別に紅茶が飲みたいわけじゃない
え?オレ、好感度が上がるようなこと何もしてないよね?そもそも、学園では今日までほとんど話してもなかっただろ!
頭の中に浮かぶ疑問をお上品にぶつけるため、足りない脳みそで一生懸命言葉を考えていると、
「あの事、本当に言わないとは思わなかった」
とアキが小さく言った。
冷や汗をかきながら、混乱した頭で「あの事って……あの事ですか?」と我ながら馬鹿みたいな質問をしたのに、アキは笑いもせず「そうだ」と肯定した。
なるほど。アキは、オレが秘密を言い触らすと思っていたのか。それで言わなかったから好感度が上がったのか?
なんだそれ!言わねーよ!
誰が『早川先生、死んだ幼馴染のこと好きなんだってさ』って言えるんだよ!
オレが最低な人間だと噂されるだけだろーが!!
頭の中でツッコミを入れながら「い、言いませんよ」と笑って答えれば「口が軽そうに見えたけど、違ったんだな」とアキも笑った。
アキの失言に苛立ちを感じる一方で、久しぶりに見る幼馴染の笑顔に釘付けになる。
大人のアキは、そんなふうに笑うのか。
オレの知る昔のアキは、いつもオレをまっすぐ見て頬を真っ赤に染めて微笑んでいた。
子供なのにいつも何処か冷静なアキが、唯一子供らしく見える瞬間で、オレはそれが結構気に入っていた。
今は、目を伏せ小さく口角を上げるだけ。
そんなアキを見ると、オレは少し寂しい気持ちになった。
「オ……わ、私、これからも言いませんわ」
“オレ”と言いかけながらも真面目な顔をして言うと、アキは「あぁ、助かるよ」とまた口元だけの笑顔を見せた。
再び沈黙が流れ、オレは気まずい空気に耐えられず手にしていた紅茶を口元へ運ぶと、痺れを切らしたアキが「特に話もないならもう帰るが」と切り出し立ち上がった。
やっと言ってくれた!とアキの発言に一安心しつつ、「そっ、そうですか!お見送りしますわ!」とオレも立ち上がろうと慌ててカップを机の上に置くと、
「あっ」
慌てた拍子で手が滑り、カップは大きく揺れて倒れた。
勢いよく倒れたカップから中身が飛び散り、それらは立ち上がっていたアキのズボンに盛大に掛かってしまった。
「…………」
明らかなオレのやらかしに何も言わず佇むアキに、口を開いた時に何を言うのか分からないという恐怖から「……カ……カップが、暴れて……」とつい小さく言い訳を漏らすと、それまで何も言わなかったアキが目を見開いてオレを見た。
バチッと目が合い「す、すみません!ごめんなさい!」と咄嗟に謝るが、アキは変わらず切れ長だった目を大きく開いてオレを見つめている。
なんなんだよぉ!なんか言えよぉ!怒るなら早く怒ってくれ!!
若干涙目になりながらアキの言葉を待っていると、小さく「そんな言い訳するやつ……健太郎以外でいるんだな……」と聞こえた。
「ふぇ……?」
何故そこでオレの名前が出てくるんだ、と思いアキを見ると、何やら寂しげに微笑んでいる。
その微笑みは、さっきまでの口角を上げるだけの笑みとは明らかに違う。
「……昔、健太郎が蹴ったサッカーボールが近所に住む怖い爺さんの家に入って、その爺さんの大事にしていた盆栽がダメになってしまった時、ひっくり返った盆栽の前で爺さんに叱られながら健太郎が『ボールが暴れて……』って言い訳したんだ」
突然語り始めたアキは、オレも覚えていないほどの昔の出来事を懐かしんでいるようだ。
そんなこと言ったか?と記憶を辿ってみるが、あったようななかったようなと曖昧だ。
正確に思い出そうと奮闘していると、
「目を泳がせながら言い訳するお前が、一瞬健太郎に見えたよ」
とアキが言うものだから、まさか勘づかれるのではないかと「す、すみません!すぐにお拭きします!」と考えるのをやめて急いで使用人を呼び、ある程度服が綺麗になるとオレはアキをさっさと家から追い出した。
自分の部屋に戻ると一気に力が抜け、へなへなと床に座り込み「危なかったぁ……」と大きなため息を吐いた。
こんな調子でバレずに卒業できるのか……?
これからの事に不安を感じながらも、一先ず第一の試練を潜り抜け、安心から漸くひと息ついた。
そして、そんなストレスの溜まった夜にはやることがある。
夜になり、オレは寝るには少し早い時間に家族に寝る前の挨拶を済ませ、自室に籠った。
家族はオレが部屋で大人しく眠っていると思って誰も確認には来ない。
それを利用して定期的に行っているのが、家を抜け出しての一人夜散歩だ。中学生の頃から隙を見ては行っていて、もはや何度家を抜け出したかも覚えていない。
夜散歩でいつも目的地にするのは、近所にある普通のコンビニだ。急にお嬢様になった反動からか、庶民的な物にかなりの安心感を抱いてしまう。
やはりこういう息抜きもないと、お嬢様という立場は元庶民のオレにはしんどいからな。
とはいえ、オレの今世は金持ちの家に生まれた女。
あまり夜に一人で出歩くと危険だ、というのは重々承知している。
だから何かあった時のために、幸司がくれた防犯ブザーは常に身につけるようにしている。
危機管理は完璧だ。
上下紺色の無難な服を身につけ、財布と防犯ブザーだけを持って二階にある自室の窓からそのすぐ正面にある木に乗り、下の庭まで手際よく降りる。
そして、予め用意しておいた靴を履き、音がしないよう慎重に、且つ素早く正面玄関の門を開閉し外へ出る。
そんな感じで、あっという間に家の前だ!
これは、前世でのやんちゃな少年時代の経験あってこそ為せる技だ。
オレがただのお嬢様ならきっと無理だった。
自身の素晴らしい技術に感動しながら、徒歩ですぐ近くにある行きつけのコンビニに立ち寄る。
家から五分もない近場のコンビニなんか、天国に決まってるだろ。
ストレスから解放され、上機嫌で自動ドアを通ると「……西園寺?」と正面から聞き覚えのある声がした。
目の前に人が立っているのが分かり、まさかと思いつつも恐る恐る顔を見ると、
「……何してるんだ、こんな所で」
そのまさか、立っていたのはもはやこんな状況に慣れてしまったであろう、アキだった。
こんにちは、鈴木です。
転生したら女だったんだが!?〜前世の幼馴染に言い寄られて困ってます〜 をお読み頂きありがとうございます。
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