第80話 収穫祭当日
「リド君、久方ぶりだな」
「お久しぶりです、ラナさん」
ラストア村の者たちが来てから少しして。
里の中をひと通り見て回ったラナとリドが話をしていた。
「ミリィは足を引っ張っていないか?」
「とんでもない。むしろこの前僕が倒れた時はずっと看病してくれていたらしくて。ミリィには本当に感謝しています」
「そうか。聞いたところによると随分無茶をしたそうじゃないか」
「はは……。里の人たちの大切な場所が壊されるのを黙って見ていられなくて」
「ふふ、君らしいな」
ラナは言って、広場に集まった獣人たちを見やる。
後から到着したファルスの町やブルメリアの住人たちもいて、和気あいあいと交流しているようだった。
今はウツギとラストア村のカナン村長がやり取りしていて、今後の行商などについても話し合いが行われているらしい。
「あの白い鷹が送ってくれた手紙にも書いてあったが、本当に良い所なのだな、《ユーリカの里》というのは」
「はい。獣人たちもとても温かい人たちばかりですしね。僕が倒れていた間もみんなが気にかけてくれて。本当に良い所だと思います」
「ふっ。君が執着する理由も分かる気がするよ、リド君」
それから二人は互いの近況を報告し合っていく。
最近のラストアでは冬支度の準備で忙しくなっていること、リドから天授の儀で授かったスキルが大活躍していることなどなど。
そんな話を聞きながらリドは、ラストアに戻ったらやることがたくさんあるなと思いを馳せていた。
「神官のおにーさん! そんなところでなにしてるです?」
ふと、ムギがぱたぱたと駆けてくる。
ムギはそのままリドの腰のあたりに抱きつき、嬉しそうにフサフサの尻尾を振った。
「ムギ、どうしたの?」
「神官のおにーさんが来てくれないからムギが呼びに来たです! ふぁるすの町? の人とか他の所から来た人たちも神官のおにーさんにきょーみしんしんでしたですよ」
「はは、そっか。それなら挨拶しに行かないとね」
「うむ、そーするです!」
ムギは屈託なく笑ってまた尻尾をぶんぶんと振り回す。
その様子をじっと見つめ、ラナは何かを考えているようだった。
「あ、ラナさん。この子は――」
リドが説明しようとしたが、ラナは何故か固まって動かない。
一方でラナに気づいたムギが、くりんとした瞳を向けた。
「おっと、いけねーです。初対面の人にはきちんとごあいさつしないとですね。おねーさん、こんちはです!」
ムギに頭を下げられてもなおラナは固まったままだ。
「ラナさん?」
不思議がったリドが声をかける。
と――。
「か、可愛い……」
普段はクールなラナから、そんな声が漏れてきた。
***
「でも、残念だったね」
「ん?」
シルキーを肩に乗せながら歩き、リドがぽつりと呟く。
「ラクシャーナ王とバルガス公爵がね。収穫祭に来れたら良かったなと思って」
「ああ、それな」
シルキーがリドに応え、ぴくぴくと耳を動かす。
リドたちはもちろんラクシャーナとバルガスにも収穫祭に招待する旨を伝えていたのだが、二人は《ユーリカの里》には姿を見せていなかった。
事前の手紙でも「ぜひ行きたいが、色々と調べることがありどうなるか分からない」と返事があったのだが、生憎という状況だったようだ。
(でも、調べることって何なのかな? 僕にできることなら協力したいけど)
リドはラクシャーナからの手紙に書いてあった内容を思い出し、空を見上げた。
すると、隣で歩いていたエレナはぷくっと頬を膨らませ、不満をあらわにする。
「まったくもう。お父様ってば、今日くらいは時間を作ってくれてもよかったですのに」
「はは。でも、バルガス公爵は色々と協力してくれたからね。ファルスの町の人たちを通じて物資もたくさん送ってくれたし」
「ま、仕方ねえんじゃねえか? あの二人は立場もあるし、何かと忙しそうだしな」
「それは分かっているのですけれども」
リドとシルキーがフォローを入れたが、エレナはなおも不満げな様子だった。
また改めて二人を招待したいなと、ナノハともやり取りしながらリドは苦笑するのだった。
「さて、収穫祭のメインだな」
訪れた者たちに《ユーリカの里》の各所を案内して回ったその後で。
一同は《ユーリカの里》でも一番の名所である稲穂の海が見える丘までやって来る。
「おお。これは見事なものだな」
ラナが感嘆の声を漏らし、他の者たちもその景色に息を呑んでいた。
地平を黄金色に染め上げたかのようなその光景はまさに圧巻で、まさに豊穣の大地を称するに相応しい。
それはリドたちが、様々な障害を乗り越えて手に入れた景色でもあった。
「皆様。改めて本日はこの《ユーリカの里》にお越しいただき誠に感謝申し上げます」
丘の上で、族長のウツギが招いた人々に挨拶を述べる。
《ユーリカの里》の成り立ちが語られ、そして話は先日までこの里を苦しめていた事件についても及んだ。
少年少女らによって危機を乗り越えることができたこと、数多くあった問題に対しても多くの貢献があり、今ではこの《ユーリカの里》もめざましい進歩を歩んでいることなどが触れられると、自然と拍手が湧き起こる。
数々の称賛を向けられたリドは照れくさそうにしながらも、どこか誇らしい気持ちを胸に浮かべていた。
「それでは私、ナノハより収穫祭についてご説明させていただきます」
ウツギに代わり、ナノハが収穫祭に関して説明を始める。
これから黄金の稲穂を皆で刈り取り、大地に感謝する儀を行う予定だと。
その説明が終わると、ほどなくして開始の宣言が為された。
獣人たちは一斉に声を上げて駆け出し、リドたちもまた稲の収穫に参加する。
賑やかな雰囲気の中でリドは実りに実った稲を刈っていたが、その中に変わった稲穂を見つけてナノハに問いかけた。
「ナノハ、これ何だろう?」
その稲は通常の小麦色とは異なり、赤みを帯びている。
見たところ周囲にはなく、どうやら珍しい品種のようだ。
リドが持ち上げた赤い穂を見たナノハは、くすりと笑って問いに答えた。
「それは赤米と言いまして、獣人族の間ではちょっとした言い伝えがある稲なんです」
「言い伝え?」
「ええ。色違いの稲を刈った者には幸福が訪れるという言い伝えです。特に、赤い稲を刈った者どうしは強い絆で結ばれるとされていますね。その……主に恋愛的な意味合いで」
「そ、そっか」
説明を受けて、リドは少し恥ずかしそうにはにかむ。
と同時に、その説明を傍で聞いていたミリィとエレナが目の色を変えて駆け出した。
無論、赤い稲穂を見つけるためである。
そんな二人を見ながらシルキーがやれやれと溜息をついた。
ナノハも始めは苦笑していたが、きゅっと胸の前で手を握る。
それは純情な決意を伴ったもので、ナノハはミリィとエレナを追って駆け出していった。
そうして皆で稲を収穫し、その年の収穫祭は例年よりも大盛り上がりの一日となる。
結局誰か一人が、なんてことはなく、躍起になって稲を刈っていた者たちは皆が赤い稲穂を手に入れていた。






