第52話 伝説の神官
「リドさん。リドさーん。朝ですよー」
「……」
ドライドとの死闘を終えて数日が経った朝のこと。
ラストア村へと戻ってきていたリドは自室で深い眠りについていた。
先日の戦闘で多くの神器を召喚して疲労が溜まっていたから、などという理由ではない。いつもの如く、朝が弱いからという非常に単純な理由である。
部屋の中には柔らかな陽光が降り注ぎ、平和な日常が戻ったことを祝福してくれているかのようだった。
「相変わらずですね、リドさん。もうエレナさんもラナお姉ちゃんもご飯食べちゃったというのに。どうやったらスッキリ目覚めてくれるんでしょう?」
「だから目覚めのアレだよアレ」
窓辺で前足を枕にしていたシルキーがミリィをからかうのもいつも通り。
シルキーは特に理由もなく尻尾を跳ねさせながら、大口を開けて欠伸をしていた。
「も、もう……。シルちゃんってば相変わらずですね。あんまりからかうと、干し魚のおやつ抜きにしちゃいますよ」
「よかろう。全員戦争といこうじゃないか」
「全面戦争、ですね。さりげなくみんなを巻き込まないでください。それと、シルちゃんがからかうのを止めてくれればいいだけですよ?」
ミリィが膨れ面になりながら異を唱えたが、シルキーは聞く気などないという風に顔を擦っている。
どうやらシルキーにとってミリィをからかうのは趣味となりつつあるらしい。
「でも、困りましたね。今日は色々とやらなきゃいけないこともあるからリドさんにも早く起きてほしいんですが」
「本当にそう思ってるならやれるはずだよなぁ?」
「……」
シルキーは懲りずにミリィをからかう。
呆れてしまったのか、言っても無駄だと思ったのか、ミリィからは何の反応も返ってこない。
そろそろやめてやるかとシルキーがまたも大きく欠伸をした時だった。
「お? わっぷ。何するんだむっつりシスターめ!」
「……」
何を思ったのか、ミリィが窓掛け用の布を解いてシルキーにばさりと被せたのだ。
突然視界を遮られたおかげでシルキーは慌てふためき、余計にからまってしまった。
「…………」
三十秒ほどかけてシルキーがからまっていた布から頭を出すと、ミリィは背を向けていて喋らない。
まだ怒っているのかとシルキーが首を傾げるが、そうではなかった。
「お前な、吾輩への仕返しのつもりか? 良い度胸じゃないか」
「……」
「……?」
シルキーが怪訝な顔を向けてもなお、ミリィは何も言わない。
何をしていたかシルキーに知られれば、きっとまた、からかわれるだろうと思ったから。
「ん、ううん……。あ、おはようミリィ」
幸いにも、それからすぐにリドは目を覚ました。
眠い目を擦り、大きく伸びをして、それから傍に立っていたミリィを見やる。
「あ……。お、おはようございます、リドさん」
リドはそこで妙な違和感を覚えた。
でも結局、明確に何がおかしいかは分からなかったので、リドは特に尋ねることもせずにベッドから降りる。
またシルキーにからかわれでもしたんだろうと、そう決めつけながら。
「ごめんね、また起きるのが遅くなっちゃたみたいで。今日は教会に行かなくちゃ駄目な日だよね」
「そ、そうですね……」
「……?」
やはりミリィの様子はどこかおかしく、その変調は階下で朝食を取り、教会へと向かうまで続いた。
***
「師匠、起きたんですのね!」
「おはようエレナ。朝の鍛錬? 精が出るね」
リドとミリィ、シルキーが教会へ向かう道中。
既に二人と一匹より早く朝食を済ませ、剣の鍛錬に出かけていたエレナが駆け寄ってきた。
どうやら何体かモンスターも倒してきたようで、ブラックウルフの牙やら爪を抱えている。
エレナはここのところ朝に出かけていくことが多く、密かに実践を積んでいた。
この間の戦闘でまだまだ強くならないといけないと実感したらしく、今は自身の授かったスキルの能力をより向上させるためにも励んでいるというわけだ。
リドも昼や夕方には鍛錬に付き合って戦闘の指南をしているのだが、朝はもちろんエレナ一人で出かけている。
「聞いてください師匠。今日でいよいよレベル99になったんですのよ」
「おお、それは凄いね。大台までもう少しだ」
「ええ。これでついに最高レベルまであと一歩ですわ」
「……あの、エレナ」
「はい?」
「エレナのスキルで上げられるレベルって100が最高じゃないんだけど……」
「なん、ですって……?」
そういえば明確に言及していなかったとリドは反省した。
初めてスキル授与を行った時に「レベル100を目指して頑張ろう」と言った覚えがあるが、どうやらエレナの中ではそれが最高到達地点だと思っていたらしい。
しかし、落ち込むかと思ったエレナは満面の笑みを浮かべている。
「それは朗報ですわ! まだまだ私は強くなれるというわけですのね! さすが師匠の授けてくれたスキルですわ~!」
小躍りしながら喜ぶエレナを見て、シルキーがやれやれと溜息をついて呟く。
「喜ぶのはいいけど、たまには実家にも顔を出してやれよ。バルガスのおっちゃん、寂しそうにしてたぞ」
「そ、そうですわね。それでは今度、皆さんもご一緒に」
「エレナさんのお家、私も行ってみたいです!」
「吾輩も一緒にか? 面倒だな」
「シルキーさん、来ればたっぷりおやつがありますわよ」
「よし、いつにする?」
即座に手の平を返したシルキーをリドがたしなめ、一同は教会の前までやって来た。
教会の入り口付近では何やら人だかりができていて、カナン村長やミリィの姉であるラナの姿も見える。
「おお、リド殿」
「おはようございます、カナン村長。この集まりは?」
「実は先程ラクシャーナ王から書簡が届きましてな」
「ああ……」
リドがその言葉で察し頷くと、カナン村長はリドたちの前に一枚の羊皮紙を広げた。
それは重厚なつくりの紙で、頭には「認定書」と大きく書かれている。
リドの頭に乗っていたシルキーが身を乗り出し、そこに続く文字を読み上げた。
「ラストアを聖地として定める、か……。あの王様、本当に実行したんだな。見ろよ相棒。伝説の神官が愛した土地だとかも書いてあるぞ」
「う……。それは書かないって約束だったのに」
シルキーの言葉にリドが頭を抱える。
リドたちが王都でラクシャーナと別れる前――。
ラクシャーナはリドの功績を称えて、褒美を取らせることを約束していた。
その褒美とは、ラストア村を「聖地」と定め、ヴァレンス王国の中でも重要な意味を持つ土地として認定すること。
行商などの面でも王家からも十分な支援を行うなど、それまでは一つの村に過ぎなかったラストアに対して破格の条件の数々を提示したのだ。
特別な思い入れのある土地の活性化に繋がることであり、この条件はリドにとっても喜ばしいものだった。
ただ一つ、認定書に伝説の神官などと記載されていることを除けば、だが。
「それでですな。村長の私としてもリド殿に贈り物をしたいと考えておりまして。村の中央広場にリド殿の銅像を建てようかと思っており――」
「謹んでお断りします」
にべもなく言われてカナン村長がシュンとする。
それを見てラナが「リド君らしいな」と漏らしていた。
「でも、良かったじゃないかリドよ。今までやってきたことが一つ報われたみたいで吾輩も相棒として鼻が高いぞ」
「そう、だね。嬉しいことには違いないよ」
「この分だと、他国の人間たちも巡礼とか言ってやってきそうだけどな。リドに天授の儀をやってほしいとか言って」
「それは、うん。嬉しい、のかな?」
リドが歯切れ悪く言って、そこにいた皆が声を上げて笑っていた。
思えば、ラストアに左遷されてから色々とあったものだと、リドは感慨を抱く。
リドにとってはそのどれもが懐かしく、そしてかけがえのないものだった。
多くの人たちと関わりを持ち、様々なことを経験して……。
そうして、これまでのことを振り返りながら、リドは心の内で再認識した。
自分にとっての特別は、やはりここにあるのだと――。
《第1部完》
●あとがき
お読みいただき、本当にありがとうございます!
この話で第1部が完結となります。
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