好感度は低い方がいい
アキのおぞましいほどの黒い声に、オレは一気に背筋が凍るのを感じた。
オレへの想いをこんなに拗らせている男に、
『やっほー!オレ、健太郎!生まれ変わって女になっちゃったよー!』
なんて言ってみろ、ひねくれてしまったアキのことだから、オレが女に生まれ変わったことを利用して一瞬で外堀を埋め、確実にオレの夫になろうとしてくるに決まってる。
アキの前でだけは素が出せて楽、なんて言ってられるような問題じゃなくなる!!
オレの貞操の危機だ……!!
この男に、オレが生まれ変わったことを知られてはならない。一生自分が健太郎だったことを隠して生きていく。
そう決意すると、今すぐにアキから距離を置きたい気持ちで一杯になった。
「ご、ごめんなさいませ!私ったら聞きすぎたみたいですわ!」
早くその場を去りたい気持ちから、焦って口調が崩れるオレに、アキは「ごめんなさいませ……?」と不審そうな表情で顔を向けた。
「こ、このことは絶対に誰にも言いません!お約束します!あ、あとその健太郎さんという方は生まれ変わったりしません!早く次の恋に進んでくださいませ!」
つい余計なことを言った気がするが、そんなことより早く去りたかった。
アキは「余計な御世話だ」とオレを睨んでいる。
「では!お昼休みをごゆっくりお楽しみ下さいませ!」と急いでその場を去り、高等部校舎へ戻ると一気に目眩がした。
グラグラと体を揺らしながら誰もいない裏庭に辿り着くと、桜が散り始めた木の下に座り込み、大きく息を吐いてアキのことを考えた。
もしかしたら、アキにはこのままオレを疎ましく思っていてもらう方がいいかもしれない。
面倒で変な生徒だと思われていたら、アキはオレを見ようともしなくなるはずだ。
そうしたらきっと、オレが健太郎だと気付くことはないだろう。
昔から勘のいいアキのことだから、オレの些細な行動で正体を気付かれる可能性もある。
アキの前では慎重にお嬢様を演じ、極力近付かないようにしなければ。
決意を固め空を見上げると、そこには雲一つない澄み渡った青空が広がっていて、オレの曇りまくりの心とは大違いだと思った。
*
「そういえば姉さん、もうすぐ家庭訪問だね」
「え?」
父親である直人が珍しく定時で帰宅し、久しぶりに家族四人揃っての夕食を楽しんでいると、幸司が突然オレも知らなかった情報を言い放った。
衝撃を受け思考を停止させていると、「あぁ、担任の先生から連絡があったよ」と直人が会話に入り、母親の雪江も「どんな先生なのか楽しみだわ」と笑った。
オレ一人だけが聞いた事のない情報に固まっているという状況に、段々と思考が働き出すと「き、聞いてないわ、そんなの……」と本音が漏れた。
その声に、幸司は
「姉さん、去年もあったでしょ?忘れちゃったの?」
とまるでオレの脳みそを心配しているような質問を、純粋な顔をして投げ掛けてくる。
そうだった……完全に忘れていた。
考えてみれば、オレの通う鳩羽学園は金持ちの為の学校。普通の学校とは違い、金持ちの家の生徒達に過ごしやすく思ってもらうため、比較的緩めの校風でピアスや染め髪も可。極力生徒達にストレスを与えないよう学園側は徹底している。
言わば、鳩羽学園にとって生徒はお客様。
お客様である生徒が学園に通う上で何か不満やストレスを抱えてはいないか、そしてその親は学園に対して何か要望などないか、それらを学園が定期的に窺いに来る行事……それが、鳩羽学園の家庭訪問だ。
家庭訪問は学年が変わるとまず一度目が行われ、担任教師の挨拶や今後の行事予定について話し、保護者側から何か要望があれば、それらを持ち帰って学園で共有し予定の調整等を行う。
二度目は夏休み前、生徒の成績や学校での様子を保護者に伝える。その時も保護者に要望等ないか聞き、あれば持ち帰り検討する。生徒とは個人面談の時間も設ける。
そして最後である三度目は、保護者に生徒の一年間の総評を伝え、その一年を終える挨拶をする。
つまり、普通と掛け離れたこの学園では家庭訪問が一年に三度もある。そしてそれは今年も同様。
これは緊急事態だ!一年に三度も、アキがオレの正体に気付くかもしれないという恐怖に怯えなければならない!
前の人生では、家庭訪問なんて小学生の時だけだと聞いていたから失念していた。
よく考えれば、去年もその前の年もあったのに。
突然の危機的状況に若干の焦りを感じたのも束の間、まぁ基本的には保護者と担任の教師が話すだけだし大丈夫か、とオレはすぐにやがて来る恐怖から目を逸らした。
高等部に進級して二週間が経ったある日、遂に我が家にアキが訪問して来た。
アキはまず保護者である直人と雪江に粗方話をし、終えるとそのまま帰宅するかと思っていたら何故か「娘の意見も是非聞いてやってください。我々は外しますから」と直人が言ったせいで、アキとオレは客間で二人きりになってしまった。
「…………」
意見なんかないのに二人きりにされ、あの日のこともあってか気まずい沈黙が流れる。
「……西園寺」
最初に口を開いたのは、意外にもアキだった。
沈黙の中突然アキに名前を呼ばれ、オレは飲もうと手にしていた紅茶のカップを揺らしながら「は、はいっ!」と声を上げる。
そんなオレの様子を気にするでもなく、アキは静かに続けた。
「……お前、意外と良い奴だったんだな」
「……はぁ!?」
脈絡のないアキの言葉に驚き、つい本性が出てしまった。「あ、いえ、うふふっ」とすぐに誤魔化しの笑みを浮かべ、回避しようと試みる。
そんなオレを見つめるアキの目は、今までのように鋭くない。寧ろ……何だか優しい?
ーーいや、なんで好感度が上がってるんだよ!!
こんにちは、鈴木です。
転生したら女だったんだが!?〜前世の幼馴染に言い寄られて困ってます〜 をお読み頂きありがとうございます。
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