第37話 嘘と真実を見抜く神器
「ら、ラクシャーナ王よ! 一体何を……」
「そんなに構えるなって。別に痛めつけようってんじゃないんだから」
ラストア村の一角。
木造りの納屋にゴルベールの懇願するような叫びが響き渡っていた。
ガウスら王の配下兵に連れてこられたゴルベールは、拷問でもされるのではないかと恐れおののいていたが、もちろんラクシャーナにそんなつもりは無い。
しかしあえて、ラクシャーナはゴルベールに向けて脅すような笑みを向けた。
「そうだなぁ。アンタの対応次第では尻を鞭で叩くくらいのことはしちゃうかもなぁ」
「ヒッ……!」
兵に腕を捕らえられたまま、短く悲鳴を上げるゴルベール。
そしてラクシャーナの言葉を想像してしまったのか、後ろで聞いていたミリィが咄嗟に自分の尻を手で覆う。
「いや、ミリィさんのお尻が叩かれるわけじゃないんですから」
「あ……。つい……」
エレナに指摘されてミリィは照れくさそうに手を離し、隣にいたリドが苦笑を浮かべていた。
「で、だ。王都教会の大司教を務めるアンタにはいくつか質問があってな」
「し、質問……?」
「ああ。アンタら王都教会のトップ、ドライド枢機卿についてだ」
「え……」
ゴルベールにとってここで出されるのは意外な人物の名前だった。
それもそのはず。ゴルベールはリドたちが黒水晶の買い手がドライドであることを突き止め、その真相を解明しようとしている動きを知らなかったからだ。
「まず、アンタはさっきリド少年の復帰に関してドライド枢機卿に掛け合ったと言っていたな。つまりドライド枢機卿は今、王都教会にいるってことだな」
「そ、それは……」
「どうした? 答えてくれなきゃ話は進まんぜ?」
ゴルベールはふとドライドの顔を思い浮かべ、焼きごてを押し付けられた時の背中の傷が疼くのを感じた。
まるで話すことで良からぬ結果を招くと、ゴルベールの中の何かが警鐘を鳴らしているようだった。
「いえ、ドライド枢機卿の居場所について、私は知りませぬ……」
結果、ゴルベールはしらを切ることを決める。
ドライドについて正直に話すことの方が命の危険に晒される可能性が高いと判断したのだ。
ゴルベールの様子にラクシャーナは嘆息しつつ、思考を巡らせる。
無理矢理にでも聞き出す方法はあるが、できればそれは一国の王として実行に移したくない手段だった。
「下衆に手心を加える必要などないか、いやでも少年少女たちの前だしな……」と悩むラクシャーナの傍ら、リドがあることに思い当たる。
「あ――」
そういえばこういう時に適した神器があった、と。
人の心を覗き見るようで、普段なら使用することを考えもしない神器であったが、ドライドの暗躍が多くの人の危険に繋がる可能性もある。
リドはそんな考えから、腕に抱えていたシルキーを降ろした。
「シルキー、ちょっとごめんね」
「ん? ……ああ、あの神器を使うのか相棒」
リドは腕を前に突き出し、そして「神器召喚」と口に出す。
すると、その手には金色に輝く天秤が握られていた。
一見すると両替商が用いる測量器のようでもあったが、その天秤は独特の輝きを放っている。
「おお。リド少年、それは?」
「僕が扱う神器の一つです。と言っても、普段は使わないんですけど」
リドがゴルベールの前に立つと、ラクシャーナを始め、その場にいる皆が何をするのかと見守る。
「ゴルベール大司教。嘘偽り無く答えてください。ドライド枢機卿は今、王都にいるんですね?」
「だから、それは知らないと言って――」
――ふらり、と。
ゴルベールが返答した瞬間、リドの手に握られた天秤が僅かに右の方へと傾く。
「嘘――、ですね」
「な、何だと!? 一体何を根拠に……」
「この《ライブラの魔秤》が右に動いたからです。この天秤は、真実を語れば僕から見て左に、嘘を語れば右に振れる神器なんです」
「ハ、ハハ……。そんなもの、何の証明にも……」
「そうですね。でも、僕の言うことが信じられなくても『それ』には気をつけてください。自分の語る内容が嘘かどうか、一番よく知っているのは貴方自身のはずですから」
言って、リドは空いた方の手でゴルベールの足元を指差す。
「な、な…………」
自分の足元を見て、ゴルベールは絶句する。
そこには、黒い影がまとわりついていたのだ。
影はウネウネと動く黒い蚯蚓のようであり、ゴルベールの足首あたりを這っている。
この世のものとは思えない不気味さを感じゴルベールは足で踏み潰そうとするが、その得体の知れない影は潰れる様子も離れる様子もない。
「な、何なのだこれは! リド・ヘイワース! 一体何をしたのだ!」
「この天秤にはもう一つ効果があるんです」
「効果、だと?」
「はい。嘘を語り、秤が右に傾くにつれて、その黒い影が侵食していきます。物理的な害こそありませんが、もし右に傾き切ると黒い影は一生離れなくなります」
「は……? このおぞましい影が一生、だと……?」
想像してしまった恐ろしい光景に、ゴルベールは固唾を呑み込む。
最悪なことに、この影には実体がある。
だからこそ、蚯蚓に自身の体を這い回られるかのような感触があり、ゴルベールにとってそれは恐怖でしかなかった。
虫に体を這い回られて平気な人間などいないのだ。
もしこの影が一生まとわりつくことになれば、睡眠を取ることすら許されなくなるのではないかと、日常が地獄と化すのではないかと、ゴルベールは身の毛がよだつ思いだった。
「僕は本当のことが知りたいだけなんです。真実を語ってくれれば《ライブラの魔秤》は何の効果も発揮しませんから。……ドライド枢機卿は今、王都にいるんですよね?」
「そ、そんなことはない……」
――ふらり。
ライブラの魔秤が右に振れる。
それに伴いゴルベールの足元を這う影が数を増し、腰の辺りまで覆い尽くした。
「がぁっ――!」
影の一部は背中にも及び、ドライドに焼印を付けられた箇所――正確にはまだ完治していない火傷の痕を擦られ、ゴルベールは短く絶叫する。
幾千の黒い虫のような影に覆われゴルベールはもがくが、逃れることはできなかった。
「お願いします、ゴルベール大司教。――ドライド枢機卿は、王都にいますか?」
「そ、そ、そうだっ……! あのお方は今、遠征から王都教会に戻ってきている!」
ゴルベールが叫び声を上げると、右に傾いていたライブラの魔秤が少しだけ元の位置へと戻る。
「続けてお尋ねします。ゴルベール大司教がここにやって来たのはドライド枢機卿の命令を受けたからですか?」
「……ああ。その通りだ」
ライブラの魔秤は左へ――。
「それは何故ですか?」
「き、貴様が戻ってくれば、王都教会の信頼を取り戻すことができるとあの方は考えたからだ!」
左へ――。
「ドライド枢機卿が黒水晶を集めて何をしようとしているか、そのことはご存知ですか?」
「そ、そうなのか? そもそもドライド枢機卿が黒水晶を集めているなど、聞いたことがない」
左へ――。
「ゴルベール大司教は今回のドライド枢機卿の遠征の目的を知っていますか?」
「それも知らんっ! 本当だ! ただ、どの地を巡っていたかは聞いている!」
「それはどこですか?」
ゴルベールは狼狽しながらも、ドライドが巡っていた土地の名前を並べ立てた。
左へ――。
その後もリドは質問し続け、そしてゴルベールは自身が知り得る情報を吐き出していく。
リドが質問をする過程で、黒水晶を採掘していたエーブ辺境伯から個人的な献金を受け取っていたこと、天授の儀に優秀な神官を派遣させる見返りに法外な金銭を要求していたことを認めたりと、ゴルベールは自分の行ってきた悪事の全てを自白することになった。
「あ、あぁ……」
「やれやれ。アンタ、俺のいる王都にいながら随分と好き勝手してくれたらしいな」
「う、ぁ……」
「はぁ、届いちゃいないか。……おいガウス。王都に戻ったらこの大司教様の処分を正式に決めるから、そのつもりでいてくれ」
「はっ。御意に」
憔悴しきって目線の定まらないゴルベールに、ラクシャーナの容赦ない言葉が浴びせられる。
かつてない恐怖と苦痛を味わったためかゴルベールの震えは止まらず、足元には何か……水溜まりができていた。
「出揃った情報を元に吟味もしたいところだが、それはそれとして……」
ラクシャーナは呟きつつ、リドの方に向き直る。
「それにしてもリド少年よ。つくづく君という奴は規格外だな」
「い、いえ……」
その言葉に、一部始終を見守っていた誰もが頷いていた。






