第72話 夜の邂逅
「あ、リド様」
「ナノハ、こんばんは」
果樹園の先にある細道を抜けると、池のところでナノハが待っていた。
リドは言葉を交わし、そのままナノハのいる所まで歩み寄る。
ナノハの小麦色の髪が月明かりに煌めいており、池の淵に立っているその姿はとても神秘的な光景とだった。
「ええと、ムギからここに来るよう聞いたんだけど」
「はい。この夜灯花の花冠を作るのに、リド様が協力してくださったとムギから聞きまして。おかげでとても良い贈り物を受け取ることができました。本当にありがとうございます」
花冠を手にして、ナノハが律儀にも頭を下げてきた。
「ううん。僕は花冠の作り方を教えただけだから」
「いえいえ。ムギも喜んでいましたし、私も凄く嬉しかったですよ」
「それは良かった。あ、と……。誕生日おめでとう、ナノハ」
「あ、ありがとうございます」
リドが祝いの言葉をかけると、ナノハは少し照れたようにはにかんだ。
リドは懐に手を伸ばし、あるものを渡そうとしたのだが、ナノハの視線が不意にリドとは別の方へと向く。
「ナノハ?」
「あ、ああいえ。何でもありません。さあ、リド様も座ってください」
何かに気づいた様子のナノハが気にはなったものの、リドは促されるままに腰を下ろす。
「……」
静かで落ち着いた場所だった。
そのまま二人で月を映した池を眺めていると、虫の鳴く心地よい音が聞こえてくる。
いい場所だなとリドが感じていたところ、ナノハから声がかかった。
「リド様、本当にありがとうございます」
唐突にそんなことを言われ、リドは思わず聞き返す。
「それって、ムギの花冠のこと?」
「それもありますが、リド様にはいつもお世話になっているなと。だから感謝の気持ちをお伝えしたくて」
言って、ナノハはリドに向けて穏やかに微笑む。
その表情はどこか印象的で、目に焼き付くような笑顔だった。
「それでですね、リド様にお見せしたいものがあるんです」
「僕に見せたいもの?」
「ええ。たぶんそろそろかと」
ナノハが池の方へと視線を向け、リドも自然とそちらを見やる。
すると――。
「これは……」
目の前に広がった光景にリドは息を呑む。
月を映した水面に群がるようにして、青白い光が宙を漂っていたのだ。
よく見ると、それは光を放つ虫によって生じている現象のようだった。
「す、凄い……」
「綺麗でしょう? 『月光虫』という虫によって起こるのですが、満月の夜にしか見られなくて。以前リドさんたちをご案内した稲穂の海も素敵ですが、私、この景色も好きなんです」
「うん。とてもよく分かるよ。さっきまでの池も月が浮かんでいて綺麗だなと思ったけど、こんな景色が見られるなんて思わなかったな。ラストアでもこういうのは見たことないや」
「今日が満月の日で良かったです。リド様にこの景色をお見せすることができましたから」
青白い光が池の水に反射し、リドたちの目の前に幻想的な光景を映し出している。
まるでその身に溜め込んだ月光を放っているようだと、リドは漂う月光虫の群れを眺めながら溜息を漏らした。
――きっと生涯記憶に残る光景になるだろう。
リドの胸中は、そんな感動に満たされていた。
「ナノハ、ありがとう。こんなに凄い景色を見せてくれて」
「どういたしまして、ですよ。先程もお伝えしましたが、リド様にお礼を言いたいのは私の方ですから」
「何だか、さっきから二人ともお礼を言い合ってばっかりだね」
「ふふ、本当ですね」
互いに笑い合い、幻想的な光景の中で二人の逢瀬は続く。
そうして少し時間が経った頃――。
リドが先程渡しそびれたものを取り出し、ナノハの前に差し出した。
「リド様、これは……?」
リドが持っていたのは、翡翠色の石を紐で結った首飾りだった。
翡翠の色に月光虫の青白い光が映り込み、淡く、しかしとても力強く輝いていた。
「ナノハ、誕生日なんでしょ? ちょっと不格好かもしれないけど、僕もナノハに贈り物がしたいなって」
「え……。ということはこれ、リド様の手作りですか?」
「うん。あ、でも、みんなも手伝ってくれたんだ。だから僕のというより、みんなからナノハへの贈り物だね」
「あ、ありがとうございます。とても……、とても嬉しいです」
リドから首飾りを受け取り、ナノハはきゅっと拳を握る。
――ああ、この日は忘れられない日になるなと。
そんな想いごと、抱きかかえるようにして――。
***
「リド様、先に戻っていてくださいますか?」
リドが首飾りを渡した後で、ナノハが凛とした声で言った。
「え? もう夜も遅いけど」
「少ししたら私も戻ります。今はもうちょっとだけ、余韻に浸りたくて」
「そっか。うん、分かった。おやすみナノハ」
「はい。おやすみなさい、リド様」
互いに一日の終わりの言葉を交わし、リドは里の方へと戻っていく。
ナノハは先程受け取った首飾りを握りしめ、去っていくリドの背中を見つめていた。
「さて、と――」
リドの背中が見えなくなった後で、ナノハはひとり呟く。
そして、近くにあった草むらの方へと向いて声をかけた。
「皆さん、そろそろ出てきたらいかがですか?」
「「「……いっ!?」」」
草むらの方から素っ頓狂な声が上がった。
ナノハがそちらに近づくと、そこに隠れていた者たちが観念したかのように姿を表す。
ミリィ、エレナ、シルキーの二人と一匹だった。
「す、すみません、ナノハさん! シルちゃんが面白そうだから後を尾けろって言うもので」
「そ、そうですわ。決してやましい気持ちがあったわけでは……」
「おいおい、吾輩のせいかよ。お前らだって途中からノリノリだったじゃないか」
それぞれが弁明を始めて、ナノハは溜息をつく。
どうやらミリィたちはずっと草むらに隠れて、リドとナノハのやり取りを見ていたらしい。
問い詰めると、ムギから話を聞きつけてここへやって来たことを白状した。
「もう、ダメじゃないですか。こんな覗き見のような真似をして」
「すみませんでした……。さっきムギちゃんと会ったらナノハさんが愛の告白とかするかもって言っていたもので気になって……」
ミリィが馬鹿正直に言った言葉を受けて、ナノハはぴくりと反応し表情を崩す。
しかしすぐに元の表情に戻って、溜息を漏らした。
「はぁ……。確かにリド様はその、とても素敵な方だとは思います。ですが――」
おや、と。
恋慕の情は持っていないということだろうかと、皆が言葉の続きを待つ。
そして――。
「ですが、そんな抜けがけみたいなことはしませんよ?」
「「「……」」」
ナノハの言葉を聞いた二人と一匹は目を見開き、そして思考を巡らせる。
一体何についての「抜けがけ」なのか。
ミリィとエレナはナノハの真意が心底気になったが、静かに笑みを浮かべる獣人の姫が逆に恐怖で沈黙するしかない。
二人が乾いた笑みを浮かべる一方で、シルキーが空気を読まずに声を上げた。
「ん? ナノハのお姫さんよ、それって……」
「ふふ、内緒です」
ナノハは悪戯っぽく人差し指を立て、二人と一匹に微笑みかける。
それは強烈な反撃で、ミリィたちは再び黙りこくることになった。
「まあ、それはそれとして。皆さん、素敵な贈り物をありがとうございました。本当に、嬉しかったです」
律儀なナノハは切り替えて礼を言ったが、ミリィとエレナはその言葉に上手く反応することができない。
そして、ただただ首を縦に振るばかりだった。
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