインを譲る、って言ってくれたの。感謝しなさいよ!お望みどおりヒロインになったんだから。大したことないって言ったあんたの考え、必ず変えてやるわ!」
悲しみをバネにして自ら立ち直ったようだ。本当にタフな女の子だ。
「………って男同士で何抱き合ってんの?」
「沙里、いい所に来た」
ようやく秋彦が拘束を解いた。僕は急いで距離を取って、大きく深呼吸して体内の空気の入れ替えに勤しむ。
その間に秋彦と沙里は、
「俺はこいつと付き合うことにした」
「秋彦、まだ春には半年もあるのよ。脳にお花が咲くのは早いわ」
「負け惜しみの皮肉か」
「違うわよ!まったく元々そっちの系の人間だとは気付いていたけど……やるんなら他の男子にしなさいよ!」
「俺はそっち系じゃない。たまたま好きになったのが男のこいつだった、それだけの事だ」
「なお悪いわ!」
と、口喧嘩を始めた。
はは、なにこの三角関係。矢印の方向が間違っていないか……
僕はけたたましく悪口の応酬を繰り広げる2人から離れ、茜空に見上げた。
「ぷぷぷ、やっぱりあなたほど眺めていておもしろい人はいませんね」ドSな人の声を聞いた気がした。
まあ、ともかく生還おめでとう、僕。
問題は山済みだけど。
劇のことも、これからどう元親友と接していけばいいのか未定だけど……ゆっくりこなしていこう。
もう1時間なんてムチャなリミットはないんだから。恋でも何でも時間が必要なんだよ。
とりあえず最初に解決すべき問題は……
僕はため息1つ、幼馴染2人をどう治めようか考えあぐねながら、罵詈雑言を並べ立てる彼らに近づいて行った。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。直球の恋愛小説を書けるほど、自分は経験豊富ではないので…… このようなコメディーとファンタジーを組み合わせた作品になりました。この小説が、皆様に僅かでも有意義な時間を提供出来ていたら幸いです。