第59話 獣人少女、ナノハ
「リドさん、エレナさん! あの子が目を覚ましました!」
朝――。
二階にいたミリィがそんな声を上げて階下に降りてきた。
どうやらシルキーと一緒に獣人族の少女の様子を見に行ったところ、ちょうど意識を取り戻すところだったらしい。
リドとエレナはすぐに反応し、揃って獣人族の少女が眠っていた部屋へと向かう。
そのまま空いていた扉から中に入るとまずシルキーがおり、その奥――ベッドの上に体を起こす少女の姿があった。
「あ、あの……」
知らない場所で目を覚ましたからだろう。
獣人族の少女はシーツを胸の前に手繰り寄せ、やや戸惑った表情を向けている。
「「……」」
少女の姿を見て、ミリィとエレナは揃って同じ反応を見せる。というより、固まる。
その少女はあまりに可憐すぎたのだ。
窓から差し込む陽光の中で眠り姫が目を覚ましたような、そんな光景を目の当たりにして女性陣はひそひそと声を交わした。
(ミリィさん、この方……)
(はい。寝ている時から思っていましたけど……)
((す、凄く綺麗な人……!))
二人がそういう感想を抱くのも自然なことだった。
「おう、やっと来たか」
少女の前に鎮座していたシルキーの言葉で、硬直していた二人が我に返る。
「ええと、黒猫様? この方たちが今お話していた?」
「ああ、コイツらがこの家の住人だ。いきなり倒れたお前さんを介抱していた奴らだよ」
シルキーが説明をしていたようだ。
少女はリドたちの方に向き直ると、礼儀正しく頭を下げてきた。
「皆さんが私を助けてくださったのですね。本当に、感謝いたします」
「ううん。当然のことをしただけだよ。君が無事で良かった」
少女はまだ体が重そうだったが、意識ははっきりとしているようだ。
とても丁寧な口調でリドたちに対して感謝の意を告げる。
「っと。いきなりごめんね。僕はリド。このラストア村で三ヶ月ほど前から神官をやっているんだ」
「リド、様……? それでは貴方が例の……」
「え?」
「い、いえ、申し訳ありません。私はナノハ。獣人族のナノハと申します」
少女は自身の名を名乗り、また頭を下げた。
「はじめまして、ナノハさん。ミリィです。起きられて本当に良かったです」
「エレナですわ。突然倒れられたからびっくりしましたのよ」
ミリィとエレナの二人も互いに挨拶を交わし、ナノハの回復を喜び合う。
「さっきも言ったが、吾輩がシルキーだ。ま、好きなように呼んでくれればいいさ」
「わ、分かりました。リド様、ミリィ様、エレナ様に、シルキー様と」
全員に様付けをするなんて高貴なお姫様のようだなと、リドたちは少し驚く。
とはいえ、ナノハの高潔な印象からすればそれが自然なようにも感じられて、一同はほぅっと溜息をついた。
「くっくっく。どこぞの令嬢さんよりよっぽど上品じゃないか」
「ちょっとシルキーさん。なんで私の方を見て言うんですの?」
「はは……。でも、本当にナノハさん、お姫様みたいですね。すっごく綺麗な方ですし」
「き、綺麗だなんて、そんな……」
シルキーがいつもの調子で軽口を叩き、それで場が少し和んだ空気になる。
どうやらナノハの歳はリドたちとさほど変わらないらしく、年頃の少女らしい一面もあるようだ。
それから少し談笑を挟み、シルキーが切り替えるように声を上げた。
「さて。それじゃ一旦、状況の整理からしないとだな。ナノハのお嬢さんよ、お前さんに一体何があったんだ?」
何があったのかとは、数日前に突然ナノハが倒れたことについてだ。
ナノハは胸に手を当て、その問いに答え始める。
「私が獣人族であることは見ての通りお分かりかと思います。実は今、獣人族たちが住む里にとある問題が生じているのです」
「問題?」
「はい。一言で言えば、土地の『枯れ』です。私たち獣人族は大地の加護を受けて活動している種族。そしてその元となる大地が今、枯れ果てようとしているのです」
「……」
やはり、リドが書物を読んで推測した通りだったようだ。
ナノハの話によれば、獣人族の里に起きた異変は三ヶ月ほど前から始まったのだという。
農作物の育ちが悪くなり、食糧が枯渇してきたことに加え、そこに住んでいた獣人たちが一人、また一人と倒れ始めた。
その中でもある事情によりナノハだけは動けたらしいが、それでも先日のように倒れてしまったのだと。
「里の者たちが次々に倒れ始め、私はその看病に当たっていました。しかし、回復の兆しが見られないことから、自分たちだけでの解決は難しいだろうという話になり……。それで、里の外に助力を求めることになったのです」
「なるほど。三ヶ月前、ということは獣人族の人たちがラストアに姿を見せなくなった時期と一致するね。やっぱり、その頃から異変は起きていたのか」
ナノハ曰く、獣人たちの中で唯一まともに動けたのが自分だったため、救助を求めるためラストアへと急ぎ向かったらしい。
それでも夜通し歩いてくるという無茶をしたために、倒れてしまったとのことだ。
話を聞きつつリドは頷いていたが、それでも解せないことはいくつかあった。
リドはその疑問についてナノハに問いかける。
「獣人族の人たちが倒れたのは土地が枯れたことが原因だと言ってたけど、何か心当たりはあるの? 自然に起こることじゃなさそうだし、ある時を境に変化したように思えるんだけど……」
「リド様の仰る通りです。スキルを持った者が調査した結果、土地が枯れたのには何かしらの外的要因があるだろうという見方になりました。そして、それが発覚した際、私たちの頭にはある一つの出来事が思い浮かびました」
「それは、一体……」
「リド様もご存知の方が、私たちの里を訪れたのです」
「……っ。じゃあ、ドライド枢機卿が?」
リドの言葉にナノハは首を縦に動かす。
そして柔らかい笑みを浮かべ、紫色の瞳をリドに向けた。
「リド様のご活躍、私たち獣人族の耳にも入ってきておりますよ」
つまり、ナノハたち獣人族はドライドがヴァレンス王国で企てた一連の反乱騒動を知っているということなのだろう。
そして、それが一人の少年神官により打ち破られたということも――。
「ふふん。流石は吾輩の相棒だな。異国の地にもその名前が轟いているとは」
「別に轟いているわけじゃないと思うんだけど……。それに何でシルキーが偉そうなのさ」
「吾輩と相棒は『突進同体』の間柄だからな」
「はいはい、一心同体ね」
言いつつ、リドは肩に乗ったシルキーの頭を優しく撫でる。
そして話題を元に戻すべく、再びナノハに向けて問いかけた。
「ドライド枢機卿が里を訪れたと言ってたけど、その時に何があったの?」
「その方は獣人族に古くから伝わる遺跡の話を聞き、興味を抱いたようでした。その時は教会の者が各地を視察しているという話でしたし、特別不審な点も見られなかったのでご案内をしたのですが……」
「そうか。じゃあきっと、その時に……」
黒水晶を設置したのだろうと、リドたちは顔を見合わせる。
黒水晶の性質やこれまでに起こった事件の詳細について共有すると、ナノハの表情は険しいものとなった。
「なるほど。つまりあのドライドという者が私益のため黒水晶を各地に設置していたということですね。そして、恐らく私たちの里にある遺跡にも……」
「でもよ、それなら事は簡単なんじゃねえか? ドライドの設置した黒水晶がどういう原理で土地に悪影響を及ぼしているのかは分からんが、その遺跡とやらに行って黒水晶を回収しちまえば万事解決だろ?」
「それが……。ドライドという者が訪れて以降、遺跡周辺に強力な魔物が徘徊するようになったのです。そのため、弱った私たちでは近寄ることすらできず……」
「チッ。魔物の多発化と凶暴化かよ。ファルスの町の時と一緒だな」
シルキーが苛立たしげに舌打ちする。
ナノハの話から明らかになった獣人族の里を巡る問題。
それに対してリドがどういう反応を取るかは決まっていた。
「ナノハ。その問題、協力させてほしい」
「え……?」
「倒れた時に言ってたよね。里のみんなを救ってほしいって。だから、僕たちにもその手伝いをさせてほしいんだ」
確認を取るまでもなく、ミリィ、エレナ、シルキーもリドの言葉に頷き、ナノハに視線を向けていた。
「み、皆さん……」
「はっはっは。ナノハのお嬢さんよ、観念するんだな。リドのお人好しっぷりは一度決めたら突き進めちゃうからな。泥舟に乗ったつもりでいてくれて大丈夫だぜ」
「ど、泥舟は沈んじゃうと思うんですが……」
「ナノハさん。シルちゃんのこれは癖みたいなものなので、真面目に受け取らなくて大丈夫です。よくあることですから」
「何だと、むっつりシスター。お前の恥ずかしい話、全部バラすぞ」
「そ、それは反則ですよ!」
賑やかなやり取りが開始され、ナノハはぽかんと口を開けたままでいる。
しかしやがて、その表情は笑みへと変わった。
「皆さん、ありがとうございます。本当に、助かります」
そしてナノハはリドたちにもう一度頭を下げる。
その言葉に応え、リドたちは獣人族を救うために動くことになった。
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