第56話 再び混乱を呼ぶ石
「そういえば、今日はお父様が来る日でしたわ」
ある日、昼食をとり終えてすぐのこと。
エレナが思い出したように言って、手のひらをぽんと合わせる。
「やれやれ、エレナのお嬢さんよ。そういえばってことはすっかり忘れてただろ。娘に忘れられるなんてバルガスのおっちゃんが可哀想だぞ」
「で、でも皆さんも忘れていたのでは? 私だけじゃないならセーフ、そう、セーフですわ!」
「ごめんなさいエレナさん。覚えていました」
「ミリィはおもてなしの料理のために材料も用意してたしね。僕も覚えてたけど」
「な、なんてことですの。私だけ……」
「この親不孝者め」
シルキーに揚げ足を取られ、エレナはガクリとうなだれる。
今の会話でやり取りされたように、今日はエレナの父、バルガス公爵がこのラストアにやって来る予定である。
バルガスといえばヴァレンス王国の統治者、ラクシャーナ王とも親交の深いこの国の要人とも言える人物だ。
以前エレナに天授の儀を行った時には既にそうだったが、ファルスの町の周辺に魔物が異常発生した問題を解決して以降、リドはそのバルガスに一目置かれる存在となっている。
リドが元々聡明で様々な知識を有しているということもあり、バルガスは自身の領地に関する相談などをするため定期的にラストアの地を訪れていたのだ。
無論そこには、「中々実家に顔を出さない娘に会うための口実」という意味も含まれているのだが……。
どうやら当のエレナはすっかりと忘れていたらしく、そんな状況にリドは力なく笑う。
「確か、午後には馬車で着くだろうってバルガス公爵の手紙にあったよね。もうすぐだと思うんだけど――」
ふと、リドが窓の外へと視線を向けると、豪奢な造りをした馬車が何台か村へと入ってくるところだった。恐らくバルガスを乗せた馬車だろう。
リドたちは揃って家を出て、その複数の馬車を中央広場で出迎えることにした。
「お? なんだ、みんな集まってたのか」
皆が広場に集まる中、馬車の中から貴族衣装を着た熊のような人物――バルガスが現れ、リドたちは口々に歓迎の言葉をかける。
バルガスは軽い調子で挨拶を交わした後、エレナの方を向いて高らかに笑い声を上げた。
「いやぁ、可愛いエレナちゃんに出迎えられてお父さん嬉しいぞ。ガッハッハ!」
「と、当然のことですわ。お父様がせっかくラストアまでいらっしゃるんですもの……」
エレナが引きつった笑いを浮かべる脇で、「思いっきり忘れてたけどな」とシルキーが余計なことを言いかけたので、リドとミリィは揃ってシルキーの口を手で抑える。
「と、そういえば今日はゲストが来ていてな。きっと驚くぞ」
「ゲスト、ですか?」
バルガスが意味深に言って、リドたちは馬車の方へと目を向ける。
そしてそこから姿を表したのは、バルガスの纏う貴族衣装よりも更に荘厳な衣服に身を包んだ人物だった。
「ら、ラクシャーナ王?」
「ハッハッハ。久しぶりだなリド少年よ。王都教会の一件があって以来か?」
突如現れた一国の王にリドたちは目を白黒とさせる。
そういえばいつもより馬車が多かったなとリドは思い当たり、あれはラクシャーナ王の護衛用の馬車なのだろうと理解した。
「おいおい、バルガスのおっちゃんよ。王様が来るなんて聞いてないぞ」
「ガハハ! 言ってなかったからな」
「ったく」
笑い声を上げているバルガスにシルキーが溜息をつく。
きっとリドたちを驚かせようとしたのだろう。
バルガスは悪戯が上手くいった子供のように高笑いを続けていた。
「あの、お久しぶりです王様。馬車酔いは大丈夫でしたか?」
「ああ、余裕余裕。前にミリィ君がくれたすげー薬草の貯蔵もあったからな」
「そ、それは何よりでした」
フランクな感じで親指を突き立てたラクシャーナにミリィは恐縮しながら言葉をかける。
バルガスもそうだがラクシャーナも変わっていないなと、リドたちは一様に困惑気味の笑みを浮かべていた。
「ところでラクシャーナ王、今日はどうされたんですか? ラストアまでいらっしゃるなんて」
「うん、それなんだがな。ちとリド少年たちに頼み事があるのさ」
「頼み事?」
「ああ。後で詳しく話すが、コイツのことでちょっとな」
「これって……」
ラクシャーナ王が差し出した手にあった物体に皆の視線が集まる。
そこには、かつてリドたちが住むヴァレンス王国に混乱をもたらした黒い石――黒水晶が乗せられていた。






