誰だお前
すぐそこに存在する前世の幼馴染に驚き、席から立ち上がったまま暫く放心していると、教師のアキが名簿を見ながらオレを呼んだ。
「……西園寺、何かあるのか」
冷徹な雰囲気で問い掛けるアキに、オレは漸く正気に戻った。
ま、まずい!!アキに驚いてつい立ち上がったけど、家の為にもクラスメイト達の前でお嬢様なオレを崩すわけにはいかない……!!
周りを見回すと、クラスメイト達が全員オレを見てコソコソと話していた。
「西園寺って……ジュエリーや百貨店業界で有名な、あの西園寺グループ……?」
「SOJだろ。俺の母さんが使ってるアクセサリーもほとんどあそこのだよ」
「へぇ……俺達とは格が違うな」
「すごい肌綺麗……なんの化粧品使ってるんだろ……」
金持ち達のオレを値踏みする声が聞こえ、このまま変な事を言ってしまえば“西園寺のお嬢様は超変人”なんて噂に繋がりかねないと気付く。
どうにかして誤魔化さないと……!!
「す……すみません……亡くなった愛犬と同じ名前だったもので、つい思い出してしまいました」
と、精一杯振り絞った誤魔化しの言葉が、これだ。
我が家で犬を飼ったことなんて一度もない。
どう考えても無理がある……と頼りない自分の脳みそに幻滅していると、一人の女子生徒が「まぁ……」と声を上げた。
「我が家の愛猫もこの間亡くなったので、すごく分かります……たくさんの思い出が溢れて、何をしていてもふとした事で思い出してしまって……とてもお辛いですよね……!」
オレの適当な嘘に何故か涙ながらに共感する女子生徒が現れ、そのおかげかクラスメイト達も「お可哀想に……」「さぞ心を痛めていらっしゃるんだろうな……」と皆オレに同情し始めた。
その状況を利用して「先生、驚かせてしまってすみません」と席に着くと、アキは小さく息を吐いて「……何事もないならいい。進めるぞ」と話を続けた。
オレを見ていた生徒達がまたアキの方へ意識を戻すと、オレの混乱していた頭が少し落ち着き、冷静にアキを見ることが出来るようになった。
そうか、コイツ教師になったのか。頭良かったもんなぁ。
そう感心する一方で、アキの変化に対する驚きも拭えない。
昔のオドオドとしながらもチワワのようにオレに付き纏ってきてたアキを知っているオレからすれば、今のアキはまるでアキでは無いように感じる。
チビで気が弱くて、オレに懐くまでは異常なほど大人しかったはずのアキが、今は氷のように冷え切った瞳でオレを見る。
もしかして同姓同名の別人か?と思い至ったところで、初日の授業は終了した。
*
「はぁ……」
廊下を歩きながら、オレは大きなため息を吐いた。アキのあの鋭い目を思い出したからだ。
どう考えても女生徒に向ける目つきじゃないだろ、何考えてるんだアイツ。
あんな目つきなのに、オレ以外の女生徒達はうっとりとしてアキを見つめているし、女ってのはどうかしている。
前世のオレみたいな愛嬌のある男を選べよ!とアキに敵対心を燃やしていると、唐突に腹痛を感じオレは近くに見えたトイレに入った。
朝、遅刻しそうで朝食を一気に掻き込んだのが良くなかったのだろうか。
個室に入り用を済まし、スッキリとした顔で外へ出ようと扉に手を掛けたところで「いやぁ、まるで貴族ですな」という男性教員らしき声が響いた。
「!?」
驚く声が出そうになるのを咄嗟に抑え、「先生は今年赴任されたばかりですから、慣れないでしょう?」と男性教員たちの話し声を聞きながら、必死に脳を働かせる。
なんで男の声が聞こえるんだ!まさか教員の中に変態が混ざっているのか!?と考え、いやそんな訳はないか……と冷静に自分の行動を思い返してみる。
確か、帰る前に一旦職員室に寄ってアキにさっきの事を謝っておこう、と職員室に続く廊下を歩いていて……途中で便意を感じて職員室の手前にあったトイレに駆け込んで……そういえば、金持ち学校にしては見慣れたトイレだ……な……
そう、普通の学校のトイレはこんなもんだ。特別綺麗でも汚くもない、少し狭い無機質なトイレ。何も意識していなかったら、見慣れたトイレに入るのが人間の性ってものだ。
だけど、今のオレは金持ち学校に通うお嬢様だ。
そんな学校のトイレは、広くて綺麗で煌びやかなのが当たり前ーー生徒用のトイレに限っては。
お、オレ……まさか……
教員用男子便所に入ってしまったのかぁ!!
どうりで馴染み深いトイレだと思った!!と、男子便所の個室で一人、オレは頭を抱えた。
こんにちは、鈴木です。
転生したら女だったんだが!?〜前世の幼馴染に言い寄られて困ってます〜 をお読み頂きありがとうございます。
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