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チャレンジ4回目 前編

 「告白はうまくいきそうか?」


視界が開いた時、目の前にはいつもの明彦がいた。僕は彼にいつもじゃない返事をする。


「告白か……ああ、必ずやるよ!」


全身に力がみなぎる。気力が充実している。最後のチャレンジに挑むにあたり、最高のコンディションと言えるだろう。


 沙里と早く話したい、と思った。

 生まれたばかり、いやもしかしたら気づかないうちに育てていたのかもしれないこの想いを告白したい、と思った。



 でも、その前にやるべき事がある。


 秋彦との会話を早々に切り上げ、僕は廊下から教室に戻った。まだHRには早い。窓際で紅葉の木々を眺める松原さんの席に向かう。


「松原さん」声をかける時、以前感じた胸の高鳴りはなかった。

「……なに」約束の時間には早いんじゃない、目がそう言っている。

「放課後の約束、なかったことにして欲しいんだ」


 まずは、約束を無効にしなければならない。

 僕が告白すべき人は、松原さんじゃない。


「構わないけど……」

松原さんとしては、面倒ごとがなくなって気が楽になっただろう、声が少し軽くなった。


「ごめん、勝手で」

僕は頭を下げて、彼女の席から離れた。



 次は……

 僕は携帯電話をポケットから取り出した。タイマーを16時59分にセットする。

 これは警笛だ。

 もしタイマーが鳴ったら、どんな状況だろうと告白を敢行する。場所や周りに誰かいようと関係ない。四の五の言っている暇はない。

 最悪、沙里が近くにいない可能性もある。その場合は、文字通り死ぬ気で道行く女性相手に声をかけなければならない。告白が成功する確率は限りなく少ないだろう。まあ、そもそもタイマーが鳴った時点で僕の死は十中八九決まりだ。焦ってうまくいくわけがない。

 そう考えると、タイマーは警笛でもあり、死神の鈴のようでもある。


「一体どういうことだ」

携帯電話を操作していると、秋彦が話しかけてきた。僕と松原さんのやり取りを見ていたようだ。

 あの世とこの世を行ったり来たりしていた僕とは違い、秋彦感覚では今の今まで「よ、よし松原さんに告白するぞ」とへっぴり腰で息巻いていた僕が反転告白を止めたのだ。疑問を持たずにはいられないのだろう。


 教室では人目が多い。僕は秋彦を廊下に連れ出し、気持ちを吐露することにした。


「見ての通りだよ」

「松原さんに告白するんじゃないのか?」

「それは取り止めだ。秋彦、僕はね……ようやく本当に好きな人が分かったんだ」

「はぁ?」

「だから告白はその人にする」


僕のぼかしたような言い方に、秋彦の眉が八の字を作る。まだ納得できないようだ。

 もし僕が沙里を好きだと言ったら、秋彦は驚くだろうか、それとも「頑張れよ」当然のように応援してくれるのだろうか。何にしろ親友には先に言っておこう。


「僕が告白するのはね……」


そこで言葉を止めた。目当ての人物が姿を現したからだ。






「ちょっと~、もう休み時間は終わり、HR始めるわよ。教室に戻んなさい」



 おかしい。


 いつも聞く沙里の声なのにどうして……こんなに僕は動揺しているのだろうか。

 いや、告白しようと意識はしているけど、まるで松原さんの前に立ったかのように身体が緊張する。


 おいおい、大丈夫なのか僕は。

 気心の知れた仲だから、告白だっていつもの他愛無いやり取りのように済ませられるかも……そう考えていたのに。今の僕にとっては、沙里と日常会話するだけでも大変そうだ。


「何持ってんだ?」

「台本よ。役者の分、刷ってきたの」


台本を抱える手に怪我はない。獰猛な肉食獣の牙で血まみれになっていない。当然のことだが、僕は心から安堵した。


 さて……

 今すぐ告白すべきだろうか……いや焦っては事を仕損じる、という。

 想像するんだ。

 もし僕が廊下でいきなり「あんたの事が好き」と沙里に告白されたとしよう。すぐに「僕もだ」とOKするか?

 いや、それはないよな。「何の冗談だ」と思うのが落ちだ。

 

 ムード、そうムードが必要なんだ。特に互いを空気のように感じている僕と沙里の間にはムードが圧倒的に不足している。それを補うには……



「沙里、聞いてくれ」

「ん、なに~?」

秋彦に台本を押し付けながら、沙里が僕の方を向く。


「僕は主役をやろうと思う」

「おどろき。どういう風の吹き回しよ」

「どうしてもしたくなったんだ。それでさ、良かったら……」


まだ告白じゃないのに、僕の胸が高鳴る。




「沙里にヒロイン役をやってもらいたいんだ」




「……………」



 勘の良い人が聞いたら、これだけで告白と取るのではないだろうか。

 沙里は固まっている。

 「どういう風の吹き回しよ」と言った僕を小馬鹿にした表情のまま。きっと表情の制御を後回しにして、頭が今の言葉の真意を大急ぎで解析しているのだろう。

 あっ、だんだんと顔が赤くなっていく。



「……………」



 あれ、隣で聞いていた秋彦も固まっている。こっちはだんだん顔が青くなっている。

 なぜだ?


「あ、あのさ。出来ればで良いんだ。考えておいてよ」


2人の反応が思ったより大きく、言った僕まで動揺する。気まずくて恥ずかしい。とりあえずお願いしたし、後はHRを待とう。


 固まったままの2人から逃げるように僕は教室に戻った。





 今までの経験上、きっと沙里はヒロインになってくれるはずだ。後は台本の読み合わせで、愛の言葉を言い合ううちに良い雰囲気になって……告白する。

 うん、これがベストだろう。自分の席で今後の流れをシミュレーションする。

 時折、黒板の上にかかっている時計に目に入れるのも忘れない。後50分。もうコンティニューは出来ない。この50分で生か死かはっきりする。この胸の動悸の激しさは沙里を意識しての事だけでなく、迫り来るタイムリミットへの焦りも起因しているのだ。

 



 「じゃあ、主役を決めます」




 HRの最初は、これまで通り主役決めからになった。まずは僕が立候補して、主役の座に座らなければいけない。


「立候補者はいる?」


沙里が僕を見る。沙里らしくない儚げで期待するような視線だ。僕はそれに応える。



「はいっ!」

手を垂直に伸ばし、やる気をアピールする。

 

 「おおお~~~!!」前回と同様に周りから驚嘆の声がする。しかし、記憶より声が大きい。

 それもそのはず、今回の立候補者は2人いたのだ。



「秋彦、お前……」

「悪いな、主役は譲れん」


秋彦も手を挙げている。僕より身長がある分、迫力のある挙手である。僕は初めてこの親友を怖い、と思ってしまった。


 本当にこのHRは予想通りに進まない。前回は沙里が意外な行動に出て、今回は秋彦だ。

 何が秋彦を突き動かしたのか……考えられるのは1つ。僕が沙里にアプローチをしたことだ。あの時、秋彦は顔を青くして動揺していた。もしかして、秋彦が言っていた好きな人って……沙里のことなのか。


 秋彦は女子に紳士的な態度を取る。しかしそれは言い方を変えると、女子に距離を取る態度である。そんな秋彦の例外が沙里だった。沙里だけには心置きなく会話をしていた。秋彦は沙里を特別視している、それは幼馴染だからだと思っていた。だが、そこに恋愛感情があったとすれば……恋心をついさっき自覚したばかりの僕より、秋彦の思いはずっと大きいのではないだろうか。


 「え……え~と。ど、どうやって主役を決めようかな?」


沙里も秋彦の行動に困惑しているようだ。いつもの快刀乱麻な手腕が見られず、立候補者2人の処遇を決めあぐねている。


 「それなら多数決は?」クラスメートから意見が出る。多数決、それは人気者を選出する数の暴力。人望厚い秋彦が圧倒的に有利だ。


「ちょっと待ってよ。劇の主役なんだから演技力が高い方を選ぶべきだ」

たまらず僕は意見した。


 チャレンジ2回目でやった秋彦の演技を思い出す。あれくらいなら僕にだって勝機はある。


「そ、そうね。じゃあ、台本の適当な箇所を2人に読んでもらって決めちゃおう」


 沙里が賛同してくれた。多数決では僕が負けてしまうと分かって、肩入れしてくれたのだろうか。

 そうであって欲しい……もし、沙里が秋彦のことを特別に思っていた場合、僕は死ぬ。


「分かった。だが、演技勝負なら相方が欲しい。ヒロインを先に決めて、ヒロイン役の人との掛け合いで勝負しよう」




 秋彦の提案に添って、先にヒロイン選出から行うことになった。沙里は僕の頼みを聞いてくれるだろうか。ある程度の自信があっても、


「あたしがやるわ」

と名乗り出た沙里を見るまで僕の心拍は早いリズムを刻んでいた。


 良かった、沙里は応えてくれた。


 後は秋彦との勝負に勝てば……と思ったのだが、さらなるイレギュラーな事態が発生してしまった。







 こっちでも候補者が2人出たのだ。



「私も立候補します」



 松原さん、なんでだよ……

 

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