第78話 大精霊の召喚
外に出ると、やはり通常とは異なる規模の悪天候だった。
《ユーリカの里》の木々が強風に揺れており、雨は叩きつけると表現して良いほどの強さで降ってきている。
こんな中で何かをするというのは危険な行為だと、誰もが思うだろう。
しかしリドは構わず、ある場所を目指して歩き出す。
「リドさん! こんな嵐なのに無茶ですよ!」
その後を追って、ミリィが駆けてくる。
ミリィだけではない。
エレナやナノハ、そしてシルキーも。
リドは「みんなは建物の中にいてほしい」と伝えていたが、それで大人しく待っているような連中ではない。
皆、雨に濡れるのを構わず、リドを追ってきた。
「やれやれ。相棒のことだからまた何か企んでるんだろうがな。事情も聞かず大人しくしているほど聞き分け良くはないぞ」
「そうですわ師匠。こんな雨の中で一体何をしようとしているんです?」
「そうだね、ごめん。ちゃんと説明しなきゃだね」
リドはこれから何をしようとしているのか、皆に話していく。
昔、グリアムが語っていた内容について。
それを教えてくれたグリアムが実際に雨を止めたこと。
――そしてその方法として、天候を司る大精霊に干渉するという手段があるということ。
「天候を司る大精霊……。そういえばそのような存在がいること、獣人族の中にも伝承として伝わっていましたね」
リドの説明を一通り聞き終え、ナノハが声を漏らす。
「そうなんですか、ナノハさん?」
「ええ。といっても、それはお伽噺のように語られているものでして。親が子供の躾のために用いられるようなものなのですが」
「なるほど。精霊の話が子供の躾のために使われるのは私たちの村でも同じですね。でも、リドさんの話は……」
「うん。実際にグリアムさんは雨を止めてみせたことがあったからね。そして、僕はそれをどうやったのかについて聞いたことがあるんだ」
リドは言って、また皆に笑いかける。
これからリドがやろうとしていることは、かつてグリアムが実践した天候を変える方法だと、要はそういうことだ。
「でもよ、あのジジイが言っていたことなんて本当か分からないぞ。いつも冗談みたいなことを大げさに言うようなジジイだったしな。それにその時のことは吾輩も何となく覚えちゃいるが、今の嵐の方がよっぽど強いんだぞ」
「確かにグリアムさんはそういう言い方をする人だったけどね。でも、僕にはあれが嘘だとは思えない。それに、何とかできるかもしれない方法があるなら、やってみた方がお得じゃない?」
「はぁ……。何だかその言い方、あのジジイっぽいぞ」
シルキーは溜息をついたが、同時に察してもいた。
ああ、これは止めても絶対に聞かないやつだなと。
王都を左遷されてラストアに行くことが決まった時と同じ表情をしてやがるなと。
「分かったよ相棒。やってみればいいさ。お前なら、本当にこんな嵐でも何とかしてくれそうだしな」
「うん。ありがと、シルキー」
リドとシルキーがそんなやり取りを交わす一方で、他の面々もまた、リドにある感情を寄せていた。
これまで数々の奇跡とも言える所業を成してきたリドである。
ならば、この嵐を止めることすらやってのけるのではないかと。
それはきっと、信頼というものだった。
***
「よし、それじゃ始めるね」
リドがやって来たのは稲穂の海が見える丘だった。
この《ユーリカの里》に来てから、仲間たちと多くの時間を過ごすようになっていた丘だ。
リドはその場所で《アロンの杖》を掲げ、何かを念じた。
今もまだ雨は降り続き、強い風が吹いている。
黒雲の合間に雷が鳴り響き、このままいけば眼前に広がる稲も無事では済まないことは明らかだった。
しかし、そんなことはさせないと。
大錫杖を手にしたリドは強い意志で念じていた。
「でも、リド様は一体何をするおつもりなのでしょうか?」
遠巻きにそれを見ていたナノハがぽつりと呟く。
傍にはミリィやエレナもいて、皆が雨に濡れるのを構わずリドを見つめていた。
「たぶん、あのジジイがやったのと同じことをやろうとしているんだろうぜ」
「グリアムさんがやったことと同じ?」
「うむ。天候を司る大精霊を喚び出そうとしているんだ」
ナノハに抱えられたシルキーが言って、皆が息を呑む。
「天候を司る大精霊……。確か、獣人族に伝わる名では『バラウル』と……」
「そう、それだ。そんなことをあのジジイも言っていたな」
「では、リド様もそのバラウルという大精霊を召喚しようとしているのですね」
「ああ。ただ、あのジジイでも一日はかかったことだ。それに、今の天候はあの時よりもずっと激しい。そんな中で大精霊を喚び出せるまでリドの体力が持つかどうか」
「リド様……」
大精霊の召喚。
それは古い伝承の中でも創作として語られるような出来事だ。
現実にそれを実行した人間がいるなどという記録はどこにも残ってはいない。
そもそも、大精霊よりも下位の存在である微精霊を召喚するスキルですら非常に希少と評されるほどなのだ。
今のリドは、この嵐の中でそれを成そうとしていた。
「リドさんはどうやって大精霊を召喚しようとしているんでしょうか? 創作として伝わる古い文献などにも、その具体的な方法までは書かれていなかったはずですけど」
「そうですわね。何か神器を使うのかと思っておりましたが、そうではないようですし」
「いや、神器は使うさ。あの杖を持っているだろ」
シルキーの言葉で皆がリドの方を見やる。
リドは稲穂の海を前に立ち、大錫杖を手に精神を集中させていた。
「じゃあ、《アロンの杖》が?」
「んむ。ミリィたちはあの杖で光弾を打っているのを見たことあるだろう?」
「は、はい」
「あれはな、正確に言えばあの杖から発生しているものじゃない」
「そうなんですか?」
リドが愛用する《アロンの杖》――。
言わずもがな、これまで幾度となくリドを支えてきた神器である。
無数の光弾を射出し、数多の強敵を屠ってきたその神器だが、シルキーによればそれは《アロンの杖》の効果によるものではないという。
「でもそれだと、あの光弾は一体……」
「あれはリドの魔力を具現化したものさ」
「魔力の具現化?」
「ああ。《アロンの杖》の効果は、持ち主の魔力を形にして外へと放出するものなんだ。光弾を撃っていたのも謂わばその効果を応用したものだな」
「なるほど。だから魔力を喰らう土喰みには効果が無かったんですね」
「そういうことだ」
要するに、《アロンの杖》から撃ち出す光弾はリド自身の魔力そのものだと、シルキーは語る。
まさに膨大な魔力量を有するリドが扱うのに最適な神器であり武器というわけだ。
「そういえば、バラウルという大精霊は魔力に引き寄せられる存在だと伝承の中にありましたね。土喰みと同じような類だと思うのですが」
「ナノハのお姫さんの言う通りだ。そんで、リドもあのジジイからそんなことを聞いていた。だから《アロンの杖》で自分の魔力を餌に喚び出そうとしているんだろうぜ」
「そんなことが……」
シルキーの話を聞いて、ミリィは合点がいった。
土喰みの時も、橋を架ける時も、自分に魔力を共有してくれた時、リドはいつも《アロンの杖》を片手に持っていた。
今まではその原理が不明だったが、魔力を人に受け渡すというあの行為も《アロンの杖》という神器を用いることで可能にしていたのだろう。
そうして、皆がリドを見つめる。
その視線の先でリドは《アロンの杖》を掲げ、そして呟いた。
「神器、解放――」
途端、戦闘の時に放たれる光弾とはまた違う光が辺りに満ちていく。
それは光の粒子であり、おびただしい量の魔力がリド周りに溢れていた。
光はリドの体から放たれ、煙のように空へと昇っていく。
それは空に浮かぶ黒雲に溶け込むようにして広がっていった。
(く……。やっぱり魔力を放出し続けるのは辛いな)
冷たい雨に打たれている影響もあるだろう。
既に雨除けの外套は意味を持たず、雨が容赦なくリドの体温を奪っていた。
が、リドはそんなものお構いなしという風に、その場で自身の魔力を放出し続ける。
「エレナさん。ナノハさん。シルちゃん――」
「ええ、そうですわね」
「リド様だけに頼ってはいられません」
「だな」
そんなリドの姿を、皆が黙って見ているわけはなかった。
ミリィが植物を操作し、大きな葉をリドの頭上に生やす。
それは冷たい雨からリドを護る効果があった。
エレナやナノハ、シルキーも、他の獣人たちに声をかけるべく奔走し、リドの体力の消耗を防ぐ手立てがないか策を講じた。
まもなくして《ユーリカの里》の住人たち全員が集まっていた。
体力の消耗を抑えることのできる力を持つ者はスキルを使用し、風雨にも負けないよう大規模な篝火を焚いて周囲の温度を保ったりと。
それぞれがそれぞれの形でリドを支援し、声援を送り続けた。
「みんな……」
そういう皆の想いを受けて奮い立たないリドではない。
既に魔力を放出し始めて三時間ほどが経過していたが、そんなことは知ったことではない。
体力も消耗し、体温も奪われ続けていたが、それもまた、知ったことではない。
《アロンの杖》を握り、皆のためにと祈り続ける。
そこにはひたすらに献身を捧げる少年神官の姿があった。
それからまた数時間が経過し――。
「おお……」
ウツギが声を上げ、目を見開く。
そこに現れたのは一匹の竜だった。
竜はリドから放たれる魔力の奔流の中を気持ちよさそうに泳いでいる。
天候を司る大精霊、バラウル――。
かつてリドがグリアムから聞いた大精霊の顕現。
その奇跡が、今まさに目の前で起こっていた。
やがて、黒雲を切り裂くようにして空から光が差してくる。
風も止み、雷雨も止んで。
バラウルは豊潤な魔力を供給してくれたリドに感謝するかのように、空中でくるりと一回転してみせる。
そのまま空の高い所へ昇ると、まだ残っていた黒雲へと突き進んでいく。
まるで、召喚者に仇なす者を捕食するかのような光景だった。
間もなくして、完全な太陽の光が稲穂の海へと、そしてリドたちへと降り注ぐ。
それはまさしく、《ユーリカの里》にとって祝福の光だった。
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