第61話 夜の会話と意外な真実
「陽も落ちてきたし、これ以上進むのは危険かな」
「そうだな相棒。そろそろこの辺りで休む場所を作ろうぜ。エレナのお嬢さんがブルブル震えだしそうな時間だしな」
「べ、べべ、別に震えはしませんわよ?」
「はいはい」
広大なルーブ山脈の山頂にそろそろ近づこうかというところ。
リドたちはその日の進行を止め、夜を明かす「宿」を作ることにする。
「それじゃミリィ、お願いね」
「はい。お任せください」
幸いにも先程の渓谷以外、ルーブ山脈は木々に囲まれていた。
こういう時にはミリィのスキルが大活躍である。
ミリィは自身のスキル――【植物王の加護】を使用し、周囲にある木々を変形させていく。
程なくして木の家が完成すると、ナノハが感嘆の声を上げた。
「す、凄いですねミリィ様。こんな簡単に大きな家を作ってしまうとは……」
「ふふ、ありがとうございます。でも、このスキルはリドさんに天授の儀で授けてもらったものですから。凄いと言うならリドさんの方ですよ」
「そうですか……。噂には聞いていましたが、本当に凄い神官様なのですね、リド様は」
二人からの絶賛にリドは照れて頬を掻く。
「ふふん。なかなか見る目あるじゃないか」
その様子にシルキーが得意気に胸を張るまで、お決まりの流れだった。
***
夜が迫り、皆で焚き火を囲んで食事をとる。
宵闇に焚き火の朱が煌々と灯る中、ナノハはしみじみと呟いた。
「何というか……。皆さんといると、驚きの連続ですね」
「うんうん。私もラストアにリドさんが来てからはそんな感じでしたよ。もちろん、今も驚くことばっかりですけど」
温かいスープを皆で啜りながら談笑する。
そうしてしばらく時間が経った頃だろうか。
不意にミリィが口を開いた。
「そういえば、ナノハさんのスキルって珍しいですよね」
「私のスキルがですか?」
「はい。スキルっていうと使用を念じて発動するものが大半だと思うんですが、ナノハさんのは常に発動してる感じだなぁと」
「私が師匠から授かった【レベルアッパー】というスキルも似ていますわね。まあ、私のは主に戦闘で効果が発揮されるスキルですけれど」
ミリィとエレナが言った言葉にリドが頷く。
「常時発動型のスキルだね。ナノハが寝ている間にも働いていたみたいだし、確かにちょっと珍しいスキルかな」
「【聖天使の息吹】だっけか? さっき山道を登る時にも話してたが、疲れなんかも取れやすいんだろ? 吾輩も欲しいくらいだ」
「シルキーは寝てばっかりだからいらない気がするけど……」
「なんだと相棒」
リドの膝上に収まっていたシルキーがぺしぺしと尻尾を叩く。
「ふふ。きっと、授けてくださった神官様が優秀だったのでしょうね。私に天授の儀をやってくださった時も会心の出来だと仰っていましたし」
「……へぇ。ちなみにどんな神官さんだったの?」
「かなり年老いた方でした。グリアム様という方なのですが」
「えっ!?」
「おいおいマジかよ」
神官の名を聞いたリドとシルキーが揃って声を上げる。
少し遅れてミリィもそれに反応した。
「あれ? グリアムさんって確かリドさんの……」
「うん。行き場を失くしていた僕を拾ってくれて、スキルを授けてくれた人だ」
「吾輩の元飼い主でもあるな。変わり者のジジイだったが」
「そ、そうだったのですか?」
リドの言葉を聞いて、今度はナノハが驚きの表情を浮かべる。
思わぬ共通点があったものだと、リドとナノハは互いに顔を見合わせていた。
「そういえばあのジジイ、吾輩とリドを置いてちょくちょくいなくなることがあったからな。きっとナノハのお嬢さんと会ったのも、そんな中での出来事なんだろう」
「でも、そのグリアムさんという方、凄いですわね。師匠に授けたスキルはもちろん、ナノハさんに授けたスキルも希少なものらしいですし」
「そうだね。ナノハの言った通り、本当に優秀な神官だったと思うよ」
ナノハはリドの微妙な言い回しで察したのだろう。
頭から生えた獣耳を力なく垂らし、残念そうに俯いた。
「ということは、グリアム様は……」
「うん……」
「できればまたお会いして、お礼が言えたらと思っていたのですが。残念です……」
「でも、大往生だったよ。本人も笑ってそう言ってたし。むしろ、悲しんだら化けて出てやるとも言ってたかな」
「そう、ですか……。確かに、そのような雰囲気のある方でしたね」
ナノハはリドの言葉を受けて夜空を見上げる。
口には出さなかったが、グリアムに対して感謝の念を捧げているのだろうと、リドには何となく分かった。
そんなナノハの姿を見ながら、シルキーが尻尾を揺らす。
シルキーの表情は珍しく真剣で、その琥珀色の瞳は遠いものを見るように細められていて……。
「……?」
いつもと違う雰囲気のシルキーに気づいたミリィが、小首を傾げていた。
***
――翌朝。
ナノハの案内で獣人族の里を目指していたリドたちは、《カナデラ大森林》へと足を踏み入れていた。
深い森、と。
一言で表現するならばそうなるだろうか。
同じ種類の木々が並ぶせいで方向感覚を失いそうになる場所だった。
「獣人族の里の場所は世間一般に知られていないと聞きますが、それも納得ですわね。ナノハさんの案内がなかったら間違いなく迷子になっていますわ」
「昔は外敵から身を隠すため、という理由があったとお父様が言っていました。ブルメリアも平和ですし、今ではそのような心配は無いらしいのですが。たまに道に迷った旅人さんを保護することもありますね」
「なるほど。とりあえず、はぐれないように気をつけますわ」
同じような木々に囲まれた中を進んでいく一行。
時折魔物とも遭遇したが、リドたちの相手ではなかった。
ナノハもさすが高い身体能力を誇る獣人族というだけあり、戦闘でも勇ましい活躍ぶりを見せていた。
そうして進むこと数時間――。
「こちらです」
ナノハが言って、リドたちは短い岩の洞窟を潜る。
それを抜けると、開けた大地が目の前に広がっていた。
「ここが……」
「はい、リド様。私たち獣人族の住む土地――《ユーリカの里》です」
ラストア村の雄大な自然とはまた違う、どこか殺風景な景色が広がっている。
恐らくその印象を強くしているのは枯れた木々のせいだろう。
冬が近いからという理由とも違う。
まるで樹木が飢餓に苦しんでいるような、そんな光景だった。
「ナノハのお嬢さんが言ってた通りだな。ラストアにある土と違ってカピカピだ」
シルキーが地面に鼻を寄せて呟く。
その言葉通り、《ユーリカの里》の土は干上がっていた。
「とりあえず、集落に着いたけど……」
リドが呟くが、出歩いている住人は見られない。
里の住人たちが臥せっているという事前の話通りなのだろうと、リドたちは沈痛な表情を浮かべる。
「ナノハ、獣人族の人たちは?」
「ええ。あちらに」
ナノハが指さしたのは里の中でも一際大きい木造の建物だった。
「リド様。まずは皆に戻ったことを報告したく思います」
「そうだね。行こう」
リドたちは自然と頷き合い、その建物へと向かう。
扉を開けると、そこには多数の横たわる獣人たちがいた。
獣人たちは現れたナノハの姿を見て、よろよろと体を起こす。
「姫様……? 姫様が戻られたぞ!」
そんな声が臥せっていた獣人から一斉に上がった。
よろめきながらも駆け寄ろうとする者が大勢いて、それをナノハが慌てて制する。
そして少し間があり、リドたちは獣人たちが言った言葉に遅れて反応した。
「え? 姫様……?」






