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チャレンジ3回目 後編

 

 風になびく髪を抑えながら、目当ての人物は夕日で照らされた屋上に立っていた。

 赤く染まる空、幾重もの層をなして轟々と流れる雲、その下で佇む美女。まるで絵画の1枚として美術館に飾られてもおかしくない光景だ。

 過去のチャレンジでも見た光景なのに、どうしてか今回は特段に惹かれるものがある。きっと僕が生き残る勝算を持っていて、物事をポジティブに感じる余裕があるからだろう。


 「ご、ごめん。待たせちゃって」息を整えながら謝罪する。

「いいです。用件は何ですか?」

早く話を切り上げたいのだろう、松原さんの口調は簡潔だ。だが、時間がない僕としてはありがたい。


「これを一緒に読んでよ」

台本を片方差し出す。

「えっ?」

そりゃ驚くよね。放課後の屋上に異性から呼び出されれば、十中八九色恋ごとだと思うものだ。松原さんだってその覚悟でやって来たのだろう。


「さっきのHRで話していた劇の台本。松原さんにヒロインの台詞を言って欲しいんだ」

「ヒロインは沙里ちゃんに決まったじゃないですか。2人で読み合わせした方が良いと思います」

「分かってる。けど、僕は松原さんと読み合わせしたいんだ。お願い!1回だけでいいから」

「……嫌です」


唐突であるし、気味が悪い頼みごとだ。まあ、普通の人なら受け入れないだろうね。けど、何としてもやってもらう。僕には切り札があるんだ。


「遠野秋彦」


親友の名前を出す。松原さんが固まる。


「好きなんでしょ、秋彦のこと」

「そ、そんな……どうして知っているの?」


秋彦に知られたら殴られたって文句は言えないな。自分で最低の事をしているのは承知の上だ。

 正直この方法を使えば、松原さんと恋人関係になることは未来永劫ない。

 けど……僕は松原さんより命を取る判断をした。なり振り構っていられる余裕なんてない。


「秋彦に対する態度を見れば一目瞭然だよ。それでさ、秋彦は僕の親友なんだ。僕ならうまく秋彦との仲を取りもってあげるよ」

「本当ですか、ウソじゃないですよね」


あっさりと食いついてきた。よほど秋彦のことが好きなんだろう。自分の思惑通りに話が進むのに、僕の心は傷つく。脈がないことを再認識してしまった。


「もちろんだよ。松原さんの良い噂をそれとなく秋彦に言い続けようか。休日の秋彦の予定をリークしても良いさ。たまたま町で会ったならお茶くらい一緒に出来るかもしれないよ」

稀代のペテン師になった気分だ。もし生き返るのに失敗したら、柳田さんに地獄へ送られるかもしれない。僕の自己嫌悪が激しくなる。しかし、それだけの成果はあるようで

「分かりました。1度だけですよ」

ついに松原さんを動かすことに成功した。




 屋上の真ん中で、2メートルほど離れて松原さんと対面した。


「1ページ目からします?」

「ちょっと待ってね」

時間がないので、告白シーンだけやろう。僕はパラパラと台本をめくって、甘い話のピークを探す。


 ん、これかな。

「17ページだけでいいよ。僕の『月が綺麗だね』から」

「ああ、ここですね……あぁ」


松原さんは17ページがまるまる告白シーンだと気付き、『あぁ』とこぼした。現実じゃ決して言われないからって演劇を使って私に告白させる気なの、この変態。目がそう言っている。

 あれ、おかしいな。生き残るためにやっているのに、死にたくなってきたぞ。



 ともかく読み合わせが始まった。



主人公「月が綺麗だね」


ヒロイン「そうね、吸い込まれそうなくらい素敵」

ちょ、松原さんったら超棒読みだ。やる気0だ。


主人公「百万ドルの夜景と、煌びやかな夜空。どちらも美しい。でもね、僕はそれ以上に美しいものを知っているんだ」

うおおぉぉ、なんてベタな台詞。歯が浮く。


ヒロイン「なにかしら」


主人公「君だよ」死ぬ!恥ずかしくて死ぬ!


ヒロイン「まあ」


主人公「冗談じゃないよ。こんな美しい君は罪だ。僕が逮捕しなきゃいけないな。ずっと僕の隣にいてもらう」


ヒロイン「それって……」


主人公「ああ、君が好きだ。僕と一緒になってくれ」

言った!言ったぞ。さあ、後はヒロインの承諾する台詞を!


ヒロイン「ふふふ、情熱的ね。私の答えは……





 バン!


 「見つけたーーー!」


 


 ヒロインの台詞を中断させた轟音は、屋上の扉が蹴り開けられた音。

 続いての野獣のような叫びは憤怒の追跡者・沙里のものだ。

 神様は僕が嫌いなのだろうか。僕の人生を平々凡々と流してはくれないのだろうか。


 

 「さ、沙里ちゃん」


 松原さんが狼を前にした子ヤギのように怯えている。

 僕も子ヤギだ、メェー

 のっしのっしと沙里が僕らの方に歩いてくる。超怖い。


「ねえ、松原さん」

「な、なんでしょう」

「台本返して下さる?」

「は、はい!どうぞ」

ああ、せっかくの台本が。


 松原さんはおっかなびっくり沙里に近づき、台本を差し出した。沙里はそれを目にも留まらぬ早さで手中に収める。


「ち、違うのよ。沙里ちゃん。私は」

「あの馬鹿の誘いで来たんでしょ。ごめんね迷惑かけて。あたしからしっかり言い聞かせておくから帰っていいわよ」

「あ、ありがとう。じゃあ私はこれで」


松原さんが全速力で出口へ走っていく。この空間に長居するのは危険だと判断したのだろう。その判断は的確だよ、松原さん。君は長生きするタイプだね。


「あたしと読み合わせをしなくて、どうして松原さんと読み合わせていたの……」

対して僕は長生き出来ないタイプだね。今まさに命の炎が燃え尽きようとしている。


「これにはエベレストより高く、日本海溝より深い理由があるんだ」

「あたしの怒りは火星のオリンポス山より高く、マリアナ海溝より深いのよ」

ダメだ。まったく太刀打ち出来ない。


「松原さんがそんなに良いの!やっぱり顔なの!」

沙里の手が僕の襟を掴み、締め上げる。

「どうしてあたしじゃいけないの。言ってみなさいよ!ほら、ほら、ほら!」

どんどん締めが強くなっていく。死ぬ気で沙里の手を引き離そうとするが、微動だにしない。化け物め……


「ぐおおおっ」

自殺で一番痛いのは首吊り、って前に聞いたけど本当だ。首を締め上げられ、息が出来ないことがこれほど苦痛とは。

 あっ、でもだんだん何も感じなくなってきたぞ。血液の流れが遮断され、すーと意識が遠のく。

 もしかして今回の死因は、幼馴染の女の子による絞殺ですか。これまたスキャンダラスな死に方だな……おっ、川の向こうで柳田さんが手を振っているぞ。お~い。

 

 そんなあの世とこの世の境目にいた僕に、苦痛がぶり返してきた。


「ごほっごほっ……あぁ、うぇ……はぁはぁ」

膝を付き、必死で酸素を取り込む。沙里が手を離してくれたのか。17時になる前に臨死体験をしてしまった。

「練習、するわよ」有無を言わせない迫力の声が、倒れた僕の上から降りかかる。

「い、いえっさー」

僕の中からNoという言葉が滅亡した。これからは軍隊のブートキャンプよろしく肯定以外の返事は存在しない世界だ。



 やがて呼吸が整った。僕は首をさすりながら、えっちらおっちら立ち上がる。

「台本を」

「も、持ちました」

「1ページ目のあんたの台詞から……はい、読んで」

「…………」

「読んで」

「……………」

「何しているの、読みなさいよ」

「………………ねえ、僕から離れて」


 どうやら17時になったようだ。あの世からのお迎えが来てしまった。

 

 ヘリコプター落下や貯水タンク破裂、とありえない現象によって死に続ける僕。今回も洩れずにありえない死に様になりそうだ。


「どこ見ているのよ……っ」

僕の視線を追った沙里が絶句する。屋上の扉の前に僕をあの世に導く使者が立っていた。

 平和な町の、平和な学校、その屋上に現れた使者は壊滅的に場違いだった。





「ガァオオオオ」




 ウソみたいだろ、ライオンなんだよ。



 動物園かテレビの中でしかお目にかかれない百獣の王が、松原さんが開けっ放して出て行った扉からこっちに向けてじりじりと近づいてきているんだ。

 

 どうやって動物園から逃げ出したの?どうやって学校まで捕獲されずに来れたの?どうやって屋上までたどり着いたの?

 疑問は湯水のように湧き上がる。分かるのは、死の運命はとんでもなく理不尽なことだけ。

 先ほど松原さんの髪が風になびくのを見た僕は興奮した、現在黄金色のライオンのたてがみが風になびくのを見た僕はまた興奮している。興奮のベクトルはまったく違うが。


 動物園にて檻の中にいるライオンを「かわいいな。寝そべっている姿なんて猫みたいだ」と評した自分を殴りたい。どこがかわいいんだ。恐怖が具現化したみたいじゃないか。ライオンとの距離が近づくほど、その隆々とした体格、獲物を前に舌なめずりでもしているかのような息遣い、夕日に照らされすでに血に塗れたような牙が認識出来るようになった。漏らしていいですか。

 

 隣で沙里が震えている。彼女を巻き込んではいけない。僕はいいんだ、まだ生き返るチャンスがあるから。でも、沙里は死んだらそれまで。彼女をライオンから遠ざけるくらいの男気を見せて、今回のチャレンジの幕引きにしよう。


 「僕がライオンの気を引く。沙里はそのうちに扉まで走って」

「ば、馬鹿言わないで。あんた死ぬわよ、死んじゃうわ」

「大丈夫、僕を信じて。いいね」

「よ、良くない、絶対無理よ。待って」

待たずに僕は横へと走り出した。


 急に動いた僕をライオンは的に選んだようだ。サバンナのハンターとして相応しい跳躍で僕との距離を一気に詰めてくる。

 ああ死んだな、こりゃ。と諦める時間さえ与えてもらえず、僕はライオンに押し倒された。200キロの巨体に押し潰され、身動き1つ取れない。押さえつけるライオンの手、その爪が制服を破って胸まで突き刺さる。泣けるほど痛い。


 獰猛な顔が目の前にある。涎なのか唾液がぽたぽた落ちて顔にかかる。

「グゥゥオオオ」

いただきます、とでも言ったのかライオンは一度唸り、僕の首もとを狙って牙を立てた。

 ちくしょう、やるなら一気にやってくれ。即死で頼むよ、これ以上の痛みは勘弁だ。





「うわあああああ」




 僕の悲鳴じゃない。沙里の叫びだ。

 唯一動かせる首で沙里の方を見る。

 沙里が泣きながら上履きを手にし振りかぶって……っておい止めろ。そんなことしたら!

 

 沙里は一流の投手になれるかもしれない。こんな危機的状況で、上履きという投げるに適さない物を、10メートルほど距離のあったライオンに見事1発で当てたのだから。

 

 獲物が沙里に変わった。身体が楽になる。ライオンが僕の上からどいたのだ。

行かせていけない。腕を伸ばし足でも尻尾でも何でもいいから掴もうとする。しかし、雷が地を這うように移動するものに対し、僕の手は空を切るしかなかった。沙里が絶叫する。




「きゃああああああああ」

「や、やめろぉぉぉぉ!」


 全身の悲鳴に耐え、急いで起き上がる。沙里は!


 ライオンが今まさに沙里に覆いかぶさったところだった。沙里の細い首を骨ごと噛み切ろうと牙が迫る。沙里は咄嗟にそれを腕で防ぎ、


「ああああああああああぁぁぁ」


首の代わりに腕を犠牲にした。牙が深々と刺さる。白い制服の裾があっという間に朱に染まる。


 よせ、死ぬのは僕だけで十分だ。沙里を、沙里を殺させるものか。

 僕はライオン目掛けて地を蹴った、


「うおおおおおおお!!」


沙里の腕を残酷なまでに弄ぶその憎たらしい顔に目掛けて渾身の蹴りを放つ。ボクシングで言えばヘビー級ボクサーへのストロー級の攻撃だ。ダメージはない。

 ただライオンの機嫌を損なうことには成功した。ライオンは血まみれの沙里の手を離し、こちらを向く。


 相手が体制を整える前に僕は反転し走った。あのフェンス目掛けて。

 ライオンを倒すにはあの方法しかない。瞬間的にそう判断したのだ。

 これまでに2度僕の命を奪った壊れかけのフェンス、その前までライオンを移動できれば。

 

 背後の気配が近づく。ちゃんと追いかけてきている。沙里の様子、ライオンの様子。気になるところだが、振り返る刹那すらおしい。コンマ1が命取りだ。

 距離にして十数メートル、時にして一瞬。それが僕とライオンの追いかけっこで……その結果は僅差だった。

 


 フェンスが間近に迫る。

 まずい、ライオンをフェンスまで誘うことしか考えていなかった。急停止しなければそのままフェンスに激突して、僕だけが真っ逆さまだ。

 と、止まらない。やばい、という心配はすぐに杞憂となった。フェンスにたどり着くと同時に、爆風のような暴力が僕を飛ばした。

 僕とライオンは一緒にフェンスにぶつかった。フェンスが僕らを飲み込みながら傾いていく。予想通り!


「!」


 その時、沙里の声がした。日本語になっていない振り絞った壮絶な声が耳に入った。

 なんだ、元気そうじゃないか。あれなら死ぬことはないだろう。僕は安堵しながら重力に引かれ……







 ライオンと共に仲良く地面に叩きつけられ……高校生という若い身でこの世を去った。







 「大したものです。見直しましたよ」

ぱちぱちと拍手しながら柳田さんが迎えてくれた。


「けど、今回も失敗して……後1回しかチャンスないんですよね」

「ええ、泣いても笑っても後1回です。どうです、自信はありますか?」


3回目のチャレンジは良い所まで行ったと思う。沙里の邪魔というイレギュラーがなければ今頃ライオンに襲われることもなく家路に着いていたはずだ。


「はい、次はバッチリ決めます」

「沙里さんを守った勇気に敬意を払いアドバイスしますが、台本の読み合わせは台本の読み合わせでしかありません。『告白を成功させる』という条件には当てはまらないですよ」

「マジで!」


こ、ここまで来てそりゃないよ。じゃあ、3回目のチャレンジはすべて無駄だってことか。肩がガクッと下がる。チャンレンジ回数は1つしか残っていないのに、生き返る糸口がまったく分からない。


「ヒントをきちんと考えましたか?」

ヒント、って成功条件を確認しただけじゃないか。『告白を成功させる』、これに何が隠されているって言うんだ。


「あなたの好きな人は誰ですか?」

「唐突に何を」

「答えてください」


柳田さんの様子が変だ。人に苦痛を与えるのを生業に生きているSだと思っていたのに……この柳田さんと話していると、口調が違うものの秋彦と話している錯覚に陥る。すなわち僕のことを真に思いやり、助けようとしている人と共にいる感じだ。


 僕は質問を突っぱねず、素直に返答することにした。

「……そりゃ松原さんです」

「今、考えましたよね。あなた、本当に松原さんが好きなのですか」

「もちろ「ウソです!」

言葉を切断された。


 これまでに見たことのない毅然とした態度で柳田さんは、僕の心中を攻める。


「確かに初めて会った時のあなたは松原さんを好きだった。しかし、チャレンジを繰り返すうちにその想いは薄れていったのではないですか。あれだけ素っ気無い態度を取られれば無理もありません」

「な、何を証拠に」

「3回目のチャレンジ。あなたは秋彦さんをダシにして、松原さんと台本の台詞合わせを行うことに成功した。あなただって気付いたはずです。それでは松原さんに一生軽蔑される、関係の修復は不可能だと」

「でも、それは命を繋ぎとめるためです。たしかに松原さんのことは好きですが……自分の命には代えられません」

恋や愛が地球より重いなんて真面目な顔で言う人もいるが、僕は命第一主義なんだ。


「つまりは松原さんに対する気持ちなど、その程度なんですよ。私はこれまで様々な人の水先案内を行いましたが、愛する人のために命を投げ出す人は珍しくありませんでしたよ」

僕の気持ちは軽いのか……すぐに言い返さず、こうやって考えている時点で認めてしまっているのかもしれない。


「諦めましょう。『松原さんへの告白を成功させる』など」

「なっ!僕に本当に死ね、と言うんですか!」

「いい加減気付きなさい。このヒントに、そしてご自分の気持ちに」

柳田さんが僕の肩に手を置き、真剣な目で見つめてくる。


 気付く……そうだ。今、柳田さんは『松原さんへの告白を成功させる』と言った。成功条件は『告白を成功させる』こと。似ているようでこの2つは大きく違う。柳田さんの提示した条件に、告白対象は指定されていない。


 つまり、告白を成功させるべき相手は、松原さんでなくても良い。そういう事なのか……


「でも、僕には松原さん以外に告白する相手なんて……それに告白を受け入れてくれる人なんて……」

「いるじゃないですか。あなたのすぐ近くに」



 なぜか、沙里の顔が僕の脳裏に浮かんだ。

 僕を助けるために上履き投げた時の、あの涙混じりの顔が。



 そういえばあの時、僕は自分の命など計算せず沙里を助けようとした。自分の命など勘定に入れず、ごく当たり前のように囮になろうと思った。

 愛する人のために命を投げ出す……もし、生き返るチャンスがなかったとしても、僕は同じ行動をしたのだろうか。


「柳田さん、1つ教えてください」

「なんでしょう?」

「どうしてこんな成功条件にしたんですか?」


このゲームは柳田さんの「テンプレートに従いたくない」という捻くれた考えから始まった。それだけの理由ならばこんな言葉の裏をかいたような成功条件にする必要はない。素直に松原さんと恋仲になれなかったらアウト、とか分かりやすいものにすれば良いのだ。


「水先案内人とは、ですね……」

柳田さんがポツリと語りだした。


「亡くなった方をスムーズに天国か地獄に連れて行かなければなりません。しかし、それだけが仕事ではないのです。例えば、あなたのように不運な死を遂げて未練を残したまま亡くなった場合、私たちは極力生き返るチャンスを与えることにしています。生を全うした人か、他人を不幸にした悪人以外には天国への扉も地獄への扉も堅く閉ざすべき。それが掟だからです」

「それなら単純に生き返らせれば良いじゃないですか。なぜ条件を付けるんです?」

「未練を残して亡くなった人は、たいてい大きな問題を抱えた方々です。私たちが突き出す条件は、それら問題を解決するヒントを秘めているのです。生き返る条件を満たす、それは同時に実りある生を謳歌する一歩にもなるのですよ」


 僕の場合、松原さんへの恋に区切りを付けて新しい恋を探せ。条件の裏にそんな意図が隠されていた。

 本当に生き返った時、僕の隣には……



「なんとなくですが、言いたい事は分かりました。ありがとうございます、柳田さんはドSな人と思っていましたが、そこまで考えていたなんて」

「はは、いいんですよ。ドSは否定しませんから」

しないんだ。

「それにお礼を言うのはまだ早いですよ。ルールはルールなので、次のチャレンジが失敗すればあの世行きは確定されます」

「大丈夫です」


 沙里のことを想う。

 僕の最古の記憶は、沙里と秋彦と一緒に遊んでいた光景だ。それから人生の大半を共に過ごしてきた。苦楽を共にした、と言っても大げさじゃない。

 いて当たり前、だからこそ特別な気持ちを持つことがなかった。

 でも、なんだろう。さっきから沙里のことを考えると胸の動悸が不安定になる。まるで、松原さんに恋焦がれていた時のように……

 今ならもう一歩、沙里との関係を深めることが出来るような気がする。ライオンを前に、僕も沙里も自分の命より相手を守ろうとした。その絆の強さを信じる。




 僕は……沙里に告白しようと思う。




「今度こそ胸を張って言えます……僕は大丈夫です。お世話になりました」

深々と頭を下げる。次に柳田さんと会うのは、ずっとずっと未来だ。


「あの人と結ばれることを祈っていますよ……ふふふ」

最後に柳田さんは笑った。ドSにふさわしい笑みで。



 ふっと視界に靄がかかる。

 どうやら最後のチャレンジが始まるようだ。

 


 僕は沙里に会ったらどんな言葉をかけようか、と考えると同時に……あっ、やっぱりデコピンは必要ないんだ、柳田さんは本当にドSだ、と思った。


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