第71話 可愛らしいさがしものと呼び出し
「あれ?」
里の改革も順調に進み、獣人たちと生活する日々にも慣れてきた頃のこと。
明日には綺麗な満月が拝めそうだという、そんなある日の夜のことだ。
その日は一人で温泉に入浴していたリドが、浴場施設から出たところであるものを見つける。
「うーむ。なかなか見つかんねーですね」
それは、草むらでゴソゴソと動くムギの姿だった。
リドはムギに近づき、声をかける。
「ムギ? 何してるの?」
「わわわっ! しー! しーですよ!」
リドの姿に気付くと、ムギは慌てた様子で口に人差し指を立てている。
そして辺りをきょろきょろと見渡し、他に誰もいないことを確認してほっと息をついていた。
どうやら誰かに知られたくないことをしていたようだが……。
「ふー。あぶねーあぶねーです」
「えっと、何してたの? こんな草むらで」
「むふふ。それは、この時期の夜にしか咲かねー花を見つけるためです」
「花?」
ムギはどこか得意気に言った。
ムギの話によると、どうやらこの《ユーリカの里》には「夜灯花」という変わった花があるらしい。
夜灯花は冬が迫ったこの季節の夜にしか咲かない花のようで、月の灯りを映したかのように淡く、そして美しく輝くのだという。
「へぇ。そんな珍しい花があるんだ。でも、どうしてムギはその花を?」
「んふ。それは姫さまに『一年に一度のおくりもの』をするため、です!」
ムギはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸を張った。
「一年に一度の贈り物? もしかして……」
「そーです! 明日は姫さまの誕生日なんです!」
思わず声を張り上げてしまってマズいと思ったのだろう。
ムギはしまったとばかりに自分の口を手で抑え、また誰かに聞かれていないか辺りを見渡していた。
そんなムギに苦笑しながらも、リドはなるほどと頷く。
どうやらムギはナノハに誕生日の贈り物として夜灯花をあげようとしているらしかった。
「でも、その花がなかなか見つかんなくって困っているです……。姫さまに喜んでもらいてーですのに……」
ムギはしゅんとして獣耳を垂らす。
なかなかに苦戦している様子だ。
そんなムギを見て、リドのお人好しが発揮されないわけはない。
リドはムギに微笑みかけ、その申し出を口にする。
「ムギ、もし良かったら僕も見つけるのを手伝うよ」
「おお、ほんとーですか! それは助かるです!」
一転、笑顔になったムギにつられてリドも笑う。
(《ギャラルの黄金鈴》を使えばすぐに見つけられると思うけど……)
リドは温泉を発掘した時の神器を召喚しようとして、やめた。
必死になって草むらを掻き分けているムギを見つつ、自分も同じように腰を落として夜灯花を探し始める。
(こういうのは自分たちの手で探すのが大切、だよね)
そんなことを考えながらムギと二人で探すことしばらく――。
「あった! 見つけたです!」
お目当てのものを発見したムギが笑顔を弾けさせた。
「神官のおにーさん! ありがとです! おかげで花を見つけられたです!」
「どういたしまして。それに、見つけたのはムギだからね」
「でもでも、神官のおにーさんは、はなかんむり? ってやつの作り方を教えてくれたです。おかげですっげー良いおくりものができそーです」
「ふふ、それは良かった」
ムギはリドが作ってやった夜灯花の花冠を抱え、ぺこりとお辞儀をする。
そして何度も礼を言ってから、ムギはパタパタと駆けていった。
(ナノハが慕われているのがよく分かるね)
嬉しそうにかけていくムギを見ながらリドは一つ息をつく。
献身的で実直なナノハのことだ。
ムギだけではなく、多くの獣人たちから愛されているんだろう。
初めてラストアで出会った時もそうだったし、ナノハは今もリドたちに協力して里の改革のためと精力的に動いている。
だからこそ、自分ももっと力になりたいなと、そんなことを思い浮かべながらリドは月明かりの照らす夜道を歩き出した。
***
「神官のおにーさん、昨日はありがとーございました! 姫さま、とってもとっても喜んでくれたです!」
翌日の夜。
無事ナノハに贈り物を渡せたらしいムギが、リドに満面の笑みを向けてきた。
「それは良かったね。ムギが頑張って探したからだよ」
「ふひひ。くすぐってーです」
リドに頭を撫でられたムギが顔を綻ばせる。
どうやら上手く贈り物を渡せたらしく、尻尾をぶんぶんと振っていた。
「と、いけねーいけねーです。姫さまから神官のおにーさんに伝言があったです」
「伝言? ナノハから?」
「はいです。かじゅえんをこえた先で待ってるって言ってましたですよ」
「確か、前に案内してもらった池がある方だね。何だろう?」
「ぷくく。ひょっとしたら『愛のこくはく』とかゆーやつかもしれねーですよ」
「ははは。ナノハが僕になんて、それはないでしょ」
「……」
冗談だと思ったリドは真に受けなかったが、ムギにはそれが不服だったらしい。
いや、不服というよりも呆れているといった感じだ。
何かを訴えかけるようなジトっとした目を向けられ、リドは困惑した表情を浮かべる。
「え、何……?」
「神官のおにーさん、色々とすげーですけど、あんましすげくないところもあるです」
「えぇ……?」
「さあ、行った行った、です」
「う、うん」
よく分からないなと
ムギにグイグイと背中を押され、リドは伝えられた場所に向かうことにした。






