第55話 リドの青空教室と夜の風
「そっかぁ。だから最近はよく『わいばーんのかぶとやき』が食べられるんだね。前は年に一度のくらいのごちそうだったのに」
「うん。今じゃ村の人たちがワイバーンを狩れるようになったことで村の名産品にもなっているからね。他の村や町でも人気なんだよ」
「でもそれって要は、リドさんが村の大人たちにすっげースキルを使えるようにしてくれたからできるようになったんだよな? やっぱリドさんはカッケーぜ!」
「はは……。でも、スキルは授かったその後も大事だからね。使いこなせているのはちゃんとその人が腕を磨いているからだと思うよ」
「うんうん。ウチのおとーさんもエレナさんがとっくんにつきあってくれるから強くなったって言ってた!」
「くぅー、いいなぁ。オレもはやくスキルを使えるようになりたいぜ!」
「ぼ、ボクはリドさんみたいなすごい神官になりたいなぁ」
「でも神官っていい人たちばかりじゃないんだよね? 前にリドお兄ちゃんたちが王都に行ったのもわるい神官さんをこらしめるためだっておかーさんが言ってたよ」
「……ああ、ドライド枢機卿のことだね。確かに、あの時は色々とあったね」
「その時のおはなしもっと聞きたーい!」
「うん。詳しくはみんなが大きくなってからだけど――」
授業が始まってしばらくして。
賑やかな会話が弾み、子供たちは皆が目を輝かせていた。
かつてリドの所属していた王都教会のトップ――ドライド枢機卿が黒水晶という石を利用して引き起こした事件について、子供たちの中ではリドたちの活躍が武勇伝として伝わっているらしい。
あの一連の事件ではそれなりに色んなことが起こったわけだが、今ではこうして平穏が戻ってきていることにリドは感慨を抱いていた。
「あ、あの、リドさん。質問があるんですが――」
授業を進めていたところ、一人の子供が手を挙げた。
子供たちの中では大人しく、先程リドのような神官になりたいと発言していた男の子だ。
「うん、いいよ。何でも聞いて」
リドが優しく返すと、男の子は少しだけ笑顔を覗かせる。
「ええと……。この世界には精霊さんがいるかもしれないって、ボクのお母さんから聞いたことがあって……」
「うんうん」
「その、精霊さんって本当に実在するのかなぁって……」
男の子はもじもじとしながらリドの様子を窺う。
精霊というのは、この世界の各地に住まうとされている存在だ。
親が子供の躾をする際にも「ご飯を残すと精霊様に叱られますよ」「手伝いができて偉いね。精霊様のご加護があるよ」などと用いられることがあった。
要は便利言葉のように使われることが多い存在なのだが、ある程度大きくなった子供は本当に存在するのか疑問を浮かべることが多い。
「うん。精霊はいるよ」
しかし、リドはその疑問にきっぱりと答えた。
「精霊というのは目に見えない存在とされているからね。普通はなかなか出会うことが少ないと思うけど、実は精霊を喚び出すスキルなんかもあるんだよ」
リドの言葉に子供たちは「おおー」と声を上げる。
子供たちと同じくリドの授業を聞いていたミリィも、確かにこれまで補佐をしてきた天授の儀でそういうスキルが表示されていたことがあったなと思い当たった。
リドは続けて語る。
精霊は様々な働きをしており、この世界の至る所で影響を与えていること。精霊の力は大きく、その力を借りることで魔法のような現象も引き起こせることなど。
精霊にまつわる様々な事柄について、リドは子供たちに向けて分かりやすく説明していく。
「――それから、精霊の中には『大精霊』っていう存在がいると聞いたことがあってね」
「大精霊?」
「うん。僕もまだ見たことはないけど、僕のとてもお世話になった人が目にしたことあるんだ。普通の精霊よりも遥かに強い力を持つ存在だって言っていたね」
子供たちが興味津々といった様子を見せる中、シルキーの尻尾の揺れ方が一瞬だけ変わる。
それはリドの話に思うところがあったからなのだが、その変化に気付く者はいなかった。
「大精霊かぁ……。会ってみたいなぁ」
「うん。良い子にしていればきっといつか会えると思うよ」
子供たちに笑いかけ、リドは授業を続けていった。
***
それからはミリィやエレナが実際にスキルや剣技を披露したり、子供の膝の上でぐるぐると喉を鳴らしていたシルキーが偉そうな態度でそれらを解説したりと。
そんな風にして授業は進んでいった。
「フフ。やっぱりリド君に授業を頼んで正解だったな」
「そうだねお姉ちゃん。子供たちも楽しそうで良かった」
「子供たちにも好かれる師匠、やっぱり素敵ですわねぇ」
傍らにいるラナやミリィ、エレナも和気あいあいと盛り上がる授業を見ながら口々に感想を漏らす。
そして授業も終わりに近づき、リドが他に何か質問はないかと子供たちに投げかけた時だった。
「ねーねー、そういえば気になってたんだけど――」
シルキーを膝の上に抱えていた女の子が手を挙げる。
リドが促すと、その女の子はニンマリと笑いながら質問を投げかけた。
「リドさんって、ミリィちゃんと付き合ってたりするの?」
「え、ええ!?」
「ちょっ――!?」
突如投げかけられた質問にリドとミリィが揃って固まる。
その様子にキラリと目を輝かせたのはシルキー。
「まぁ」と言って口に手を当てていたのはエレナ。
「ほぅ?」と面白がっていたのはラナ。
それぞれがそれぞれの反応を見せる中、質問を投げかけた女の子が続ける。
「だってぇ、最近よくミリィちゃんがリドさんにお弁当つくってるよね? あれ、すっごい気合いの入りようだと思うんだけどな~」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら追い打ちをかける女の子。
リドが困惑したように頭を掻く一方、ミリィは背中を丸めて胸の前で手を組んでいる。
ミリィは顔を伏せていたが、その時の表情がどれだけ崩れていたかは想像するに固くない。
「はは、確かにミリィのお弁当はすごいけどね。でも、僕とミリィは別にそういう関係じゃ……」
「ソソソ、ソウデスヨネ、リドサン」
周りにいる子供たちも興味津々の様子だ。
シルキーが「いいぞもっとやれ」と尻尾をぶんぶん振っており、それに応えようとしたわけではないだろうが、女の子が尚も追い打ちをかける。
「えー。じゃあエレナさん? エレナさんもすっごく可愛いもんね。キャー、さんかくかんけいってやつ?」
「わ、私ですか!?」
予想外の流れ弾を受けて今度はエレナが狼狽した。
そうして無邪気な、というかマセた質問で被害者が増えていく。
「わ、私が師匠と……」
「リドサント、オツキアイ……。オツキアイッテ、ナンデシタッケ?」
「ミリィさんしっかり! 変なこと言ってますわよ!」
撃ち落とされたミリィとエレナが顔を真っ赤にしていて、シルキーはご満悦な様子だった。
「ふんふん。とりあえず今のリドさんに特定の人はいない、と。じゃあ私もりっこーほしちゃおっかなぁ」
「ハ、ハハ……」
子供というのは恐ろしいものだなと、リドは引きつった笑いを浮かべるしかない。
「ふむ。リド君も大変だな。人気者は辛いというやつか」
皆の様子を見ていたラナが独り呟き、ある意味で波乱万丈の青空教室は幕を閉じていくのだった。
***
「いやぁ、それにしても今日は傑作だったなぁ」
夜になって。
家に戻った後も上機嫌なシルキーがニヤニヤとしながらそんなことを呟く。
「まったく。高みの見物とは良い性格していますわね、シルキーさん。こっちは大変だったんですのよ?」
「そ、そうですよ。シルちゃんってば、あんなに面白がって」
「うんうん。良いものが見れて吾輩は満足だ」
夕食を終えて卓に残っていたエレナとミリィの反応を見て、シルキーは満足気に尻尾を振っていた。
「シルキー君。ご満悦なところ悪いが、さっき言われたことは忘れていないからな? 今日は付き合ってもらうぞ」
「お、おい待て酒豪女。吾輩をどうする気だ!」
「フフ。だから言ったじゃないか。朝まで酒盛りだと」
「朝までなんてそんな無茶な! はな……離せぇえええええっ!」
シルキーはラナに抱えられ、断末魔のような叫び声と共に二階へと消えていく。
その様子を見ながら、ミリィとエレナは「これが因果応報というやつか」と引きつった表情を浮かべていた。
「はぁ。シルちゃんってばいつも通りですね」
「シルキーさんらしいといえばシルキーさんらしいですわね」
「ふふ、そうですね。……あれ? そういえばエレナさん。リドさんはどちらに?」
「何だか夜風に当たりたいから屋根に登るって言ってましたわよ」
「あ、なるほど」
「……ふふ。ミリィさん、師匠を追いかけてみたらいかがです? きっとロマンチックなお話ができますわよ?」
「も、もう、エレナさんまでシルちゃんみたいなことを言って。そういうエレナさんは追いかけないんですか?」
「わ、私はその、真っ暗な中を出歩くのはちょっと……」
「あ、そっか……」
そんなやり取りを交わし、ミリィとエレナは溜息をつく。
「何だか今日はどっと疲れましたわ……」
「そうですね……」
そして二人揃って疲労困憊の様子で肩を落とすのだった。
***
一方その頃――。
「……」
月明かりの下。
リドは屋根上に登り、ラストア村の向こうにそびえるルーブ山脈を見渡していた。
少しばかり冷たい夜風が夕食後の火照った体に心地よかったが、リドはどこか落ち着かない感じがして大きく伸びをする。
「あの山の向こうに獣人族が住む里があるんだっけ」
ルーブ山脈を眺めていたリドが何とはなしに呟く。
まもなく冬支度を始めるであろう木々が月光を受けていて、雄大な自然を感じさせる光景だが、どこか哀愁感の漂う光景だった。
「……」
リドはそんな景色を見ながらある言葉を思い出す。
――ここ最近は獣人族の連中の姿を見ないんだよな。
先日、ラストア村の住人が言っていた言葉だ。
前まではこのラストア村とも交流があったらしいが、ここのところ姿を見せていないという。
「僕がラストアに来る少し前。ということは、ドライド枢機卿が遠征に出かけていた時期と被るんだよね……。いや、考え過ぎかな」
気にしてどうなるというものではないかもしれないが、リドの頭からはそのことがこびりついたように離れなかった。
「なんだろう。少し、胸がざわめくような……」
そうやってリドはまた独り呟き山脈を見やる。
そしてそろそろ冷えてきたなと、家の中へと降りる梯子に手をかけるのだった。
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