前世、男ですけど
思わぬ言葉を聞いてしまい放心していると、途端に強い風が吹いて木々が揺れる音が鳴る。
アキはその音に反応してこちらを見ると、
「……誰だ」
とオレの存在に気付き冷たい声を上げた。
吹雪でも吹き荒れているかのような目で睨まれ、震えながらオレが姿を現すと、「またお前か……」とアキは呆れたような声で呟いた。
オレって、アキの中では既に変な奴認定されているのか?なんてことを一瞬考えたが、すぐに思考はさっきの出来事に支配される。
アキが、オレのことを好き……?愛してる……?
いや……いやいやいや、ありえないだろ。
だって前世のオレ、男だぞ?
アキってそうだったって事になるじゃん?
そうだったって何?え?つまりどういうこと?
混乱する頭で、『考えても分からないなら考えない方がいい、そして分からないことは聞け!』とオレは今までの人生経験から得た悟りを思い出し、緊張しながらも口を開いた。
「その写真に映る方、先生のお子様ですか?」
「そんな訳ないだろ」
オレの渾身の質問に、アキは冷酷に即答した。
そんな訳ないことは自分でも分かってるよ!!
お前の年齢的にそんなでかい子供がいる訳ないってオレも思うよ!!
そもそもそれ、オレだし!!
アキの返事に苛立ちを感じながらも、オレはなるべく冷静を装い「じゃあ……その方は一体どなたなんですか?」と純粋なお嬢様を演じる。
あくまでも、アキの独り言は聞いていないような顔をして。
そんなオレの完璧な演技も虚しく、アキは大きなため息を吐いたかと思うと「西園寺、さっきの聞いてたんだろ?」とオレから目を逸らし言い当てた。
わざわざ聞いてないフリをして遠回しにアキの気持ちを探ろうと思ったんだが、妙に勘のいいアキには通じなかったみたいだ。
「……言い触らしたいなら好きにしろ」
俯き、諦めたように言う声は、さっき呟いた健太郎への愛の言葉の肯定と受け取れた。
なんで、オレのことを……?
オレとアキはただの幼馴染で、確かに幼いアキはオレに懐いていたが、それは近所の兄ちゃんとしてだと思っていた。
恋愛感情を向けられるほどの何かをした覚えもない。
何がきっかけで、オレにそんな感情を抱くことになったのか。
疑問は尽きないが、まずはアキの気持ちをきちんと確認しなければいけないと思った。
「誰にも言いません」
まっすぐアキを見つめて言うが、アキは俯いたまま、聞いているのかいないのか何も喋らない。
「ただ、お聞きしたいんです。先生が、どうしてこんな場所で気持ちを吐き出していたのか……」
ただの生徒が担任に掛ける言葉では無いが、そんなことはどうでもいい。アキの口から、きちんと聞きたいんだ。
「…………」
相変わらず何も言わなかったアキだったが、少しすると静かに顔を上げ、ぽつりぽつりと零すように話し出した。
「……この写真に映っている短髪は健太郎といって、俺の幼馴染だ。いつもしつこくて、サッカーサッカー煩くて、結婚したら子供は11人欲しいとか馬鹿な夢見てる変な奴だった」
「なっ……!」
愛するオレを紹介する言葉にしては妙に棘が多く、つい怒りの声を上げそうになるが、必死に我慢する。
歯を食いしばりながら口出ししそうになるのを耐えていると、
「そんな変な奴でも、幼い俺はすごく好きだった」
とアキが空を見上げながら、フッと笑ったように見えた。
「あの頃は、ただ何も考えず一緒にいたいと思っていただけだった。健太郎といると楽しくて、落ち着いて、それがどんな感情かなんて考えたこともなかった」
懐かしそうに語るアキを見ていると、オレまで懐かしい気持ちになる。
アキはやんちゃなオレに付き合って、サッカーボールで他人の家の窓ガラスを割ったら一緒に謝ってくれたり、オレの方が年上なのにかけ算の七の段を教えてくれたり、今思えば相当良い奴だった。
いい思い出として、薫子になった今でもほとんど記憶に残っている。
だからこそ不思議なんだ、アキがオレに好意を抱いた事が。
普通に考えたら、アキのような秀才は、自分で言うのもなんだがこんな脳の足りない年上を嫌いになるだろ。
なんで懐いてくれたんだ?
問い掛けもできなかった疑問の答えを当然聞けるわけもなく、懐かしそうに話していたアキは途端に表情を曇らせた。
「……だけど、健太郎が俺の目の前で車に轢かれて亡くなってから、自分がおかしいことに気付いた」
そう言うと、アキなまた顔を俯き、前髪で影になった目を伏せる。
「ど、どういうことですか?」と問い掛け、緊張から唾を飲むと、アキは静かに続けた。
「……もう会えないこととか、もう声を聞けないこととか、もう一緒にサッカーが出来ないこととか、悲しいことはたくさんあるはずなのに、健太郎が死んだと理解して一番最初に思ったことが……」
「健太郎と結婚したかった……だったんだ」
そこで漸く自分の気持ちが恋心だったと理解した、と平然と話すアキよ、ちょっと待て。
え?オレが死んで最初に思ったこと、それ?
もっと何かない?
可哀想なオレへの同情の言葉とかさ。
再び混乱の海に落ちたオレの脳内は、荒波に飲まれ酷く揺れている。
そんなオレに気付くこともなく、アキは
「それからは後悔の嵐だ。告白すればよかった、手ぐらい繋いでおけばよかった、俺が女ならよかった、失う前に手に入れておけばよかった……とかな」
とオレの死に関係のあるようなないような後悔を並べた。
というかトラウマは?
何も感じてないの?
若干アキの想いに引きながらも「そうなんですか……」と相槌を打つと、アキは手に持った写真を再び眺めた。
「……健太郎が死んで大分経った今も、ずっと気持ちを引き摺ったままだ。もう一生好きなんだろうな」
そう呟くアキの声は少し寂しそうで、オレの心も痛くなった。
アキが、そこまでオレを想っているとは思わなかった。
子供の頃の恋心なんて、大人になったら新しい恋で上書きされる物だと思っていたが、そうではないのだろうか。
少なくとも、アキがここまでオレを引き摺ってしまっているのにはオレに責任がある。オレがなんとかしてやるべきなんだ。
どうしてやればいいものか、と悩んでいると、写真を見つめるアキが「だから……」と黒い声で静かに声を発した。
「もし、健太郎が生まれ変わって俺の目の前に現れたら……」
「……今度こそ、死んでも逃がさない」
ーーその獲物を狙う虎を連想させる声で、オレは瞬時に悟った。
アキにオレの正体を明かしてはならない、と。
こんにちは、鈴木です。
転生したら女だったんだが!?〜前世の幼馴染に言い寄られて困ってます〜 をお読み頂きありがとうございます。
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