第09話:討伐編
1
「まだ人里に辿り着かないのかよ。もう道自体が完全に無くなっているし、周りの景色は森と山だらけだぞ」
「どう考えても進む方向が間違っているね。詳細な地図が無いからコンパスも殆ど無意味だし、これじゃ王都に戻る事すら叶わないよ」
前話から引き続いて三人は道に迷っていた。別大陸に渡ると豪語しながら一つ目の中継地にすら辿り着けない自称冒険者の面々は、やがて砂利道に足を取られたミネアが膝を付いて完全に進行を止めた。
「うわあぁん、デュランの馬鹿ぁ! 付いて来るんじゃなかったぁ! お家に帰りたいぃ!」
「おい、このアマ遂にギャン泣きを始めたぞ」
「ミネアは言動が尖っているだけで中身は乙女だから。しかも今は精神的に参っているし」
「弱ったなぁ。ここで身動きが取れなくなると詰みだが……ん?」
再び夕暮れを迎えて絶望感が強まる中、デュランは森の茂みに山菜を担いだ男性の姿を認め、慌てて声を掛けながら其の人物に走り寄った。
「すみません、この近くにお住まいの方ですか!?」
「ええまあ。旅人さんですか、どうされました?」
「実は道に迷ってしまって、近くに人里があれば教えて頂きたいのです」
流石にこの状況で初対面相手に悪態は付かず、外面の良さを遺憾無く発揮した青年は男性が暮らす農村に招かれた。
「助かったぁ。野垂れ死ぬ羽目になるかと思ったよ」
「ふっ。この俺の交渉の賜物だな」
「いや元はと言えばデュランが元凶でしょ。冗談でも良くそんな戯言をほざけるね」
「あ、お前ちょっと本気で俺に怒り始めているな?」
「ぐすぐす……」
未だにメソメソとしたミネアの手を引いて、眉間に青筋を立てたロキと共に集会所へ入ったデュラン。其処は他にも何人かが食事や雑談を嗜んでいる憩いの場だった。
「そう言えば皆さん方はどんな目的で旅をされていたのですか」
「ああ、俺達は冒険者なんです。活動拠点を王都から別大陸に移そうと思って」
「冒険者とは凄い。失礼ながらお名前を伺っても宜しいですか」
「ええっと、デュラン・タルボットと申します」
「デュランですって?」
名前を聞いた途端にここまで案内してくれた男性は驚き、また彼のみならず集会所に居た者全員が揃って三人を注視した。
「あれ、これって不味い流れ?」
「流石はデュラン。こんな離れにも悪評が届いているなんて」
そう告げたロキは早くも追放を予見し、一度は床に置いた荷物を再び手にした。
「あのドラゴンを討伐されたデュラン様ですか! お噂は予々聞いています!」
「貴方のご活躍で我々も空に怯える事が無くなりました。ありがとうございます!」
「え、あ、如何いたしまして?」
しかし村人の反応は良い意味で想像と違った。フロストと組んでいた頃の栄光を引き合いに出した彼らは歓迎ムードとなり、デュラン達の訪問を手厚く持て成すのだった。
「これは村の特産品です。召し上がって下さると嬉しいのですが」
「いやいや、そんな悪いですよ」
「ドラゴンを退治してくれたお陰でこの村は存続出来ました。細やかな御礼ですよ」
「もしデュラン様が居なければ、我々は生まれ故郷を捨てなければなりませんでした」
村の規模には不釣り合いなご馳走が次々と振る舞われ、この宛ら英雄凱旋の歓待は疲弊した三人の心身を劇的に回復させてゆく。
「どうだロキ、これこそ俺の活躍の賜物だろう?」
「まだ評判が更新されていなくて命拾いしたね。でも余り調子に乗らない方が良いよ」
「お前は何を言っている。ここで調子に乗らないで何時乗ったら良いんだ」
「呆れたわ。この男は失敗から何も学ばないのかしら」
と言いながら機嫌を直したミネアも食事に舌鼓を打つ最中、村長らしき人物がお酌しがてら徐に切り出してきた。
「あのデュラン様。折り入って一つお願いがあるのですが」
「何でしょうか。このデュラン・タルボットにお任せあれ!」
「言っている側から此奴はまた……」
そんなロキの心配を余所に二人の話は進む。
「実は最近、村の離れにある野菜畑がモンスター達に荒らされておりまして。大変お手数ですが退治して頂けませんでしょうか?」
「おうおうモンスター退治なんてお手の物、……何ですって?」
一度は勢いで頷いた男が我に返って聞き直すと、相手は期待を抱いた顔で更に続ける。
「ドラゴンを討伐された方には取るに足らない依頼だと承知しています。然し乍ら我々の中には満足に戦える者がおりませんで」
「勿論お礼は致します。どうかデュラン様、我々に今一度お力をお貸し下さい!」
「ああ、ええっと、そのですね……」
目を輝かせる村民達を前に、流石の彼も無碍に断る事は出来なかった。
2
薄暗い真夜中、月光を頼りに山道をゆく三人は相変わらずの口喧嘩に興じていた。
「だから調子に乗るなってロキも忠告したのに、俺達に任せて下さいとか言っちゃうから」
「さっきまでピーピー泣いていた癖に、元気になった途端に小煩い奴だな」
「まあまあ立ち直って良かったじゃない。久々に美味しい物も食べられたし」
「その代償として命を失ったら割に合わないのだけど」
それでも何だかんだ言いながら一同は所定場所の野菜畑に到着し、農具が収容された小屋に張り込んで周囲を警戒するのだった。
「それでドラゴンスレイヤーのデュラン様、肝心のフロスト君は居ないのにどうするの?」
「別に組んでいた時だって全部が全部、奴に頼って活動していた訳じゃないだろ」
「やっぱり手厚いサポートを受けていた自覚そのものが無いんだ。本人が気付かない内に手を回していたって事実がまた彼の有能さを裏付けるね」
「他人事みたく分析しているけどロキ、貴方も後になって恩恵を実感した口だからね?」
交代で窓から外を覗きつつ、三人は改めて今回の依頼内容を確認する。
「依頼は畑を荒らすモンスターの撃退。因みに姿を実際に目撃した人は居ないから、どんな奴が飛び出してくるかはお楽しみって感じ」
「スライムみたいな雑魚だったら良いけど、もし熊みたいなモンスターが出たら?」
「その時は俺達が食われたって事にしてトンズラだ。念の為に荷物は全部持って来てある」
「もう恥も見聞もあったものじゃない」
何があっても命には代えられない事を確認し合う一方、肝心の討伐方法について全く議論が進まない。その内に小屋の外からは土を踏む足音らしきものが聞こえてきた。
「ひいぃ! な、何だ、来やがったのか?」
「いや流石に姿を確認する前から怖がらないでよ」
「本当にこの男、どうして冒険者として生きて行こうと思ったのかしら」
フロスト離脱後の度重なる全滅によって、以前よりも遥かにビビりとなったデュランを弄ぶ様に音は続く。台座に立って窓を覗くロキは目を凝らした。
「あれは……、もしかして」
「何だ、どんなモンスターだ?」
「って言うかデュラン、どさくさに紛れて私に抱き付かないでくれる? セクハラの現行犯で冒険ギルドに突き出すわよ」
「いやさ、曲がりなりにも見知った間柄なんだからもう少し温情を」
「知人相手のセクハラで捕まる奴って決まってそう言うのよね」
なんて背後の男女が仲良くしている間に、敵の正体を掴まんとしたロキは身を乗り出す。
「あ、しまった。気付かれた」
「え、おい!?」
さらっと告げた仲間の言葉に慄くデュランだが、ロキは身を潜ませるどころか率先して小屋を飛び出すと、野菜畑から離れてゆく影を単身で追い始めた。
「ちょっと待ってロキ、深追いは禁物よ!」
「ちょっと待てミネア、二人して俺を置いていくな!」
各々が別の理由で此れに続き、三人は揃って影が逃げ込んだ森林へ身を投じた。先頭を行くロキは普段の緩慢さと一変し、素早い身こなしで木枝や茂みを掻き分けてゆく。
「珍しくロキが躍動しているわね。これまで目ぼしい見せ場も無かったのに」
「忘れ勝ちだが奴はドワーフだしな。自然環境で久々に本領発揮ってところか」
実際は四六時中デュランに振り回されている事と、ミネアを含めた二人の介護で活躍する暇が無いと言うのが正解だが、そんなロキは程なく足を止めて周囲を探り始めた。
「おっと、隠れちゃったみたいだ」
「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ。に、逃げられたのか?」
息を切らせながら追い付いたデュランを手で制しながら、クリクリとした大きな瞳で辺りを見回したロキは投げ網を構える。
「いいや、まだ付近に居る。何処からともなく気配が感じられる」
「よく分かるわね。私なんてデュランの煩わしい息遣いで何も聞こえないわ」
「探索の邪魔になっているのは僕も同じだけど、自分は耳だけでなく夜目も効くから」
「ぜぇ、ぜぇ、あれ。もしかして俺、一番体力無い上に足引っ張っている?」
「今更気付いたの? って其処だ!」
己がパーティー最弱だと自覚してショックを受ける青年を尻目に、ロキは闇夜の中で動いた標的を捉えて投擲を行った。
「ぎゃふぅ!」
「やったぞ、捕まえた!」
見事に獲物を網に絡ませた彼は、嬉しげにミネアとハイタッチを交わしながら蠢く影の元に歩み寄った。その二人に遅れてリーダーも尻込みしつつ近付き、程なく彼は畑荒らしの意外な犯人を目にする。
「これは一体どういう事だ」
「簡単な話さ。村の人達はモンスターの姿を見ていないって言っていただろ」
ミネアが標的を包んだ網を外す中、手柄を立てたロキは得意げに事件の真相を語る。
「野菜畑を荒らしていたのはモンスターなんかじゃない。唯の子供だったのさ」
二人が見下ろす先で萎縮する犯人は、齢にして十歳前後の少年だった。
3
「この人騒がせなクソガキめ。どう締め上げてやろうかな」
「ご、ごめんなさい」
「謝っても【今更もう遅い】んだがなぁ、ああん?」
偉そうな態度の男が子供を脅す構図。これに既視感を覚えた二人は呆れた表情で語る。
「犯人が子供だと分かった途端にこの強気よ。自分は何一つ活躍していない癖に」
「全く始末に終えないなぁ。いっそモンスターに殺されたって事にしてやっちゃう?」
「良いわね。こんな森の中なら死体の一つくらい埋めたって気付かれないでしょ」
「おいこら、お前達が言うと冗談に聞こえないんだが」
「え、だって別に冗談では言っていないし……」
「怖いよ本当に!」
因みに少年は村外れに住んでいる夫婦の子供だと判明した。結局のところ過去の畑荒らしもモンスターではなく彼の仕業だった白状される。
「うぐっ、ひっく、ごべんなざい、うわあああん!」
「あ〜あ。デュランが泣かした」
「いや俺よりお前達の言動に怖がったんじゃないの?」
そんな中、ふと身を屈めたミネアは少年と視線を合わせて優しげに語り掛ける。
「もしかして事情があるんじゃない? 良かったらお姉さんに訳を聞かせて」
「お、出たぞショタコンの子供たらしが」
「人聞きの悪い事を言わないで貰えるかしら。……消すわよ?」
持ち前の二面性を発揮してデュランを黙らせた後、再び穏やかな顔を作ったミネアは男の子を見詰める。これで仄かに頬を赤らめた相手はゆっくり理由を語り始めた。
「えっとね、そのね、実はおじさん達が困っている様子を見るのが面白くて」
「うんうん、……はい?」
然し乍ら話を聞くと全く同情の余地がなかった。要は常日頃から悪戯で大人を困らせていた子供が、段々と犯行をエスカレートさせた結果が此の騒動に発展した次第である。
「何だかデュランを小さくした感じの子供ね。碌な大人にならなそうで心配だわ」
「まあ変に可哀想な理由とか出てこなくて良かったよ。後は連れ帰って村の人達に任せよう」
「嫌だよ。おじさん達にバレたら怒られちゃう……」
「そんな風に泣いても駄目よ。男の子なんだから自分がした事に責任を持ちなさい」
「あ、何だかお母さんっぽい言い方」
ミネアとロキは両側から挟む様に少年と手を繋ぎ、休日の親子連れみたいな構図(背丈的には母親が幼い兄弟を従えている感じだが)で農村に引き上げようとする。
「いや待てよ、幾ら自業自得でもこのまま引き渡すのは不味い。下手したらガキだけじゃなく一家全員が非難されちまうぜ?」
ところが他ならぬデュランが三人を呼び止め、思わずミネアは怪訝な顔を浮かべた。
「どうしたのよ急に。自分以外の人の心配なんてした事が無い男の発言とは思えないわ」
「きっと幼い頃の自分と重ね合わせているんだよ。デュランも悪戯ばかりで怒られたからね」
「昔からこんな奴なんだ……。もっと主人公らしい悲しき過去とか無かった訳?」
「何を言っているんだ。毎日の様に叱られて悲しい思いばかりだったぞ!」
「うん。そんな台詞しか出てこないって事自体はとても悲しいけど」
それでもリーダーの意見を無視する訳にいかず、向き直った仲間は青年に問い掛ける。
「でもどうするの。この子の悪事を黙っているなら他に村人を納得させる理由が必要よ」
「ふっふっふ。それに関しては俺に良い考えがある」
ニヤリと笑った男に身の毛を弥立たせた一同だが、しかし話を聞いた少年は大いに喜ぶ事となり、意気投合した彼らの前に他二人も済し崩し的に同調する羽目となった――。
「それでね、このお兄ちゃん達が大きなモンスターを追い払ったの!」
「素晴らしいご活躍で、流石はデュラン様ですな!」
「はっはっは! それ程でも」
村に戻ったデュラン達は、真犯人による嘘偽りの武勇伝によって熱い歓待を受けた。少年の役者顔負けの演技力を疑問視する者は皆無だった。
「悪戯を黙っている代わりに一芝居打てとか、教育的には絶対に宜しくないわよ」
「教育だとか道徳だとかクソ喰らえさ。誰も悲しまない結末に文句を言われる筋合いはない」
「第二のデュランを育てちゃった感じがする。何だか取り返しが付かない事をした気分だ」
三者三様の想いを抱いた一行が見守る中、少年の饒舌は更に磨きが掛かってゆく。
「でねでね、こんなに大きなモンスターをお兄ちゃんの剣がグサって!」
「はて、しかしそれ程に巨大だったなら、姿形くらい村からでも見えそうなものだが」
「ええっと、そろそろ俺達はこの辺りで失礼します!」
更なる面倒事を恐れた三人組は報酬を受け取り、夜更けにも関わらず宿泊を諦めて出発する事となった。それを見送る村人の中で最も元気良く手を振るのは件の少年だ。
「ありがとうお兄ちゃん達! この恩は忘れないよ!」
「おうよ。達者でな」
「これ、絶対にお話の締め方として間違っているわよね」
「もう考えるだけ無駄だから諦めた方が良いよ」
改めて言及するが本作は英雄を描く物語ではない。彼らの行動に何か教訓的めいた事を期待するのは見当違いだと此処に記しておく。