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チャレンジ3回目 前編

 廊下、秋彦との会話中に戻ってきた。

 今回はデコピンの痛みを堪え、何とか秋彦に感付かれずに済んだ。


「告白はうまくいきそうか?」

「いや絶対に無理だ」

過去3回撃沈した実績を胸に僕は自信満々に答えた。


「おいおい」

「所詮不可能な話なんだよ。秋彦のように優秀でもなく周りから信頼もされていない僕に、松原さんが振り向いてくれるわけないんだ」

「自分を卑下するな。確かにお前はドジで情けない所もある。けど、良い所だってたくさん持っているぞ」

秋彦が弱気な僕を叱咤激励してくれる。熱い友情を感じずにはいられない。なんて良い奴なんだ。


 でも、秋彦。ダメなんだよ。

 松原さんはそんな良い奴の君を好きなんだ。僕に入り込む隙はない。




 「ちょっと~、もう休み時間は終わり、HR始めるわよ。教室に戻んなさい」



 チャレンジ2回目と同様、紙束を抱えた沙里がやって来た。

 もう時間か。

 HRの後はすぐ放課後、告白タイムだ。このままじゃこれまでと同じくフラれてあの世行き。

 何か行動を起こさないと、何か!



「何持ってんだ?」秋彦が興味を示す。

「台本よ。役者の分、刷ってきたの」

「大変そうだな、持ってやる」

「サンキュ秋彦。いや~、か弱いあたしには台本は重くってね~」


沙里から紙束が秋彦に渡される。

 あの紙束は台本だったのか。台本……台本ね……


 チャレンジ1回目のことを思い出す。

 沙里の陰謀で主役を押し付けられた僕は、嫌々台本をめくったんだ。あの、さとうきびジュースのように甘ったるい恋愛物を……れんあい……告白……ん、もしかしたら。


 「沙里!」

「きゃ、なによ大声出して」

沙里に詰め寄る。


「その劇に告白シーンはあるか!その、主人公がヒロインに告白するシーン!」

「あるにはあるけど、何?あんた劇に興味あったっけ?」

「告白あるんだな!もちろん成功するよな。主人公がフラれて屋上からダイブなんて話じゃないんだな」

「はぁ~?屋上?ダイブ?どこの馬鹿な話よ」

ここの馬鹿の話だ。


「成功するわよ。でなきゃハッピーエンドにならないでしょ」

「おっしゃーーー!」

期待通り過ぎて思わず僕はガッツポーズを取ってしまった。

 これだよ、この方法なら告白を成功させることが出来る。

 


 つまりだ。

 僕を主人公、松原さんをヒロインにしてしまえばいいんだ。そうすれば演劇の練習と、かこつけて告白が出来る。

 僕が「好きだ」と言って、松原さんが台本通りに「私もよ」と言えば、それで『告白を成功させる』という条件はクリアーされるのではないだろうか。松原さんとしては台本の台詞を喋るだけで、現実は僕の彼女になってくれるわけではない。

 それは悲しいことだが、今は死の危機に面している現状を打破することが先決だ。生き残ることが出来れば、これからまた彼女にアタックしていける。もしかしたら演劇の練習を共にすることで、愛が芽生えるかもしれないしな。

 考えれば、考えるほど良い作戦だ。グフフフフ……


「なあお前どうしたんよ。急に大声出したかと思えば、にやけやがって」

「普段から可哀想な奴とは思っていたけど、ここまで重症だったの」

いつの間にか秋彦と沙里が僕と距離を置いて、訝しげな視線を送ってくる。しまった、考えに没頭しすぎた。だが、恥ずかしがっている場合じゃない。


「僕、主役やるよ!」

高々と宣言する。


「おどろき。どういう風の吹き回しよ」

「HAHAHA、主役と言えば僕しかいないじゃないか!1+1=2より常識的なことさ」

「HR休んでいいわよ。保健室に行って頭のネジを巻いてもらいなさい」

「僕は正常だ。それより沙里くん。君に頼みたい重要な任務があるのだ」

フィーバーしていた僕は一転、声のトーンを下げて重厚な口調で言った。


「また下らないこと言ったら病院へ行かせるわよ」

「実に真剣なことだ。次のHR……ヒロインとして、是非とも推薦したい人がいる」

「えっ、もしかしてそれって……」

急に視線を忙しなくあちこちに向けながら口ごもる沙里。顔を赤らめながら慌てている。

 どうしたんだろう。


「ああ、なるほどな」

頭が切れる秋彦はもう僕が何をしたいか察したようだ。

 そう、僕は。


「松原さんをヒロインに推薦してくれ。クラス委員の沙里が頼めば、きっと大丈夫だよね」


 沙里は昔から喜怒哀楽の激しい女の子だった。山の天気のようにコロコロ変わる機嫌に、苦労したことは数えるのが馬鹿らしいほどある。

 そんな沙里の顔だけど、何かを期待する仕草から、鳩が豆鉄砲くらった顔になり、次第に無表情になり、一瞬悲しみの色を浮かべ、最終的によく見る阿修羅の形相になる急速5段階変化を見るのは初めての経験だった。


「なんで?」

出た!沙里さんのドス声、相変わらず身体の芯まで響いて恐怖心を植えつけるぅぅぅ。


「そりゃあ聞くのが野暮ってもんでさぁ、沙里のアネゴ!」

僕は無理して江戸っ子風に答えた、いや特に意味はない。


「…………」

沙里が無言で僕を睨みつける。長年の付き合いである僕だから尿意を催す程度で済むが、ビギナーの方はトラウマになるほどの眼光だ。なぜに怒っているのか検討も付かない。

 こりゃ、おだててどうこう出来るレベルじゃないな、そう判断した僕は「は、ははは」と笑みで友好の意を示し、嵐が過ぎるのを待つ。


「…………ふん」

拳の5発は覚悟したが、意外なことに沙里は無暴力で教室へ入って行った。だが、その反応が逆に沙里の胸中の荒れ模様を表しているようで、僕は素直に安堵することが出来なかった。


「なに怒っているんだよ、あいつ」

「今のはお前が悪いぞ」

秋彦が注意してくる。秋彦には沙里の気持ちが分かるのか。沙里ブリーダーとして自信があった僕だが、秋彦の方が上手なようである。


 それにしてもあの様子じゃ僕の願いは聞き遂げられないかもしれない。沙里以外で松原さんを推薦してくれる人は……秋彦か。うん、秋彦の頼みなら松原さんはきっと受けてくれる。


「と、いうことで秋彦よ」

「俺が松原さんを推薦しろと」

「話が早くて助かるよ。頼みます、このとおりです」

正月の賽銭箱の前でするお辞儀を敢行する。秋彦は頭をかきながら非常に面倒臭そうな顔をする。


「やってもいいが、頼んでヒロインなんて大役をやってくれる人なのか。あの大人しそうな松原さんが」

「普通の人じゃダメだ。だが、お前ならイケル!」

「何を根拠に……はぁ~分かったよ、まったく。貸しだからな」


 よし、台詞で告白作戦の目処が立ったぞ。


 HR。すでに3回目となるHRだが、毎回展開が変わるので油断は出来ない。特に今回は僕の思惑で流れを操作しなければならない。


 「じゃあ主役決め……一応聞くけど、立候補者いる?」

チャレンジ2回目と同様、いやそれ以上に黒板の前で司会をしている沙里の機嫌が悪い。

 でも、ビビッていられない。命掛かっているんだ、沙里なんかに恐れをなしてたまるか。そんな気概で


「はい!」


僕は天を突き刺さんとする挙手をした。

「お~~!」周りから驚嘆の声が沸く。主役なんて誰もやりたがらない、それがみんなの予想だったんだろう。それに反する僕の行動は、「おいおい大丈夫か、大根役者になるなよ」と少々揶揄の的になったが、反対意見はなく受け入れられた。


 「じゃあ主役が決まったので、次はヒロイン決めね。立候補者はお手上げ」


いるわけない。過去3回のHRがそれを証明している。後はタイミングを見計らって「じゃあ、俺が松原さんを推薦します」と秋彦が口にすれば作戦は成功したも同然だ。


 だが。


 すっ……手が上がった。


「お~~!」


僕の時と同じくみんなの驚く声がする。その声の中に僕は含まれていない。僕は驚き過ぎて、金魚のように口をパクパクしていたからだ。


「あ……あ、なんで」

ようやく声が出た。動揺が治まり、怒りが湧いてきた。

 こちとら命張った作戦中なのだ。どうして邪魔をする。お前は僕を殺したいのか。な、なんで。どうして過去と同じく黙っていられないんだ。なあ……


「沙里!」


僕は壇上で挙手している沙里に向けて怒鳴った。


「立候補者はあたし1人ね。ってことでヒロインはあたしで決まり!」

敵意を放つ僕の存在などどこ吹く風。沙里は強気な態度で場を締める。


「ちょっと待ってよ。話が違う。どうして沙里が立候補するのさ」

僕の頼みを断って松原さんを推薦しなかったばかりか、自らヒロインに名乗り出るなんて。沙里は僕に恨みでもあるのか。それほど沙里の怒りは深いのか。


「あたしだってヒロインになってスポットライトに当たりたい、と思うくらいの女心は持っているの。そんな不満そうな顔しないで仲良くやりましょ。主役さん」

冷徹な態度の中で、沙里は少し嬉しそうな顔をした。ますます沙里の考えていることが分からず、僕は途方に暮れた。





 HRが終わってしまった。立候補者が出てしまっては推薦など不要だ。

 沙里の立候補はみんなから高い賛同を得た。なんだかんだでクラス委員をこなす沙里は、僕とは比べ物にならない人望を持っている。こんな状況でなければ僕だって「ワンマンショーにするんじゃないぞ」とからかいながら沙里のヒロイン就任に拍手を捧げただろう。

 ここで沙里は嫌だ、松原さんが良い。そう駄々をこねたら最後、全員から軽蔑されクラスでの居場所を失うのは目に見えて分かる。唯一の反対者である僕は発言すること叶わず、絶望に打ちひしがられた。



 「顔、上げなさいよ」


頭の上から声が降ってきた。椅子に座って頭を垂らし机を眺めるだけだった僕は、久方ぶりに視線を上昇させる。

 机を挟んで沙里が立っていた。

 気付けば教室は随分閑散としていた。みんな帰宅したり部活に向かったのだろう。秋彦の姿もない。どのくらい僕は呆然としていたのかな。


「ごめんなさい、なんて言わないわよ」

そう言う沙里の表情は暗く、若干の後ろめたさを放っていた。少しは悪かったと思っているのだろう。だが、そうだとしても許す気には絶対になれないが。


「いいじゃない、あたしで。何が不満なのよ」

不満さ、お前の勝手で僕は死ぬんだ。

「男がいつまでもウジウジしない!さあ、練習しましょう」


バサッ、と机に台本が置かれた。『ある愛の憧憬』、僕の命を救う頼みの綱だった物だ。こいつを松原さん読み合わせすれば、僕は生き残ることが出来るかもしれないのに。

 

 沙里、お前のせいで。


「ほら1ページ目から」

「嫌だ、読むなら1人で読めよ」

「それじゃ読み合わせ出来ないでしょ」

「うるさいな!僕じゃなくても読み合わせ出来るだろ。秋彦にでも言わせ……あっ」



 あっ、僕は馬鹿だ。

 そうだよ、読み合わせするのに役柄なんてどうでもいい。松原さんをヒロインにする必要はなかった。大切なのは松原さんと台詞合わせをして、『告白を成功させる』シチュエーションを成立させること。松原さんがヒロインだろうが、役なしだろうが関係ないんだ。


 僕は机の台本を握り締め、そして……


「ちょと!」


素早く手を伸ばし沙里の手にあったもう1冊を奪い取った。


「か、返しなさいよ」

掴みかかろうとする沙里を振り切り、そのまま全速力で教室を後にする。

 背後から沙里が何か言っているが、当然足を止めることはしない。

 時間がない。もう17時は近い。

 屋上で松原さんは待っていてくれるだろうか。机で呆然としている僕を見て、屋上にすら向かわなかった可能性もある。

 ああ、僕はなんて要領が悪いんだろう。自分で自分を嫌いになりながら走った。

 


 屋上への階段を二段飛ばして駆け上がる。

 目の前にドア。

 頼む、いてくれ。

 僕はノブを回して、屋上に出た。


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