第54話 規格外の儀式
「それでは次の方、どうぞー」
「よ、よろしくお願いします……」
ラストア村の教会前。
行列の先頭にいた男性がミリィに招かれ教会の中へと入っていく。
男性は緊張した面持ちで祭壇の前にいるリドの元に足を運んだ。
「ここに来れば凄い神官様がスキルを授けてくれると聞いてきたんだが……。君のことで良いのかな?」
「はは……。凄いかは分かりませんが、このラストアで天授の儀を執り行っています。神官のリド・ヘイワースです」
「あ、ああ。聖地にいるという伝説の神官様が、まさか本当に少年だとは……」
男性はリドが予想以上に若かったことに驚いたのか、複雑な表情を浮かべていた。
そして簡単な説明の後、男性に対する天授の儀が執り行われることになった。
天授の儀――。
それはリドたち神官が執り行うことのできる、異能の力を授与する儀式のことだ。
この儀を通じて様々な能力を開花させ、人はその恩恵を預かることになる。
どのようなスキルを授けられるかは神官の力量によって左右されるというのが定説である反面、なぜ神官がこのような儀式を行えるのかは未だ詳しいことが分かっていない。
授けられるスキルも人により千差万別であるため、天授の儀は神が授けたくじ引きだと称する者もいる。
ただ、一つはっきりしていることがある。
リドが行う天授の儀は、他の神官が行うそれとは明らかに規格が異なるということだ。
「こ、これが……」
男性が思わず声を上げる。
リドが男性に手をかざすと、周囲に何十何百という数の文字列が現れていたのだ。
「この中から一つ選び、貴方にスキルを授与することが可能です」
「ど、どれでもか?」
「はい。どれでも、です」
リドに笑みを向けられ、男性は驚愕と困惑の入り混じった表情を浮かべていた。
「それじゃミリィ。この人にスキルの説明を」
「はい!」
補佐をしていたミリィがスキルの一つ一つを読み上げていく。
その説明を聞いた男性は落ち着かない様子だったが、同時に抑えきれないほどの高揚感を抱いてもいた。
それも無理はない。
自身の人生に大きな影響を与えるスキル。
その異能の力が今まさによりどりみどりで選べるのだから。
「そっか……。俺、この中からスキルを選べるのか」
男性は歓喜を噛みしめるように独り言を口にする。
通常、神官が天授の儀にて授与できるスキルに選択権などはない。
そこに現れたスキルを半ば自動的に授けるばかりであり、だからこそ天授の儀は神のくじ引きと表現されるのだが……。
しかし、リドの行う天授の儀はスキルを「選ぶ」という行為を可能にする。
まさに規格外の儀式である。
「数も多い……。多いが、スキルの等級を表す文字色も上位のものばかりだとは……」
男性が漏らした言葉通り、スキルはその有用性を表す要素として色により区分されている。
その中でも上位とされる赤文字、そして金文字のスキルがそこには数多く表示されていた。
偶然性を孕んだ強制ではなく、人の意思を介入させた任意へと。
リドの行う天授の儀はこれまでの定説を覆すものなのだ。
「はは……。こりゃあ、噂になるわけだ。凄すぎる……」
男性が呆然とする一方、まったくの同感ですねと、ミリィが未だ慣れない現象に苦笑いを浮かべていた。
***
「お疲れ相棒」
「あ、シルキー」
一通りの天授の儀を終えて。
リドが教会から村の広場に出たところ、シルキーがぴょこんと肩に飛び乗ってきた。
今日は午前だけで二十人はリドの元を訪れていたが、これでもまだ少ない方である。最近はリドの噂を聞きつけて遠方からこのラストアを訪れる者も増えているのだ。
「ファルスの町に鉱山都市のドーウェル、王都グランデルや中には隣国のブルメリアから来ている人間もいたっけか。いやはや、大人気だな。吾輩も頭●ず●が高いぞ」
「シルちゃんの言葉間違いは置いておくとして、本当に最近はリドさん目当てで来訪する方が多いですよね。各地で話題になっているってことだと思うんですが」
「ふふ。それだけ師匠が凄いってことですわね。流石ですわ」
シルキーやミリィ、エレナの言葉を受けてリドは照れくさくなりながら頬を掻く。
それでも喜んでくれる人が大勢いるのは神官冥利に尽きるなと、リドはお人好しな満足感を胸に息をついた。
「おーい、リド君!」
ふと、中央広場にいるリドに向けて声をかけてくる人物がいた。
「あ、お姉ちゃん」
「ラナさんだ。何かあったのかな?」
ミリィの姉、ラナが牧草地の方から手を振っており、リドたちはそちらへと歩いていく。
どうやらラナは村の子供たちに向けて青空教室を開いていたらしい。
牧草地の脇に生えた樹の下で、教師役を務めていたラナが笑みを向けてきた。
「やあリド君。天授の儀が終わったようだな。お疲れ様」
「ラナさんも授業お疲れ様です。呼ばれていたみたいですが何かありましたか?」
「うむ、それなんだがな……」
ラナが困り気味に子どもたちの方を見やる。
すると、リドの登場に湧いた子供たちがきゃあきゃあと歓声を上げ始めた。
「リドお兄ちゃん! じゅぎょーしてじゅぎょー!」
「リドさん、前に話してたスキルの話もっとしてくれよ!」
「わたし、あれ聞きたーい! ミリィちゃんやエレナちゃんと一緒におっきなカエルを倒したときのおはなしー」
「シルキーちゃんもいるー。だっこさせてー」
「え、ええと……?」
リドが子供たちの勢いに押されてラナの方を見やると、ラナは「というわけだ」と言わんばかりに肩をすくめていた。
ここのところリドは神官の仕事以外にも村の雑事を積極的に手伝っている。
以前、その中で子供たちの授業を請け負ったことがあり、これが好評だったのだ。
魔物との交戦でも高い戦闘能力を発揮するリドだが、なにせ本職は神官である。
ヴァレンス王国の歴史や地理などの一般教養はもちろんのこと、いずれ子供たちが授かることになるスキルの種類やその使用法などにも深い知見があった。
勉強家のリドは様々な事を子供たちに教えることができたが、とりわけ人気を博していたのは、実体験を交えた魔物との戦闘に関する話である。
ラナの授業も決して人気がないというわけではなかったが、この手の話を語る上でリド以上の適任はいなかった。
リドの話に好奇心旺盛な子供たちが食いつかないはずがなく、ことあるごとに授業をしてほしいと言われているわけだ。
「なるほどな。子供らにせがまれてリドを呼んだというわけか。前に授業やった時は大人気だったもんなぁ」
「そうなんだよ、シルキー君。教会から出てきたリド君を見かけて、この子らがどうしてもと聞かなくてな」
「まあ、子供らもラナみたいな酒豪女に教わるより、若いリドに教わる方が良いんだろう。その気持ちはよーく分かるぞ」
「……ふむ。それなら今夜は君が特別授業に付き合ってくれるというわけだな、シルキー君。よし、久々に朝まで酒盛りといこうじゃないか」
「お、おおぅ……」
思い切り余計なことを言ってしまったとシルキーは青ざめていて、対象的にラナは怖いくらいに笑顔である。
からかったつもりが完全にやぶ蛇だったようだ。
その様子を見ていたミリィが「なるほど、こうやって対処すればいいのか」と、姉の華麗な対応に感心していたが、隣にいたリドとエレナは「参考にはならないと思う」と揃って苦笑いを浮かべていた。
「というわけでリド君、悪いがまた授業を頼めないだろうか?」
「分かりました。僕で良ければ」
そうして、リドが特別講師を務める授業が開始されることになった。






