第70話 温泉のガールズトーク
「はぁ……。気持ちの良いものですね」
夕暮れ時になって。
木製の湯船に女性陣が肩を並べて浸かっていた。
「ナノハさんと同意見ですねぇ。蕩けちゃいそうです」
「これはぜひラストアにも欲しい施設ですわねぇ……」
リドが温泉を掘り当てた後のこと。
急いで湯船やその周りを囲う壁を設置することになったのだが、そう時間はかからなかった。
木材はミリィが【植物王の加護】のスキルを使って調達できたし、その加工はエレナが素早い剣技でやってのけた。
後は里の者たち総出で建設に取り掛かったところ、急ごしらえとは思えない立派な温泉施設が誕生し、今に至る。
温泉の温度もどうやらちょうど良いようで、女性陣は蕩けた声を漏らしていた。
「わぁー。すげーおっきいお風呂ですー!」
「こらムギ。湯船で泳いではいけませんよ」
思い切りはしゃいでいたムギがナノハに注意を受け、エレナとミリィはそれを見て笑っている。
何とも微笑ましい光景だった。
「リド様が掘り起こしてくださったこの湯は一体何なのでしょうか? 雪のように白いですし、不思議と良い香りがします」
「にごり湯と呼ぶらしいですわ。疲労回復の効果があるのだとか」
「前にエレナさんと一緒に入ったファルスの町のお風呂よりも、体がぽかぽかする気がしますね。疲れが溶けちゃいそうです」
「あれは普通の水を温めたものですからね。ちなみに、この温泉というのは美容にも良いらしいですわよ」
「おお、それは嬉しい効能ですね」
「といっても、ミリィさんには必要ないと思いますけれどね。元からお肌がピチピチですし、それ以上可愛らしくなったら大変ですわ」
「そ、そんなこと……」
ミリィは恥ずかしそうに赤面する。
エレナには微笑みかけられたが、ミリィからすればこの温泉に浸かってから気にかかっていることが一つあった。
ミリィはその内容を口に出すことはしない。
しないが、時折エレナとナノハに横目を向けている。
(エレナさんやナノハさんみたいに胸が大きくなる効能とかは無いんでしょうか……)
そんなことを考えながら、ミリィは自分の胸を確かめるようにぺたぺたと触っていた。
「それにしても――」
ナノハが上の方を見上げ、肩にちゃぷりとお湯をかける。
「屋根が無いと落ち着かないのではと思っていましたが、これはむしろ素晴らしいですね。外の景色を見ながら湯に浸かるのがこんなにも気持ちの良いものとは思いませんでした」
「すごく開放感がありますよね。リドさんの言っていた通り、《ユーリカの里》にぴったりの施設かもしれません」
空には夕月が浮かび、心地の良い風が吹いている。
遠目には針葉樹林が映り、夕暮れに染まるその光景はまさに絶景と言えた。
そんなものを湯に浸かりながら眺めていられるのだから、贅沢なことこの上ないというものだ。
「これも師匠のおかげですわねぇ」
「リドさん、前に読んだ本で温泉のことを知ったみたいですね」
「勤勉な師匠のことですからね。人々を導く神官の鑑ですわ。まったく、あれほどの人が左遷されたことがあるだなんて今でも信じられませんわよ」
「この温泉も、里の者たちが疲れを癒やせるようにと思いついたものらしいですね。獣人たちも皆喜んでいました」
「ふふ。そういうところ、リドさんらしいです」
「きっと師匠が聞いたらまた謙遜されるに違いありませんわね」
「穏やかで慎ましく、それでいて現状に満足せずまっすぐに進もうとされる。本当に、リド様は素晴らしいお方ですね」
リドのことを称えながら、女性陣はまた蕩けるような息を漏らす。
ゆったりとした時間が流れ、皆が温泉の素晴らしさを噛み締めていた。
一方その頃、男性用の浴場では――。
「だとさ、相棒」
「ハハハ。リド殿も慕われておるな」
「ち、ちょっと照れますね……」
同じく湯に浸かっていたリドが、照れくさそうに頬を掻いていた。






