第63話 古代遺跡
「ハッ!」
「えいっ、ですわ!」
《ユーリカの里》の奥地にある古代遺跡を目指す道すがら。
リドたちは襲いかかる魔物を退けながら先へと進んでいた。
ウルフ種や有翼種など、多様な魔物が出没したが、各々が高水準の戦闘力を持つリドたちの敵ではない。
高い身体能力を持つエレナとナノハが前衛で敵を撹乱し、後衛からリドが攻撃、ミリィが防御面などのサポートを行うという布陣で、強靭な魔物の群れも苦にすることなく遺跡への道を進むことができていた。
とりわけ、リドは別格だった。
愛用する《アロンの杖》から放つ無数の光弾により次々と魔物を殲滅する様は、まさに圧巻の一言である。
残った敵を狩るエレナやナノハも、周辺の植物を操作して支援するミリィも、素晴らしい働きを見せていた。
「師匠、やりましたわ! 今の戦闘でレベル110になりましたわ~!」
「おお、凄いね。エレナが日頃から続けている鍛錬のおかげかもね」
「また一段と動きが洗練された気がしますわ。なんかこう、シュバババって感じで動けますわ」
「おい、エレナのお嬢さんよ。シュバババなのはいいがあんまり調子に乗って動き回るなよ。さっきもそれで沼にハマりそうになってたんだからな」
「き、気をつけますわ」
エレナがバツ悪そうに言って舌を出す。
シルキーは茶化していたが、戦闘を繰り返すたびに強さを増すエレナのスキルは強力である。
それも元々はリドが天授の儀で授けたスキルであり、そのことからもリドの神官としての能力が窺えるというものだが。
「改めて皆さんの戦闘力の高さには驚かされますね。規格外というか何というか……」
「いえいえ、ナノハさんも凄かったですよ! さっきもその不思議な武器を振る姿、カッコ良かったです!」
「ありがとうございます、ミリィさん。でも、そんなに言われると照れてしまいますね」
照れながら言ったナノハの手に握られていたのは長い棒状の武器である。
先端には短剣のような形状の刃物が取り付けられており、槍とも剣とも異なる不思議な形にミリィは興味津々だった。
「これは『薙刀』と言って、私たち獣人族に古くから伝わる武器なんです。攻撃できる距離も長いですし、私の愛用武器でもあります」
「けっこう重そうですけど、ナノハさんは軽々と振っていましたよね。やっぱり獣人族の方って力持ちなんですね」
ナノハの持つスキルは攻撃面において直接効果を発揮するようなスキルではない。
にもかかわらずナノハは身の丈ほどもある薙刀という武器を軽々と振り回しており、ミリィの言う通り獣人族の身体能力の高さを窺わせるものだった。
「よしよし。これならこの先にある遺跡の探索も順調にいきそうだな。とっとと黒水晶を回収して、獣人のおっちゃんに旨いメシでもごちそうしてもらおうぜ」
「シルキーってば、いつもそんな調子なんだから」
愛猫が言った言葉に深く溜息をつくリド。
それからも一行は協力して魔物を討伐しつつ、先へと進んでいく。
――しかし、シルキーが言った言葉とは裏腹に、古代遺跡にはリドたちの脅威となる存在が待ち受けていたのだった。
***
「ここだね」
ほどなくして、リドたちは遺跡の入り口へと辿り着く。
そこにあったのは植物の根に覆われた石造りの建物で、時折聞こえてくる蝙蝠の声が不気味さを感じさせた。
「な、なんだか思っていたよりおっかない場所ですわね。何というか、薄気味悪い感じがしますわ……」
「エレナのお嬢さんはこういうの苦手だもんなぁ。中の探索は吾輩たちに任せてここで待ってたらどうだ?」
「おほほほほ。な、何を仰るのかしらシルキーさん。確かにちょっとばかり不気味な場所ですが、このくらいへっちゃらですわよ?」
エレナは余裕そうな笑みを浮かべていたが、さり気なくミリィの服の端を掴んでいるのを仲間たちには見られていた。
暗所恐怖症と閉所恐怖症(おまけに言えば高所恐怖症もだが)を持ったエレナにしてみれば、一人でここに残る方がよほど怖いだろう。
「さ、さて。それじゃレッツゴーですわ皆さん」
勇ましく片手を上げて中へと入っていくエレナとそれに続くリドたち。
そして数分後――。
「あ、あの、エレナ様。尻尾にしがみつかれると少しくすぐったいのですが」
「はっ!? すみません、つい……」
始めは意気込んでいたエレナだったが、今では見事なまでに腰が引けていた。
怖さを振り払おうと振りまいていた空元気もどこへやらである。
「ったく、そんなんで大丈夫かよ。魔物が出てきたら動けるのか?」
「だ、大丈夫ですことよ。まだ魔物と戦ってた方が気が紛れて楽ですわ」
「とか言いながらさっき蝙蝠が横切った時は思いっきり叫んでたけどな」
「うぅ……」
いつぞやの王都教会の地下に潜入した時のことを思い出すなと、リドとミリィは揃って苦笑する。
逆にエレナがいつも通りの調子だったことで場の空気が和んでいるような気がしたが、当の本人はそれどころではないようだ。
リドとナノハで先頭を進み、遺跡の奥地へと進んでいく。
「それにしても、随分と古い遺跡だね。いつ頃からあるんだろう?」
「お父様から聞いたことがありますが、遥か昔、獣人族が《ユーリカの里》に移り住んだ時に建てられたものだろうと仰っていましたね。何でも、昔はこの遺跡で獣人たちは暮らしていたんだとか」
「ああ、だからさっきから色んな部屋があるんだね。所々に燭台みたいなものも見受けられるし、当時の生活の跡なのかも」
リドは言いながら辺りを見渡す。
遺跡の内部は思いのほか広く、いくつかの区画に分かれていた。
また、この遺跡は地下に伸びているらしく、今リドたちがいる場所から下にも階層が続いているようだ。
「それから、お父様はこうも仰っていましたね。《ユーリカの里》の豊穣を司る女神様を祀った像があるとか」
「豊穣を司る女神を祀った場所か……」
(そういえば、獣人族について書かれたあの赤い本にもそんなことが書かれていたっけ……)
ナノハの言葉を聞いて、リドは遺跡の奥へと進みながら思考する。
(そんな大切な場所に獣人族を脅かすものが置かれているなんてやっぱり許せないな。早く回収して獣人族の人たちを救わなくちゃ)
リドはそう心に決め、前を向いた。
古くから存在する建物だけあってか足場も脆くなっているらしい。
所々で石畳の床が崩れ落ちていたため、慎重に進もうと声を掛け合いながら一行は進む。
すると――。
「やっぱり遺跡の中にも魔物がいやがったか」
いち早く気配を察知したシルキーが呟き、リドたちは歩を止める。
通路の脇道から現れたのは太い棍棒を持ったオーク種の魔物だった。
「ドレッドオークか。知能は低いし馬鹿力が取り柄ってくらいだが、一応オーク種の中でも上位の魔物だ。持っている棍棒には当たらないよう注意するんだぞ」
シルキーが少々の毒舌を挟みながら現れた魔物を分析する。
ドレッドオークはその巨体をゆっくりとリドたちの方へと向かわせ、手にしている棍棒を引きずりながら接近してきた。
一行の先頭に立っていたリドとナノハが臨戦態勢を取り、迎え撃とうとするが……。
――グガァアアアア!
「えっ……?」
ドレッドオークは持っていた棍棒を石畳の床に振り下ろす。
それはドレッドオークにとっては威嚇行動のつもりだったのだろう。
しかし、古くなった遺跡の床を力任せに叩きつければどうなるかは目に見えていた。
「あんにゃろう、ここでそんなことしたら――」
シルキーが悪態をついた時には既に床が崩落していた。
先頭にいたリドとナノハが巻き込まれ、ドレッドオークと一緒に落下していく。
「きゃっ!」
「……っ!」
土砂や瓦礫と共に落下する最中にあって、リドのとった行動は無駄がなかった。
まず《アロンの杖》から光弾を飛ばし、ドレッドオークを撃破。そして光弾を射出した反動を利用し、体勢を崩していたナノハに手を伸ばした。
「ナノハ! 掴まって!」
「は、はいっ!」
リドはナノハの体を引き寄せると、受け身が取れないナノハに代わって後頭部へと手を回す。
自然と密着するような格好となり、ナノハはリドの胸に顔を埋めることとなった。
「神器召喚――!」
底に叩きつけられる刹那、リドは《ソロモンの絨毯》を召喚する。
宙に浮かぶ絨毯が落下の衝撃を緩和し、リドたちは不格好ながらも着地に成功した。
「リドさん、ナノハさん!」
「お二人とも、大丈夫ですか!?」
上から聞こえてきたミリィとエレナの声にリドは手を振って無事を知らせる。
《ソロモンの絨毯》により難を逃れたのだと知ると、二人はほっと胸を撫で下ろしていた。
「ナノハ、大丈夫?」
「は、はい……」
突然のことで驚いたからだろうか。
ナノハはリドの体にしがみついたまま弱々しい声を漏らす。
頭から生えた獣耳はしおらしく垂れていて、リドが手を離すまでそんな調子だった。
「ごめんね。咄嗟のことだったとはいえ、ちょっと強く抱きすぎちゃったかも」
「……」
「ナノハ?」
「は、はいっ!」
「大丈夫? どこか怪我したとか?」
「い、いえその……。ちょっと刺激が強かったと言いますか……」
「え?」
「あ……。えっと、何でもありません」
リドに背を向け、緊張をごまかそうと自分の髪を弄るナノハ。
その反応の意味するところが分からずリドは疑問符を浮かべたが、耳がいい上に夜目が利くシルキーは穴の上の方でニヤリと笑っていた。
「とにかく、怪我が無いようで良かった。でも、みんなとはぐれちゃったか」
リドが落ちてきた穴の上の方を見上げる。
ミリィやエレナが覗き込んでいるのが見えるが、けっこうな高さがある。
普通に登るのはとてもではないが無理だろう。
「先程の、リド様が喚び出した不思議な絨毯を使えば上に登れないでしょうか?」
「うん、そうなんだけどね。《ソロモンの絨毯》はけっこう大きいから、上がっている途中で脆くなった岩盤に引っ掛けちゃったりすると……」
「なるほど。また崩落に巻き込まれる恐れがありますね。そうなったら、今度は土砂に埋まってしまうかも」
「だから、こっちに進むのが安全かなって」
リドは言って、穴の底から伸びていた道を指差す。
そこは上と同じく石塊で囲まれており、奥の方まで続く通路のようだ。
「ナノハ。この遺跡の構造って分かる?」
「ええ。昔は獣人たちが住んでいた場所というだけあって、複数の階層に分かれていると。この道もおそらく入り口から下に位置する階層なのでしょう」
「なら、こっちの道を行こうか。上に繋がる道も見つけられるだろうし、ドライド枢機卿がどこに黒水晶を設置したのか分からない以上、二手に分かれた方が効率良いだろうしね」
「確かにそうですね。では……」
リドとナノハは穴の底から伸びている道に進むことを決め、上から覗き込んでいる二人にそのことを伝える。
「分かりましたわ、師匠ー! お二人ともお気をつけて!」
上の二人と言葉を交わしあった後、リドとナノハは頷き合い通路を進むことにした。
入り口の階層から離れてしまったためだろう。
リドたちがいる場所には光が届かず、暗闇に包まれていた。
「……先がよく見えませんね。松明などもありませんし、どうしましょうか?」
「そうだね。ちょっと待ってて」
リドは足を止め、「神器召喚」と小さく呟く。
すると、松明を灯したかのようにまばゆい光がリドの手の内に現れた。
「リド様、これは?」
「《スワロフの羽》っていう神器の一種だね。見ての通り、光源になってくれる羽なんだ」
「す、凄いですね。リド様が戦闘時に使っている《アロンの杖》もそうですが、先程の絨毯も不思議な効果を持っているようでしたし。こうも様々な力を持つ道具を召喚できるとは、リド様のスキルは底が知れません」
「あはは。このスキルを授けてくれたのはグリアムさんだからね。ナノハがそんな風に驚いてくれたら喜んでると思うよ」
「ふふ。そうかもしれませんね。あの人のことですし、得意気に大笑いしているかもしれません」
グリアムのことを思い出し、二人で笑い合う。
そしてリドたちは、《スワロフの羽》の光を頼りに遺跡の地下層を進んでいった。
***
――その頃、もう一方では。
「リドさんとナノハさん、大丈夫でしょうか? 早いところ合流できるといいんですが」
ミリィとエレナ、シルキーは入り口から伸びる道を奥へと進んでいた。
下の階層を行くリドたちが気になったのか、ミリィはどこか落ち着かない様子で辺りを見回しながら進んでいる。
「そんなに心配する必要はありませんわよ。向こうには師匠もいるんですから魔物が出てきても平気へっちゃらですわ」
「チッチッチ。まだまだ甘いな、エレナのお嬢さんよ。ミリィはそんなことを心配してるんじゃないんだよ」
「と、仰いますと?」
「大方、リドと二人っきりになれたナノハのお姫さんが羨ましいんだよ」
「ち、ちょっとシルちゃん。そんなこと……」
ミリィは慌てて否定したが、シルキーは畳み掛ける。
「ナノハのお姫さんは確かにめちゃくちゃ別嬪だし、この暗がりだからなぁ。ニブちんのリドとはいえ、色々と起こってもおかしくない。きっとそんなことを妄想してやがるんだよ、このむっつりシスターは」
「そ、そこまで想像してませんってば!」
「ほほう? じゃあミリィよ、もし自分がこの暗い遺跡の中でリドと二人きりだったら何も期待しないと誓えるか?」
「…………」
「ほんと分かりやすすぎるぞ、お前」
「あ、ちがっ……」
期待通りすぎる反応を見せたミリィにシルキーは溜息をつく。しかし尻尾はどこか楽しげに揺れていて、大層ご満悦の様子だった。
「ほらほら。ここには黒水晶を回収しに来てるんだからな。いつまでもお花畑な妄想してないで、真面目に探索しろよ?」
「……シルちゃん。帰ったら当分おやつ抜きです」
「な、なんだと!?」
「分かりますわよミリィさん。今のはさすがに私もズルいと思いますわ」
「おい! おーぼーだぞお前ら! 吾輩は断固として抗議する!」
そうしていつも通りのやり取りをしながら、二人と一匹は先へと進んでいった。






