やっちまった……ですわ
結局、車に乗せられたオレはとんでもなく焦った幸司に指示された運転手によって、近くにあった病院に連れて行かれた。
総合病院に行くと言って聞かなかった幸司に「そこまでじゃないわ!」と無理に言い聞かせ入った病院は、お前が病院に行けよと言いたくなるような爺さんが営んでいる小さな病院で、簡単な検査を受けて出された診断結果は、
「……特に異常はないから、ストレスかなぁ」
だった。まぁそうだろうな。
オレは予想通りの結果にすぐに納得したが、幸司は納得が出来なかったのか「セカンドオピニオンだ……」と爺さんを睨みながら呟いていた。
そんなにオレを病気にしたいのか。
帰宅し、相変わらず診断結果に納得していない幸司に仕方無しにことの原因を話すと「そうだったんだね……気付けなくてごめんね、姉さん」と漸く通常の幸司に戻った。
「その香坂って奴、この人だよね?」とスマホを操作する幸司が画面を見せてきて、それを見ると画面の中には洒落たポーズを決める香坂がいた。
肯定すると「この人、雑誌の取材で『好みのタイプは清楚でお淑やかな人』って言ってたから、姉さんに何かするんじゃないかと警戒してたんだ。ちゃんと警告しておけばよかった……」と幸司はまるで親の仇を見つめるように画面を睨む。
香坂の過去の取材内容まで把握しているということには触れないでおく。
触れたところで、過保護な幸司は『姉さんのクラスメイトのことは全部知ってるよ』なんて無邪気に笑うに決まってるんだ。全国の弟って、きっとこういうものなんだな。
香坂を調べ尽くしている幸司によると、香坂の親は夫婦揃って俳優、息子の怜も小学生の頃にモデルデビューを果たしたという芸能一家らしい。
ずっと嘘だと思っていた香坂の病欠の件に関しても「昔から体が弱くて、学校も仕事もよく休むことがあったみたいだよ」と、一体どこで調べたのか知らないが教えてくれた。
体調も一先ず回復し、翌日登校すると懲りない香坂がまた声を掛けてきた。
「薫子ちゃん、昨日は大丈夫だった?」
相変わらず軽薄そうな声と顔だ。
「ええ……すみません、心配を掛けさせてしまって」と返すと、香坂は安心したような声で「よかった」と言って、またいつものように口説き始めた。
ちょっとは遠慮しろ、と思っていると、収まったはずの頭痛の症状が再び現れた。
やっぱり、お前のその口説きが頭痛の原因じゃないか。
苛立ちは募るのに席が前後なせいで逃げられず、お嬢様らしく笑顔で対応していると、
「香坂、前を向け」
といつの間にか教卓に立っていたアキが、朝礼だぞ、と香坂を注意した。
渋々と香坂が前を向き、ホッと胸を撫で下ろしてアキを見ると目が合った。アキはすぐに目を逸らしたが、もしかして助けてくれたのだろうか、と思うと何だか少し嬉しかった。
だが、アキの助けも虚しく、
「昼は食堂?それとも裏庭?」
昼休みの時間も香坂はオレに付き纏った。
もうやめてくれぇ!!と叫びたい気持ちを我慢しながら「秘密ですわ」と笑って答え、香坂を撒くためトイレに行くフリをして隙を見て逃げ、人気の少ない体育館裏にやって来た。
「やべっ……ここだとアキが来るのか……」
独り言を呟きながら、まぁいいかと以前アキが座っていた裏出入口の小さな階段にドカッと腰掛け、オレは大きくため息を吐いた。
しつこすぎる香坂を回避する方法を考えなければ、きっとオレの方がいつか病欠することになってしまう。
席替えまで耐えようかとも思ったが、席を替えたところであのしつこい男が好みドストライクなオレを諦めるとは思えない。
「頭がおかしくなりそうだぁぁ……」と呟き頭を抱えると、こちらへ歩いてくる人の足音が聞こえた。
アキだと思って音のする方向を見ると、どうして居場所が分かったのか、香坂が「薫子ちゃん、探したよ」と不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「ぬぁっ……!!」
なんでいるんだ!!と漏れそうになった声を必死に我慢していると、そんなオレに気付かない香坂は「ふーん。いつもこんな所で過ごしてるんだな」と辺りを見回しながら許可もなくオレの横に座った。
「ところで、習い事って何してんの?」
気を付けているとはいえ、結構気持ちが顔に出てしまっていると自分でも思うんだが、香坂は気にもせずに聞いてくる。
以前吐いた適当な嘘を今更引っ張り出され「こ、琴を少々……」とまたも嘘を重ねると、お淑やかな見た目に騙されているこの男はあっさりと信じて「へぇ!イメージ通りだな。発表会とかないの?デートが無理なら観に行きたいんだけど」と会話を続ける。
ダメだ、そろそろ嘘も限界だ。咄嗟に吐いた嘘だから設定もクソもない。弱いオレの脳みそじゃ、上手い言い訳も思い付かない。
「なぁ、俺のことちょっとくらい試してみてよ」
オレが頭痛で苦しんでいるとも知らず、香坂はオレの肩を抱き寄せ、
「絶対楽しませるから」
と甘い言葉を囁いてくる。
「薫子ちゃんさ、ずっと俺から逃げ回ってるけど、実はちょっと揺らいでんじゃない?俺みたいなのと付き合ったこと無さそうだもんな」
耳元で囁く声は、オレの頭痛を益々酷くしていく。
「なぁ、薫子ちゃん」
「俺と付き合おうぜ。薫子ちゃんの見た事のない世界を、教えてやるからさ……」
香坂の完全に落としに掛かった口説き文句に、プツッとオレの中の何かが切れる音がした。
「きっ……もちわりぃんだよテメェ!!」
あまりにえげつない口説き文句を聞いたせいで、我慢し切れずつい出てしまった本性に、香坂は「……えっ」と驚きの声を漏らし目を丸くしている。
「なーにが『見た事のない世界を教えてやる』だぁ!?そんな俺様な口説き文句は今時漫画でも出てこねぇわ!!」
止まらなくなったオレの文句に、香坂は驚いて固まったまま何も言えなくなっている。
ここまで言ったら、もう言いたいことは全て言ってしまうしかないのだ。オレの思考はほとんど働いていないのだから。
「大体なんなんだよお前!!モデルだか何だか知らねーけど、カッコつけるのが癖になっちまってんじゃねーの!?言っとくけど、オレだって明らかに拒否してる女子にはそんなしつこく言い寄ったことねぇからな!!女子が嫌がってるかどうかも判断できないなんて、バカじゃねーの!?」
あまりの勢いで口にしたからか自分でも息が荒くなっているのを感じ、混乱したまま変わらず停止している香坂を見て、漸くオレは我に返った。
まずい。めちゃくちゃ普通にキレてしまった。
最早誤魔化し切れないほど溢れ出てしまった本性に、諦めの悪いオレは苦し紛れに
「……ですわ」
と口にした。
こんにちは、鈴木です。
転生したら女だったんだが!?〜前世の幼馴染に言い寄られて困ってます〜 をお読み頂きありがとうございます。
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