第74話 計画
「リドのおにーさん! シラユキが戻ってきたですよ!」
リドが手紙を送ってから数日が経ったある日の昼。
いよいよ収穫を間近に控えた稲穂の海が見える丘で昼食をとっていたリドたちのところへ、ムギが走りながらやって来た。
見ると手紙を届けてくれたシラユキも一緒で、ひと仕事終えたと言わんばかりにムギの頭の上に鎮座している。
「ありがとうムギ。シラユキも、お疲れ様」
「ピィー!」
「えへへ、です。あ、そういえばシラユキの足にこれが巻き付けてありましたですよ」
「ん? これは?」
ムギが差し出してきたのは二枚の紙だった。
リドがそれを受け取り広げると、近くにいたいつもの面々が覗き込んでくる。
「どうやら手紙のようですね、リド様」
「そうだね。ラナさん、それからラクシャーナ王とバルガス公爵から僕たちに宛てた手紙だ」
「読んでみてくれよ、相棒」
「うん。ええと――」
リドはそこに書かれていた内容を皆に伝えていく。
黒水晶を無事回収できたことを喜ぶ内容。そして獣人族が回復したことに安堵する内容が両者の手紙に記載されていた。
「それと、ラナさんからの手紙には、前にこっちから送った内容について触れてあるね。カナン村長や他の人たちにも伝えたら、みんな協力してくれるって。……あ、ラクシャーナ王とバルガス公爵もぜひ協力させてほしいって書いてある」
ナノハやウツギ、それに周りにいた獣人たちも嬉しそうに顔を見合わせる。
今となっては特別な地として認定されたラストアや、ヴァレンス王国の王家や貴族からの協力が受けられるということだ。
いよいよこの《ユーリカの里》の対外的な施策についても本格的に進められそうだと、歓喜の声が広がっていく。
「これなら態勢も万全ですね。エレナさんのお父さん、バルガス公爵が統治するファルスの町も応援してくれるって書いてありますし」
「ふふ。流石はお父様ですわね。こういう動きに躊躇がないですわ」
「よしよし。順調だな、相棒」
ブンブンと尻尾を振るシルキーをそっと撫でて、しかしリドは思案する。
考えていたのは、次に何をするかだ。
外部の協力者を得ることには成功したが、具体的なことはまだ何も決まってはいない。
《ユーリカの里》の改革を進める上で何が最善なのか。
リドはその点について思考を巡らせていた。
(行商はたぶん……問題ない。ラストアやファルスの町とも連携が取れるわけだし。気になるところがあるとすれば行商に使う道の確保だけど、それもたぶんあの方法でいけば上手くいくはず。あとは……)
熟考し、そしてリドはある策を思いついた。
この《ユーリカの里》の魅力。それを対外的に発信する策を。
「リド様、どうされましたか?」
「うん。ちょっと考えてみたことがあるんだけどね――」
リドはそう前置きして、思いついた策について皆に話すことにした。
***
「よし、着いた」
《ユーリカの里》を離れ、ルーブ山脈の山道を歩くこと少しして。
リドはミリィと二人で深い渓谷のある地点へとやって来ていた。
「ここって、ラストアから《ユーリカの里》に向かう途中にあった渓谷ですよね。すごい風の強さです」
谷底から拭き上げる風に飛ばされないよう、ミリィは必死で帽子を抑えている。
それだけ強風に晒されている地帯だからだろうか。
リドたちの視界には風化し剥き出しになった岩肌が映るばかりで、何とも殺風景な場所だった。
そんな場所にもかかわらずリドがやって来たのは、ここに「道」を作るためである。
「そういえば前にここを通った時、ナノハさんが言っていましたね。この崖を迂回せず進むことができれば《ユーリカの里》への道のりがかなり短縮されるだろうって」
「今後の行商のことなんかも考えると、やっぱりここに道を作っておいた方が良いと思うんだよね。ラストアやヴァレンス王国方面と《ユーリカの里》を行き来するのに毎回迂回していたら不便だろうし」
「確かにそうですね。ここに橋があればすごく便利そうですし」
「うん。だからミリィにスキルを使ってもらおうかなって」
リドの言葉に頷きつつ、ミリィが周囲をきょろきょろと見渡す。
「あれ? でもリドさん。見たところ、ここには樹が生えていませんよ。植物さえあれば変形させて橋を架けられると思いますけど、これだとどうしようもないんじゃ」
「そんなことないよ。ほら、こうすれば」
「……っ!」
途端、ミリィの体温が急上昇する。
理由は単純。
リドに突然手を握られたためである。
(ええ!? り、リドさんが手を握って……。ええ!?)
不意打ちを受けてミリィが激しく狼狽する。
まともな思考は停止し、もしかしたらこのまま抱きしめられでもするんだろうかという願望混じりの考えがミリィの頭には浮かんだが、もちろんそうではなかった。
「この前遺跡の地下でやったよね。こうやって僕の魔力を共有すれば、植物が無くても召喚できるから」
「あ、あぁああ! な、なるほどです! すっごく……、なるほどです!」
「……?」
ミリィがわたわたと慌てふためく。
いつもこういう時にはシルキーがからかってくるのだが、「あんな高い所で何かするなんて吾輩は絶対に嫌だ。お前らだけで行ってこい」とゴネて里で待機している。
それがミリィにとっては幸いといえば幸いだっただろうか。
(り、り、リドさんってばいきなりすぎます! はっ! というかよく考えてみれば今はリドさんと二人きり……! ちょっとこれは、刺激的すぎます! いやいや、今はスキルを使うために集中しないと。でも、役得といえば役得でしょうか。……あぁあああ、私ってばまたなんて考えを。女神様、お許しくださいぃ……)
ミリィは高速で興奮と懺悔とを繰り返し、勝手に狼狽えている。
そうして何度かの失敗の後、ミリィはリドの力を借りて橋を架けることができたのだった。
***
「あ、リド様」
リドが里に戻ると、果樹園の所でナノハと出くわした。
どうやら果物の収穫を手伝っていたらしい。
ナノハは籠いっぱいに色とりどりの果物を積んでおり、それらを抱えたままリドの方へと駆け寄ってきた。
「ただいま、ナノハ」
「おかえりなさいリド様。橋の設置はいかがでしたか?」
「上手くいったよ。これでヴァレンス王国方面の道は確保できたかな」
「おお、それは何よりですね。ところでその……、ミリィ様は何があったのですか?」
ナノハは橋の完成を喜びつつも、リドの後ろにいたミリィが気になった。
ミリィはぶつぶつと独り言を呟いており、目の焦点が合っていない。
おまけに祈りを捧げるような格好で、何やら懺悔のような言葉を口にしていた。
事情を知らないナノハからすれば意味不明である。
「うん……。今はそっとしておいてあげて」
「わ、分かりました。何はともあれ、お疲れ様でした」
リドはナノハの代わりに果物の入った籠を持ってやり、村の外れの方へと歩いていく。
そうしてしばらく歩き、最近ではリドたちお気に入りの昼食スポットと化している、稲穂の海が見える丘に到着した。
「ナノハ、もうすぐかな?」
「ええ、もうすぐですね」
言い合って、リドとナノハは二人で笑い合う。
以前ナノハがリドたちに話したことだが、この《ユーリカの里》には稲を刈り取る際に収穫祭なるものを行うという風習があった。
土喰みを倒したことで《ユーリカの里》は豊穣の大地を取り戻し、このままいけば今年もその収穫祭を行うことができるだろう。
その話を覚えていたリドは昨日、皆にあることを提案していた。
それは、《ユーリカの里》で行う収穫祭に里の外から人を招くというものである。
ラストア村の住人たちはもちろんのこと、ラクシャーナやバルガス、その他各地に住まう人々など。
大自然に囲まれ、今では改革が進んでいる《ユーリカの里》の良さを知ってもらうには何が一番良いか。
これから親交を深めていくに当たって何かきっかけとできることはないかと。
リドは収穫祭がその機会になると思った。
古来より、祭事は外交としての意味合いも大きいとされている。
そのことをよく知っていたリドは、収穫祭を機に縁のある者たちを里に招致しようと考えたのだ。
結果、リドの提案は皆が賛同するに至っていた。
「この分なら収穫祭も盛り上がりそうだね」
「ええ。リド様とミリィ様が橋を設置してくださったおかげで、里への道も整備されましたし。今から待ち遠しいですね」
風に揺れる稲穂を見ながら、リドはまもなく開かれる収穫祭へと思いを馳せる。
きっとこの《ユーリカの里》の素晴らしさを広める、そんな機会になると感じながら――。






