第62話 解決への糸口
「やれやれ。ナノハのお嬢さんが獣人族のお姫さんだったとはな」
獣人族たちの住まう里――《ユーリカの里》に到着してから少しして。
ナノハが仲間の獣人たちに帰還を伝える姿を遠目に見ながら、リドたちは先程明らかになった事実について言葉を交わしていた。
「でも、色々と納得したよね」
「そうですね。ナノハさん、すっごくお淑やかというか、高貴な感じが出ていましたし」
「やっぱり、どこぞのなんちゃってご令嬢とは違うよな」
「シルキーさん、人はそれぞれですのよ?」
エレナがシルキーの首根っこを掴んで抗議する一方、リドは建物の中に横たわったままの獣人たちを見やる。
皆弱っている、というのが第一印象だった。
起き上がることもままならない者が多数で、苦しそうに咳き込む獣人もいる。
今ナノハが話している獣人も顔色が悪く、自分たちの姫の帰還を喜びながらも時折苦しそうに胸を抑えていた。
「……」
その様子を見ながらリドは、初めてラストア村に来た時のことを思い出していた。
「似ていますね。ラストア村に鉱害病が流行った時と」
「うん……」
ミリィの言葉にリドは頷く。
膝をついて一人ひとりに話しかけているナノハの姿も、かつてのミリィのように仲間たちへの献身性を思わせるものだ。
どうにかしてやりたいと、リドの中でそんな思いが強くなっていく。
そうしてしばらくすると、獣人たちとの話を終えたナノハがリドたちの元へと駆けてきた。
「すみません皆さん。お待たせしました」
「ううん。それよりも、ミリィの薬草はどうだった?」
「ええ。皆に飲ませたところ、効果が無いわけではなかったのですが……」
「やっぱり完全には回復しない、か……」
ナノハは手にしていた上級薬草をきゅっと握りしめる。
獣人たちのためにとミリィが持ってきたものだったが、鉱害病の時とは異なり根治するには至らないらしい。
そもそもこの現状は、住む土地の影響を強く受ける獣人族の特性が悪い方に働いて起きているものだ。
道中でも話していた通り、リドたちの中でも推測していた状況だったのだが……。
「ま、元々の原因が原因だしな。ちょっとでも効果があるなら良かったじゃねえか。獣人たちも少しは楽になったみたいだしな」
シルキーが言ってミリィの肩をぽんと叩く。
それはシルキーなりの励ましでもあったのだろう。
ミリィはわずかに笑みを浮かべてシルキーの背を撫でていた。
「それで、これから皆さんには私のお父様に会っていただきたくて」
「ナノハのお父さん……。ということは獣人族の族長を務める人か」
「はい。皆さんのご紹介もしつつ、諸々の報告ができればと」
「そうだね。一度状況を整理したいしね」
リドたちはナノハに連れられて奥の部屋へと向かう。
中に入ると、木造りの寝床の上に大柄の獣人が横たわっていた。
獅子のたてがみを思わせる長い髪と巨漢ぶりから、これがナノハの父にして獣人族の族長を務める人物だろうと、リドたちはすぐに理解する。
「……おお、ナノハよ」
「お父様、ただいま戻りました」
ナノハが寝床に近づくと、その獣人はゆっくりと体を起こす。
体が弱っている影響だろう。
苦しそうに咳き込むが、ナノハの帰還を知り安堵した様子でもあった。
「お、お父様。無理をなされてはいけません」
「いや、よい」
ナノハの父は娘を優しく一瞥した後、リドたちの方へと視線を向ける。
憔悴した様子ではあるものの、威厳を感じさせる力強い目だった。
「ナノハよ。この者たちが?」
「ええ。今回の件に協力してくださるラストア村の方たちです。私も、危ないところを助けていただきました」
ナノハは父に薬草を飲ませた後、ここに至るまでの経緯を掻い摘んで説明していく。
「――というわけです」
「ふむ。そんなことが……」
ミリィの薬草の効果で少しは楽になったらしい。
ナノハの父は話を聞き終えると、リドたちに向けて頭を下げた。
「ナノハの窮地を救ってくれたこと、そして里の者たちのために来てくれたこと、心からの礼を言わせてもらいたい。本当に、感謝してもしきれぬ……」
「いえ、僕たちは当然のことをしたまでです。それよりも今回の件、お力になれればと思います」
「吾輩たちの力は折り紙付きだからな。任せてもらっていいぞ、獣人のおっちゃん」
「シルキー、また失礼な呼び方を……。ほんとに君ってば……」
「よいよい。そのくらいの方がこちらも接しやすいしな」
「ほれみろ。獣人のおっちゃんもこう言ってるぞ」
「はぁ……。シルちゃんが相変わらずすぎます」
「もうシルキーさんのこれは治らないかもですね。らしいと言えばらしいですけれど」
相変わらず尊大な態度のシルキーにリドたちは深く溜息をつく。
「名乗るのが遅れてしまったな。我は獣人族の族長を務めるウツギという者だ。ナノハ共々、ぜひ普通に接してほしい」
「わ、分かりました」
ウツギと名乗ったナノハの父に対し、リドたちは一人ずつ自己紹介を行った。
「ヴァレンス王国での話、我も聞き及んでいる。まさか、騒乱を未然に防いだのが貴殿らのような少年少女だったとは意外だがな」
ウツギは言って、僅かに口角を上げる。
一族の長というだけあって存在感のある人物だ。
と同時に、不思議な温かみを感じさせるというのがリドたちの第一印象だった。
「くっく。こっちはどこぞの王様よりも王様っぽいなぁ?」
シルキーがそんなことを呟いたためリドたちは窘めたが、どこか分かる気もするなと揃って嘆息する。
「リド殿。そしてミリィ殿にエレナ殿、シルキー殿。獣人族を代表して貴殿らの来訪を歓迎する。……と言っても、今はまともにもてなしができず心苦しいのだが」
「いえ、まずは今起きている問題を解決しなければいけませんから」
「起きている問題、か……。先程の話では、数ヶ月前に里を訪れたドライド枢機卿が持ち込んだという黒水晶。それが悪影響を及ぼしているのだとか」
「その可能性が極めて高いでしょう。現状、どのような原理でそうなっているのかまでは分かりませんが、発生時期などから考えても黒水晶が《ユーリカの里》の大地を枯れさせた要因であると考えてほぼ間違いはないかと」
「うむ。ナノハからも聞いていると思うが、我ら獣人族は豊穣の大地と共に生きる種族。本来この時期には、金の稲穂に囲まれ皆健やかにあるはずなのだが……。このような時に動けぬとは、一族の長として情けない」
「でもお父様。リド様たちも協力してくださるとのことです。大地が元通りになれば、皆も元気な姿を取り戻せるはずです」
「その通りです。幸いミリィの薬草も少し効果を表したようですし、今は養生なさってください。きっと僕たちが何とかしてみせますから」
「……恩に着る」
ウツギが深く感謝の意を告げ、リドとミリィ、エレナは獣人族を救いたいという想いからはっきりと頷く。
そしてシルキーがリドの肩から飛び降り、切り替えるように言った。
「さて。しんみりするのはここまでとして、さっそく黒水晶を回収しに行かないとな。ミリィの薬草で多少は回復したとはいえ、このままじゃ獣人たちの生活もままならんだろうしな。ドライドの奴が寄った遺跡ってのは近くにあるんだろ?」
「ああ。ここから山道を登った場所に古い遺跡がある。場所はナノハに聞くといいだろう。しかし、気をつけて行かれよ」
「ナノハのお姫さんの話によれば魔物が現れてるんだったな。ま、吾輩の相棒の手にかかればちょちょいのちょいってやつだから。安心してくれよ、獣人のおっちゃん」
またも偉そうな口ぶりで話すシルキーにリドたちが肩を落とす。
そうして、リドたちは《ユーリカの里》の外れにあるという古代遺跡へと向かうことにした。
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