第34話 王の話と、やって来る人物
「え? それじゃあ、廃村命令の撤回もラクシャーナ王が動いてくれていたんですか?」
「おう。バルガスに言われてな。まったく、これだけの村を廃村にしようとしていたなんて、後で管理部の連中にはキツく言っておかないと」
リドがラクシャーナの前で天授の儀を行ってすぐ後のこと。
一同はラストア村の集会所へと場所を移し、皆で広い卓を囲っていた。
「いや、そもそも廃村を管理する部署が残っていること自体、時代錯誤なんだよな。先代より前の慣習とはいえ。となれば王都に戻ったら――」
ラクシャーナは時折、従者のガウスにも声をかけながら考えを整理しているようだ。
王の地位を継いでから精力的に前世代の改革を進めてきた、というのがバルガスの話でもあったのだが、まさにそれを表している姿だった。
「うーん、しかし人手が足りんなぁ。あ、そうだリド少年よ」
「は、はい」
「宮廷神官の件は諦めるが、王都にもたまには顔を出してくれると王としてありがたい。ちょっとした出張みたいな感じでさ。君の天授の儀を受けることができる人間が増えれば、優秀な人材も確保できるだろうしな」
「分かりました。そういう形でお役に立てるのでしたら」
「すまんね。その分報酬は弾むからさ」
ラクシャーナはニカッと笑い、人差し指と親指で円を作ってみせる。
行儀が悪いとガウスに指摘されるが、ラクシャーナに悪びれる様子はなかった。
そこへ紅茶を淹れたミリィがやって来てラクシャーナの前に差し出す。
「あの、ラクシャーナ王。こちらよろしければ、どうぞ」
「お、嬢ちゃんが淹れてくれたのか。ありがたくいただくぜ。……うん、旨いな!」
「そうですか。お口に合ったようで何よりです」
「うん、本当に旨いぞ。嬢ちゃん、良い嫁さんになれるな! ハッハッハ!」
「お、お嫁さん……」
ラクシャーナが笑い声を響かせる一方で、ミリィはリドの方をちらりと見ながらモジモジし始める。
それを目ざとく見つけたシルキーがリドの膝の上で悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ミリィよ。今、何を想像したかはお前の名誉のために言わないでおいてやる」
「し、シルちゃん!?」
「その代わり、おやつ解禁な」
狼狽え始めるミリィ。
しかし、そのやり取りを聞いて次に声を上げたのはラクシャーナだった。
「うおっ! 猫が喋った!?」
ラクシャーナは思わず座っていた椅子ごと後ろへとひっくり返りそうになる。
咄嗟にガウスに支えられて事なきを得たが、ラクシャーナの興味はリドの膝上に鎮座していた黒い毛玉に向けられていた。
「リド少年、この村では猫が喋るのか?」
「い、いえ。そういうわけじゃないんですけど。シルキーはちょっと特殊というか……」
「そういえば、シルちゃんが何で喋れるのかとか、聞いたことないですね」
「私も同じですわ。明らかに普通の猫じゃないのは分かりますが……」
「ええと、それは話せば長くなるというか……」
ミリィとエレナも話に加わり、シルキーに皆の注目が向けられる。
「おいお前ら。吾輩のことを変わり者みたいに言うな。ちょっぴり傷つくだろうが」
「でもシルちゃん、普通の猫はお酒飲んだりしないんじゃ……」
「え、何? シルキー君、酒まで呑めるの? それなら今度一緒に呑もうぜ!」
「ふふん。吾輩は中々に強いぞ? どこかの酒豪女ほどじゃないけどな」
「こら、シルキー。王様に向かって失礼だよ」
「ハハハ、良いってことよリド少年。猫に敬語使われるのも違和感あるしな」
一国の王がその場にいるとは思えないほど和気あいあいとした雰囲気が繰り広げられる。
そうして少し経った後、ガウスが申し訳無さそうに口を開いた。
「王よ。ご歓談中に恐縮ですが、そろそろ皆さんにあの話をしませんと」
「お、そうだな」
ラクシャーナはそこで一つ咳払いをして、姿勢を正す。
リドたちも何の話がされるのかと、ラクシャーナに視線を向けた。
「バルガス。アレ、持ってるんだろ?」
「はい。こちらに」
ラクシャーナに声をかけられ、バルガスが懐から取り出したのは黒水晶だ。
鈍い光を放っていて、禍々しいといった印象の鉱物。
既に毒性は取り除かれているものの、少し前にラストア村の住人たちを苦しめていた石でもある。
「この黒水晶について、古い文献を漁って分かったことが一つある。どうやら、これはモンスターの性質を変異させちまう代物らしい」
「モンスターの性質を?」
「ああ。バルガスからも聞いているが、数日前にリド少年たちはサリアナ大瀑布でギガントードというモンスターを討伐したらしいな」
「は、はい……」
「それも恐らく黒水晶の影響だと思う。ギガントードって言えば、数百年前のモンスター大発生が鎮圧されて以降、絶滅したって言われてるからな」
確かにそうだと、同じく過去の大発生事件のことを知っていたエレナが頷く。
「そこで、思ったんだよ。近頃、各地でモンスターが活発化したり珍しい種のモンスターが跋扈しているのは君らも気付いているだろ? それってこの石のせいなんじゃないか、ってな」
「あ……」
リドはラクシャーナの言葉で思い返す。
ラストア村に来る途中で初めてミリィと会った時のこと。
ミリィを襲っていたワイバーンの数は、街道付近で出くわすにしては異常に数が多かった。エレナの乗る馬車を襲撃していたブラックウルフの群れについても同じ。
いや、それ以前にリドがまだ王都にいてドラゴン狩りをしていた頃。普通では珍しい種であるはずのドラゴンが立て続けに出現していたことがそもそも異常だった。
それらが全て、黒水晶の原因だったのではないかと、ラクシャーナは言っていた。
「で、黒水晶を集めているのが誰だったかって話は既にバルガスから聞いているな?」
「はい。王都教会のドライド枢機卿だと」
「そうだ。もしドライド枢機卿がこれらの糸を裏で引いているというのなら、王家としても無視はできることじゃない」
「でもよ、王様。仮にドライド枢機卿が良からぬことを企てていたとして、証拠なんて無いんだろ?」
「シルキー君の言う通り、そこなんだよなぁ……」
言って、ラクシャーナは頭を掻きむしる。
もしドライドが各地を回る遠征先で黒水晶を使っていたのだとしても、状況証拠しか出てこない。物的な証拠を突きつけられなければ糾弾しても取り逃すだろうと、シルキーの言いたいことはそういうことだ。
「そもそも、ドライド枢機卿の目的がイマイチ掴めないしな。モンスターを活性化させて王都教会、もしくはドライド枢機卿個人が得することって、何だよって話だし」
シルキーが続けて言って、確かにそうだと一同は沈黙する。
「何にせよ、この黒水晶の件は王家の方でも引き続き調査をしてみる。リド少年たちも何か分かったら教えてほしいんだ」
「はい。もちろん、協力させていただきます。神官としても、王都教会が関係しているのなら見過ごすことはできませんし」
リドはそう言って、ラクシャーナに向けて深く頷いた。
***
一方その頃――。
ラストアに向かう街道にて、一人の男が馬車に揺られていた。
その男はきつく拳を握り、険しい表情を浮かべている。
「くっ……。この私がわざわざこんな辺境の地に赴くことになろうとは……。いや、しかし、何としてもリド・ヘイワースを連れ戻さなくてはならん……。私が築いた地位を守るために!」
独りでそう呟いていたのは、ドライドからリドを王都教会に復帰させるよう命じられた人物――ゴルベール大司教だった。






