第79話 目が覚めて
「よう。目を覚ましたか、相棒」
リドが目を開けると、シルキーの顔が近くにあった。
意識にまだ靄がかかっていて、どうやら気を失ってしまったのだとリドは悟る。
「まったく、無茶をするもんだ。あんなに長いこと魔力を放出し続けるとはな」
「はは……。心配かけてごめんね」
覗き込んでいた愛猫の頭をそっと撫でて、リドは辺りの様子を見渡した。
誰かが家の中へと運んでくれたらしい。
薪が多めに入れられた暖炉が煌々と燃えていて、部屋は温かな空気に満ちている。
「シルキー。大精霊は……」
「なんだ覚えてないのか。上手くいったようだぞ。雨雲をバクバク喰うみたいに消した後はどこかへ行っちまったがな」
「そっか。良かった……」
シルキーの言葉にリドはほっと安堵の溜息を漏らす。
「ところで、僕はどのくらい……」
「丸一日ってところだな。ああ、収穫祭はまだだから安心していいぞ。もっとも、主役なしになんて考えは獣人の奴らにも無いだろうがな」
「はは……。僕は主役じゃないけどね」
「ま、お前がいなきゃ始まらないってのは事実だろうよ」
調子良く言ったシルキーの声を聞きながら、リドはベッドの上に体を起こした。
気を失っていた割には体が軽いなと、リドは何があったのかシルキーに尋ねる。
「ああ、ミリィの薬草のおかげだろうよ。ナノハのお嬢さんが倒れていた時と同じだな」
「ミリィが?」
「んむ。それはそれは熱心に看病してくれていたぞ」
言って、シルキーはニヤリと口の端を上げる。
もう少し詳細に述べれば、リドの体を拭く際にシルキーがからかい、それでミリィは照れてといういつもの光景が繰り広げられていたのだが。
そういう事情を知らないリドは「後でちゃんとお礼を言わなきゃね」と無垢な感想を抱いていた。
***
「う、わぁ……」
外に出て、リドは息を呑む。
そこには青空が広がっていた。
抜けるような空とはまさにこのことを言うのだろう。
《ユーリカの里》によく似合う景色だなと、リドは心地の良い空気を胸いっぱいに吸い込む。
「くっくっく。お前が大精霊を喚び出したおかげだな」
いつもの位置に収まったシルキーからそんな声がかけられる。
まさしくこの景色はリドの力によるものだったが、当のリドは自分の力だけじゃないなと、微笑を浮かべていた。
「リドさん!」
声をかけられて振り返ると、ミリィが駆けてきた。
ミリィだけではない。
エレナやナノハもいて、皆が慌てて近づいてくる。
「リドさん! 目を覚まされたんですね!」
「うん。おかげさまでね」
「良かった……」
ミリィは心底ほっとした表情を浮かべ、胸に手を当てる。
その表情はどこか印象的でリドははっとするが、咳払いを挟んで皆と向かい合った。
「師匠、もう起き上がって大丈夫なんですの? お体は? 気持ち悪かったりしませんか? ふらついたりとかは……」
「はは。心配してくれてありがとう、エレナ。体も軽いし大丈夫だよ。ミリィの薬草のおかげだね」
「そうですか……。本当に何よりですわ」
どうやらかなり心配をかけてしまっていたらしいなと知り、リドは恐縮した笑みを浮かべる。
シルキーから聞いたことだが、意識を失っている間、ミリィだけでなく、エレナやナノハ、それに他の獣人たちも代わる代わるで世話をしてくれていたらしい。
そんなに気にかけてくれたとは嬉しいなと、後でみんなにも感謝をつたえないとなと、リドは自分の胸の内で呟いた。
「リド様――」
声をかけられて見ると、ナノハがリドを見つめていた。
胸の前で手を握り、真っ直ぐな瞳を向けている。
「リド様、本当に……本当にありがとうございました。あんなになるまで、私たちの里のために……」
「ううん。僕は僕にできることをしようと思っただけだから」
「リド様……」
ナノハの目は少し潤んでいて、紫の瞳が淡く輝いていた。
やれやれ、またいつものお人好しっぷりの発揮だなとシルキーが溜息をつき、空を見上げる。
太陽の光が降り注ぎ、リドたちを優しく照らしていた。
***
「さて、いよいよ当日か」
「わくわくしますね!」
「橋の点検もバッチリ。おもてなしの準備もバッチリ、ですわ!」
翌日、《ユーリカの里》の入口付近にて――。
収穫祭当日を迎え、リドたちはそわそわしながら招待した者たちの到着を待っていた。
ミリィやエレナは興奮を隠しきれない様子で、ナノハは少し不安げな様子だ。
「ち、ちょっと緊張しますね。皆さん、来てくださるでしょうか?」
「大丈夫だと思うよ。事前にシラユキが届けてくれた手紙でも行くと返事をくれた人がたくさんいたしね」
「だと良いのですが……」
それでもナノハはまだ落ち着かないらしく、尻尾をゆらゆらと振っていた。
すると――。
「あっ! お姉ちゃーん!」
ミリィが声を上げて手を振る。
その視線の先には、歩いてくるラナやラストア村の面々がいて、ミリィの声に手を上げて応じていた。
リドが隣に立つナノハに微笑み、声をかける。
「ほらね?」
ナノハはその言葉にこくりと頷き、安堵したような、けれどとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。






