第60話 賑やかな道中
「ラナさん。村のこと、よろしくお願いします」
「ああ、こちらの方は任せてくれ。リド君のことだから心配はいらないと思うが、道中気をつけてな。無事解決することを祈っているよ」
「はい。ありがとうございます」
ラストア村の広場にて。
ラナやカナン村長を始めとして、事情を聞きつけたラストア村の住人がリドたちの見送りに集まっている。
送り出しの言葉を受け、リド、ミリィ、エレナ、シルキー、そしてナノハの四人と一匹はラストア村を出発した。
***
「さて、まずはこのルーブ山脈を越えないとだね。ナノハ、獣人族の里まではどのくらいかかるか分かる?」
「はい。来る時は五日ほどかかりましたが、その時は私の体が弱っていましたので……。この調子で進めば、恐らく明日には到着できるかなと」
「そっか。今日のうちに山頂付近までは進んでおきたいね」
山道を登りながら、リドは概ねの旅程を確認していた。
リドはもちろんのこと、小さい時からラストア周辺の野山を駆け回っていたミリィ、そして魔物との戦闘で鍛えられたエレナと。
今進んでいるのはそれなりに勾配のある山道だったが、一行は苦にすることなく登っていく。
「皆さん、動きがすごく軽快なのですね。頼もしい限りです」
「ふっふっふ。そうだろうそうだろう」
「シルちゃん、リドさんの肩に乗りっぱなしで歩いてないじゃないですか……」
「羨ましいか、むっつりシスターめ」
「それはもちろん羨ま……じゃなくて。というかシルちゃん、その呼び方は禁止!」
「あの、シルキー様。むっつりシスターとは?」
「それはだな――」
「教えるのも禁止ぃ!」
シルキーに弄られるミリィに真面目なナノハが加わり、いつもより賑やかなやり取りをしながら一行は進む。
そんな中でリドはナノハの状況を気にかけ、時折声をかけていた。
「ナノハは大丈夫? 病み上がりだし、無理はしないでね」
「お気遣いありがとうございます、リド様。しかしこの通り問題ありません。私が持つスキルの効果もありますので」
ナノハはその言葉通り、少しも遅れることなくリドたちに同行している。
始めはナノハを歩かせるのは大丈夫かと心配されたのだが、それは杞憂だった。
ナノハは少し前まで臥せっていたとは思えないほどに身軽な動きを見せている。
「ナノハ。念のため確認なんだけど、ここまで回復が早いのはナノハのスキルの影響があるからなんだよね?」
「はい。ミリィ様の薬草が無ければこのように動けなかったのは事実です。しかし、私の持つスキル――【聖天使の息吹】には傷や病を癒やす効果があるのです。ですから……」
「そうか。なら、他の獣人族の人たちをミリィの薬草で治療したとしても、ナノハと同じように回復するとは限らないわけか」
「はい……」
ミリィがスキルで召喚できる上級薬草は、かつて普通の薬草では治療できなかった鉱害病にも効果を表した万能薬である。
しかし、ナノハが現在の状態まで回復できているのは、ナノハ自身の持つスキル効果によるところが大きい。
ナノハは元々この【聖天使の息吹】というスキルを持っていたからこそ、大地が枯れている状況下でも活動できていたようだ。
つまるところ、ミリィの薬草だけで獣人族を根治させることはできず、やはり黒水晶に対して何かしらの処置をしなければならないということだ。
「大丈夫ですよ、ナノハさん。きっと私たちがお力になりますから!」
「ええ、ありがとうございます。ミリィ様」
険しい山道を進みながらミリィがナノハを元気づける。
その配慮に感謝して、ナノハもまた皆に笑みを返すのだった。
***
「うわぁ。深い谷ですね」
「向こう岸までは……駄目だね。距離があるし、迂回するしかないかな」
少し歩いて、リドたちは渓谷へと差し掛かっていた。
遥か下に流れる川が山を削り取ったことでこの地形をつくり出したのだろう。
対岸まではかなりの距離があり、とてもではないが渡ることはできない。
「来る時もこの渓谷を通りましたが、あいにくご覧の状況でして。ここを真っ直ぐに進むことができればかなりの短縮にはなるのですが……」
「し、しし、仕方ないですわよね。今は師匠の言った通り、迂回して先に進むことに致しましょう。なるべく、崖に近づかないようにしながら」
エレナが震えながら声を絞り出す。
高所恐怖症のエレナは崖下を覗くことすらできず、ミリィにしがみついていた。
「うーん。どこかに橋でもあれば良いんですけどねぇ」
「じ、冗談じゃありませんわ、ミリィさん。こんな高いところ、橋があったって絶対に渡りませんからね!」
「わ、吾輩もごめんだぞ。もし落っこちたらどうするつもりだ」
「エレナさんにシルちゃん、相変わらず高い所が苦手なんですね」
あまりの狼狽っぷりが少しおかしくて、ミリィは苦笑する。
いずれにせよ向こうへ渡るには別の道で行くしかないなと、一行は迂回した道を進むことにする。
「……」
実はその時、リドは向こう岸に渡るための策を思いついていた。
……のだが、高所恐怖症のエレナとシルキーがこの深い谷の上を渡ることに賛成してくれないだろうなと、仕方なく諦めることにする。
「あっ!」
歩き出そうとしたところ、突然ミリィが何かを思い出したかのように声を上げた。
「こらミリィよ。いきなり大声を上げるな。びっくりして落っこちちゃうだろうが」
「す、すみません」
「えっとミリィ? どうかしたの?」
「あ、はい。そういえばと思い出したんですが、リドさんの『神器』を使えば向こう岸に渡れるんじゃないかなぁって」
「ええと、《ソロモンの絨毯》のこと?」
「それですそれです」
今、ミリィが大仰な身振りで伝えようとしている『神器』とは、リドのスキルで召喚できる様々な能力を秘めた道具の総称である。
と同時に、かつての騒乱において数々の尋常ならざる力を発揮し、リドの活躍を支えた代物でもある。
リドが基本的に常時携帯している大錫杖、《アロンの杖》のように戦闘に使えるもの、姿を隠すもの、鍵の解錠を行うものなど、神器の種類や効果は多岐に渡る。
そして《ソロモンの絨毯》とは、一言で表現すれば空飛ぶ絨毯だ。
「《ソロモンの絨毯》ならすいすいーって飛んでいけますし、何なら獣人族の里までそのままひとっ飛びなんじゃないでしょうか?」
高所や高速移動が平気なミリィは目を輝かせていたが、対象的にそれらが苦手なエレナとシルキーは青ざめていた。
もっと言えば嬉々として語るミリィに対し「頼むから余計なことを言わないでくれ」と、目で訴えかけていた。
「残念だけど、《ソロモンの絨毯》は一定の高度までしか上昇できないんだ。ほら、サリアナ大瀑布でギガントードを倒した時も、途中から上昇できなくなったでしょ?」
「ああ、確かに」
「ソロモンの絨毯だとルーブ山脈を超えるほどの高度は出せないし、こんな風に高い所で広げると、そもそも浮かばなくなっちゃうんだよね。仮に浮いたとしても途中で谷底に落ちちゃったら大変だし……。だから、やっぱり徒歩で進むしかないかな」
「そうですか。仕方ないですね。あれ、けっこう楽しいんですが……」
今度はミリィが残念そうに肩を落とし、エレナとシルキーは安堵の表情を浮かべている。
「空を飛ぶ絨毯ですか……。そんなものがあるのですね」
「リドさんの神器は色々と凄いですよ。ちなみにナノハさんは高い所平気ですか?」
「ええと……」
そうして色々とやり取りをした結果、ナノハはミリィ側だということが判明した。






